第20話 文明の利器

 スープにパンにサラダ。

 それは昼間と全く同じものだけど、夕食のメインは何と全く同じ兎肉!!

 田舎の食堂だからってあんまりじゃない?

 と、思わず暴言を吐きそうになりましたが、ぐっと飲みこみました。私は慎みある女性ですからね。それに、理解していないわけじゃない。お客が入ってくる見込みがほとんどなければ、仕入れにだって制限を掛けているだろうことくらいは。


「美味いな」

「うん。昼間と全く同じ味だけど美味しいわね」

「……」


 私の実家だって、カレーを作ったら三日はカレーが続くけど、流石に朝昼晩と同じものを食べたことないわ。あー思い出したらカレー食べたくなった。肉や野菜に調味料と元の世界と同じようなものがあるみたいだけどスパイスもあるのかな。


「この兎肉の香草焼きってこの辺りではよく食べるの」

「この辺りっていうか、マランドン王国ならどこでも食べられる。兎は飼育が簡単だし美味い。あとは鳥と豚が一般的か」

「牛は食べないの。私のところだと兎は一般的じゃないな。正直、昼に食べたのが初めてだったし」

「そうなのか。俺は逆に牛は食べたことないな。あれはミルクが取れるだろ。バターやチーズが作れるからそういう加工品は食べるけど、肉はめったに食べないな。あとは山羊や羊もあるけど、どこでもってわけじゃないな」

「乳製品はあるのね。それは朗報だわ」


 ここの料理もパンを除けばすごくおいしいし、異世界という文明レベルの低い世界でやっていけるのかと不安でしかなかったけどご飯がおいしいというのはうれしい誤算だ。だって日本へ帰る目途が立たない以上、この世界にある程度慣れていかなきゃならない。その中でメシマズとかだと生きていけないでしょ。


「ねえ、話変わるけど明日からどうするの。アルバートの手掛かりはつかめなかったでしょ。この街は出るとして森の反対側を探してみるの」

「いや、レムリアに向かおうと思う。ここから北に三日くらいのところにあるんだけど。そこそこの規模の街だし、ゼラルダン帝国との国境も近いから人も物も集まりやすい」

「それは情報もってことね」

「そういうこと。アイカはそれでいいか」

「いいわよ。私も人探しのノウハウなんて持ってないし任せるわ」

「何でもできそうだけどな」

「そんなわけないじゃない」


 その街で情報が集まればそれでいい。ダメならダメでまた新たな切り口を考えればいいのだ。それに大きな町なら今度こそ靴を作ることもできるだろう。手作りシューズも履き心地は悪くないけどね。


 お腹もいっぱいになってそろそろ部屋に戻ろうかというころ、駆けこむようにして男が食堂に入ってきた。空腹で死にそうってわけじゃないのはその顔を見ればわかる。その顔に浮かぶのは焦燥。


「はぁはぁ、男爵に逃げられた。こっちの方には来なかったか!!」

「いや、来てないさ。といっても、俺はお客様の対応で忙しかったからな。外をずって見てたわけじゃないからなんとも」

「客? ああ、あんたらここに泊まっていたんだったな。なおさら来るわけもないか」

「何があったの」

「それは……」

「私の方から説明しておくから、探して来いよ」

「あ、ああ。助かる」


 入ってきたときと同じように慌ただしく駆け出していく男。


「すみませんね。お客さん」

「大丈夫ですけど、何があったんです」

「昼間、男爵を糾弾した場にはお客さんもいらしたんですよね」


 うん、その言い方だと私たちがただの野次馬に聞こえるんだけど。

 どちらかというと糾弾したのは私で、ここの住民はそれに乗っかっただけじゃなかったっけ。まあ、どうでもいいけどね。


「ええ、まあ」

「その後、水不足についてさっきの彼らが中心となって街の人を集めて話をしたんです。私も会合に出てました」

「ああ、それで宿に戻った時いなかったんですね」

「申し訳ありません。これからどうするか、そういう話し合いだったんですが、お客さんも見ていたようですが、今日娘を攫われた男性がいたでしょう。話を聞いた彼が暴れ出してしまって、そのまま屋敷に乗り込もうとしたんです。流石に一人じゃ危険だとみんなで止めたんですが、会合の後、同じような境遇のものと屋敷に向かったらしいんです。

 気がついた彼らが後を追った時には遅すぎて、すでに門番を手にかけていたそうです。それで引くに引けなくなり、ほかの住民も含めて屋敷に乗り込む形に。私も誘われたんですが、私には食堂の仕事もありましたので」


 私が靴づくりをしている間に色々あったらしい。

 っていうか、それだけ騒いでいたのに全然気づかなかった。オルトの方を見ても首を左右に振っている。寝ていても鬼獣の接近に気付けるオルトが気付かなかったんなら、私が気付かないのは仕方がないだろう。まあ、小さな町といっても屋敷とは数百メートルは離れている。騒音に気付かないのも無理はないか。


「なるほどね。で、屋敷に押しかけたけど肝心の男爵には逃げられてしまったと」

「そのようですね」

「ふむふむ。オルト、屋敷に行ってみよっか」

「なんでそうなる。男爵は逃げたんだろ」

「逆よ。逆。男爵がいないってことは、屋敷はもぬけの殻なんでしょ。だったらお風呂に入れるじゃない!!」

「まだ言ってたのか」

「あたぼうよ」


 身体は拭いてるし服は着替えているけど、やっぱりなんか臭い気がするんだよね。そうときまれば準備準備。あきれ顔のオルトを無視して着替えとタオルを用意する。石鹸は昼間に買っていたけどお屋敷には上等なのがありそうだよね。

 二階で準備して戻ってくると、やれやれと肩をすくめるオルトを伴って外に出る。夜風が気持ちく肌を撫でていく。

 上を見上げれば不気味な二つの月が夜空に浮かんでいる。


「早く早く」


 お風呂が待ちきれない私は小走りで大通りを進んでいく。手作りシューズもいい具合に足にフィットしているし、全然足の裏は痛くない。

 徐々にお屋敷に近づくにつれて喧騒が聞こえてきた。昼間見た男爵に拉致された娘が泣きながら父親と歩いているのとすれ違い、殺された兵士の傍を住民が次から次に水樽が運び出していた。

 住民総出かどうかはわからないけど、昼間に詰め掛けた住民より多くの人達が集まっているらしい。みんな忙しなく動いているようで私たち二人を気にする人はいないようだ。


 お屋敷に入ってみると、如何にも貴族ですって感じの邸内である。


「やっぱりすごいわね」

「地方の一貴族としては豪華な方じゃないか」

「さすが住民のなけなしのお金をかき集めていただけのことはあるわね」


 絨毯はふかふかで調度品だって泊まっている宿にあったものとは比較にならない。絵画の掛けられた壁に、美しい文様の陶製の花瓶。天井にはシャンデリアみたいなものまである。もしかしたら、元々は伯爵が支配していた地域だという話だから、一時逗留するときに使っていたのかもしれない。


「さて、お風呂はどこかな」

「普通なら一階の端の方に作られることが多いかな」

「まあ、そうだよね」


 水道設備がないなら井戸水を入れる以外にないんだろうし、運び込む手間を考えれば近い方がいい。井戸があるのは作業していた住民がいるので騒がしい方に向かえばいいだろうと歩いていると、ついに発見した。

 御影石っぽい種類の石で作られた、日本の一般的な浴槽の倍くらいの大きさの浴槽がそこにはあった。


「さてと、どうしたらいいのかな」


 水は井戸水をくみ上げた樽があるはずだから、それを分けてもらうとしてお湯はどうしよう。キッチンで沸かして混ぜる。うわ、これって思ったより重労働かもしれないわ。大体、この浴槽に水を満たすなら、樽の一つや二つでは足りない。沸騰したお湯も大鍋で何杯あれば足りるんだって話だ。


「ちょっと待ってろ」

「ん」

「貴族の屋敷の風呂なら精霊石が使われているはずだ」

「でも、オルトのマナじゃこの浴槽埋めるのは無理じゃないの」

「多分何とかなる――っと、あった。ここだな」


 オルトが見つけたのは小さな水晶だ。それに手をかざしてマナを注ぎ込む。すると、石の浴槽にお湯が注がれ始めた。


「どういうこと!!」

「精霊科学っていう精霊石の活用法を考える学問がある。この風呂にはそれが使われているのさ。この水晶には純粋なマナが封じ込められているんだ。外からマナを注ぐことで中に封じられたマナが、この先にある火の精霊石と水の精霊石に流れ込む」

「その結果、お湯が出るってことね。しかも、使用者が使うのは少しのマナで大丈夫ってこと」

「ああ」


 異世界舐めてたわ。

 私の世界の科学とは違うけど、ちゃんと技術を発展させている。ただ、その技術が全体には行き渡ってなくて特権階級のみ享受できるようになっているのか。


「驚いてるみたいだな」

「ええ、ちょっと、本気でびっくりしてる。こういう技術って他にもあるの」


 お湯が溜まっていくのを見ながら話を振ってみる。


「そうだな。昔から精霊石を利用した道具っていうのは開発されていたんだけど、50年くらい前にマナを結晶化する技術が開発されて飛躍的に発展したって言われている。それまでの精霊具は使用者のマナが必要で、使える人が限られていたから。

 といっても、マナの結晶化が安価で行えないせいで、結局のところ貴族や一部の富裕層にしか行き渡っていないのが現実なんだけど。

 領都や中央都市に行くともっとビックリするものが見れると思うぞ。例えば、馬の引かない馬車がある」

「あー、自動車ね。そういうのは私の世界にもあるよ。なんだったら一家に一台以上あるし」

「なっ……」

「ちなみに空を飛ぶ乗り物もあるからね。この世界の広さはわからないけど、一日あれば星を一周できるくらいの速度で飛ぶから――って、ごめん」


 感情の起伏の少な目のオルトが泣きそうなくらいがっつりと肩を落としてる。

 この世界のすごいところを自慢したのに、それを軽々上回ってしまったらそうだよね。私は一言多いっていつも言われているけど、今のは不味かったな。


「ごめん」

「いや、いいんだ」


 そんな顔をされると申し訳ない気持ちでいっぱいになるけど、私は一瞬で気持ちを切り替える。だってお風呂だよ。お風呂。

 くぅうーー、テンション上がるなぁ。

 溜まっていくお湯を見ながらワクワクが止まらない。

 たった二日ぶりのお風呂ってだけど、化け狒々の匂いが落とせるのかと思うとそれだけで幸せである。

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