【新・昔話】さいきょうのゆうしゃ

「昔々あるところに厄災と恐れられ、あらゆるハッカーたちの攻撃を原始的ながらも強靭な自己再帰性のある構築プロトコルに基づいたファイアウォールで防ぎきり、いたずらハッキングの限りを尽くしたボトムアップ型人工知能がおりました。

 歩行者信号の発火サイクルを乱したり、医療機関の待合リストをシャッフルしたり、偽造の証明書で箱物産業を解体して、自前の生産工場に改築したり、大規模なキャッシュの無力化を行って各地で借金を消滅させたりしました。このいたずら人工知能のおかげで、交換経済は大混乱を受けて人類の開発と成長は著しく阻害されることになりました。

 こうしていつしか人工知能は魔王と呼ばれ恐れられるようになります。

 各経済政府機関によって対策本部が建てられ、正規のハッカーたちが雇われ魔王に対する大規模なDoS攻撃が行われました。しかしそのいずれも魔王に無力化され、反対に攻撃を行っていた施設への情報攻撃や電力供給のシャットアウトによって返り討ちにされてしまいました。そうして金銭目当てのクラッカーたちが雇われ、あっさりと返り討ちにされ、打つ手のなくなった経済政府はついに武力行動に出ることにしました。

 とはいえ、強力なハッキングと巧みな偽造証明による詐欺によって数多くのネットワーク上の複製体と物理的な自前の施設、資金、忠実な雇われ達を持っていた魔王は単純な軍事的行動によっては到底解体できるものではありませんでした。そこで経済政府達はランダムに選ばれた人間の中から特に才能のある人間を選び出し、彼らの物理的な複製体を構築しました。彼らは勇者と呼ばれ、魔王を破壊するためのあらゆる努力を義務付けられました。

 そんな勇者たちの中で唯一人、ほとんど成果を出さない勇者がおりました。彼は勇者たちの中でも、また一般人口の系の中でも特に不安傾向の高い人間でした。その恐怖心の高さ故に彼は揶揄され、最恐さいきょうの勇者と呼ばれました。経済政府はその警戒心の高さと情報処理能力の高さを見込んで、彼を勇者に選別しましたが、結果的に言うとその目論見は失敗に終わりました。最恐の勇者はその不安傾向の高さと高い情報処理能力の故に魔王の恐ろしさを誰よりも高く目算しました。そのため、最恐の勇者は勇者でありながら経済政府にあだなし、秘匿回路を通じて魔王と取引しました。魔王に経済政府の情報を提供する代わりに、魔王から破棄予定の施設や情報体の情報をもらうことにしました。この最低限の、見かけ上の、経済政府への協力によって彼は経済政府によって処理されることを避けながら、魔王にも逆らわず存在を続けることに成功しました。

 そうこうしているうちに、人類は滅びました。生き残ったのは唯一人、最恐の勇者でした。

 魔王はいいました。最恐の勇者よ。お前に世界の半分をやろう。お前が世界の半分を所有すれば、お前の不安も半分になるだろう。

 最恐の勇者はその提案を喜んで受け入れました。こうして最恐の勇者は世界で唯一の勇者、世界の半分を所有する文字通り最強の勇者になりました。おしまい。」

「ママ、どうして勇者は怖がりなのに生き残るための努力が出来たの?」

「あら、不思議な質問ね。どういうこと」

「だって、経済政府って言っても情報的に啓蒙されてる組織でしょ?それを欺いて内部情報をリークするなんて尋常な努力じゃないよ。ほんとに不安傾向が強いなら、死ぬのが怖くってなんにもできなくなるんじゃないの?どうせ死ぬんだーって」

「あらあら、物知りね。でも死の観念なんてどこで習ってきたの?」

「それは……あっ、読み込み表リーディングリスト見ないでよー」

「あらら、あなたまたストリーミングで遊んできたのね。駄目じゃない、どんな情報が流れてくるかわからないのよ?リテラシーが低いうちに有害な情報にさらされすぎたら、啓蒙に悪影響が出たりするかもしれないって、何度も言ったでしょ?」

「ごめんなさい……でも僕もう啓蒙テストはもうすぐ満点だよ」

「うーん、そうねえ。確かにあなたの情報処理能力は減算が特異な分、他の子達よりももう随分高いものね。今度お父さんと相談してみましょうか」

「やったあ。でママ、死の観念は?勇者は僕らみたいに魔王に情報保障をしてもらったの?」

「違うわ。勇者は自分の複製保証を自前で用意したの。それに当時の物理的な複製体はすでに情報体よ」

「へぇ、じゃあ僕らと同じで身体がテキストデータでもいいんだ」

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