第19話 靴づくり
いろいろと買い物を済ませて宿に戻ってくると日が暮れかけていた。宿屋の主人は外出していたみたいだけど、部屋に入るのには問題は何もなかった。まあ、私の田舎だって鍵をかけているような家はないから同じようなものか。
「あーあ。疲れたわね」
「悪いな。付き合わせて」
「そんなことないわよ。目的は同じじゃないの。そうだ、昼間の約束を果たしましょうか。さっき書くもの買っていたでしょ。約束通りアルバートの顔描くわよ。本当は情報集める前に描いた方がよかったのかもしれないけど」
「あの連中の反応じゃ同じだろうな。それより頼むよ」
買い物のついでにアルバートの情報を集めていたけど、結果は全くのゼロだった。
オルトが取り出したのはペンと紙。羊皮紙を期待していたけど、紙はわら半紙のような普通の植物紙だった。もちろん質はそれなりだけど、そんなに貴重品ってわけじゃないから逆に安心して描くことができる。ペンはインクを別に必要とするタイプの羽ペンで、使うのが初めてだけど失敗しないかびくびくする必要もないというわけだ。
早速机に向かって紙とペンと格闘しながらオルトに話しかける。
「一つ頼みがあるんだけどいいかな」
「……」
「ちょっと、なんで黙るのよ。変なお願いじゃないってば」
「そうか」
「そうよ」
何て言うか、オルトの私に対する評価がうなぎ上りで下がっている気がする。うん。なんか変な日本語になってしまった。昼間借りた剣だって鞘から抜けなくなったり折れたり壊れたりしたわけじゃないんだからいいと思うんだけどね。
「私のこと守ってくれる」
「それはいつもと違うのか。いや、そういうことか。男爵がアイカの命を狙ってくると」
「あそこまで追い詰められたら私一人殺したところで何も変わらないと思うけど、馬鹿っぽかったからねー、私さえ殺せばどうにかなるとか考えるかもしれないじゃない」
「……なくはないか。だったら、すぐにでも街を出てしまったほうがよくないか」
「まあ、それでもいいけど。やっぱり逃げるのって嫌なのよ。それに靴がないし」
「だけど、靴を買う金は――」
「あのまま住民が男爵を血祭りにでも上げてくれたら、屋敷に溜め込んだ財産を奪えたんだけどね」
「おい、そんなことを考えていたのか」
「成り行き任せだったけどね――っと、出来たわよ。とりあえず私が見たときはフードを被ってたから髪型は適当に三パターン描いてみたわ」
髪の長さを短いのから、中くらい、結ぶくらいの長髪としてみたけど、人相書きを見たオルトが驚いたような顔をしているところからするとうまく描けたみたいだ。
「すごいな。よく似ている。それに今のアルバートはこんな風に頬がコケていたんだな」
「でしょ。私ってば絵が得意なのよ」
「ああ、ありがとう。これで探しやすくなる」
「そういえば、髭は生やしてなかったけど、そういうパターンも描いた方がよかったかな。まだ紙はあるんだよね」
「頼む」
「いいよ。私の方からももう一つお願いしていい」
「なんだ」
「おっ、ちょっと警戒心が減ったわね」
よしよし。
と、今日手に入れた荷物の中から薄っぺらい板を取り出す。コップを買ったお店も工房のような感じになっていたから、そこで板切れを貰っていたのだ。うれしいことに只で。
その板をあたしの足にあてがって大まかにラインを引く。
「線に沿って切ることってできる」
「靴の代わりってことか」
「そういうこと。もちろん、ただの板で終わりにはしないけど、次の町までの繋ぎにはなるかなって」
「任せろ」
オルトが私の足型の板を作っている間に、私は残りのパターンの人相書きを描いてみる。簡単な無精ひげパターンからサンタクロース並のもじゃもじゃバージョン。別にお金を取れるレベルじゃないけど、それなりに特徴は捉えていると思う。
人相書きを仕上げると今度は私の靴づくりだ。
オルトに頼んだ足型は靴底として使うものだけど、それだけだと走った時に滑りかねないので裏面に革を張る。そのために、革工房で端切れを貰ってきた。流石にこっちはただとはいかなかったけど、結構安値で手に入れることができた。
そして靴の上の部分はどうするかというと古着屋で手に入れたボロボロの布切れだ。これをひも状にして編んでいくのだ。
前に古着で布草履を作ったことがある。テレビで部屋履きにしたりしている人がいるのをみて、面白そうだったからやってみたのだ。
何でも手に入る都会と違って、田舎じゃ必要なものや欲しいものを自作する技術が付きやすい。もちろん、手先の器用さとか向き不向きはあるけどね。
ネット社会のこの現代に、手に入らないものはない。ただ、知ってるかな。全国送料無料(ただし、北海道、沖縄、離島は除く)、送料一律500円(ただし、離島は除く)。という文言を。
おい!!
除かれる離島の気持ちを考えたことはあるのか。
まあ、輸送費を考えたら無料にできないのは私もわかってる。だけど、便利な世の中ワンクリックでなんでも手に入るけど、商品より送料が高くなる私の場合は、作れるものは作ってしまおうとなるのだ。
離島あるあるで気持ちを高ぶらせているうちに、紐づくりがあらかた終わったので、布草履づくりの本番に入ろう。
軸となる長めの紐を作ってわっかにしたのを両足の指に引っ掛けて、短冊状にした古着を編み込みながら草履の土台を作っていく。
いつの間にかオルトの作業も終わったようで、興味津々の表情で私の作業を見つめていた。なので、今度は私の足型の板の縁に小さな穴をいくつも打ってもらう。
編み込んで編み込んで土台ができたら鼻緒を作って一度足にフィッティングしてみる。
「うん、悪くないわね」
「すごいな。あっという間に靴ができた。というか、それは靴なんだよな」
「へっへっへ、まあね。でも、まだ完成じゃないけどね。流石にこんなので外を歩いたらすぐにボロボロになるからオルトに作ってもらった板を底にくっつけるの」
さっき穴をあけてもらっていたので、細く割いた革ひもモドキを通しながら布草履の土台と縫い付ける。最後に解けないように結んでしまえば完成だ。
「出来たー」
古着なのでいろんな色が混在してカオスになっているけど、味があると言えば味がある。履いて部屋の中をちょっと歩いてみるけど特に問題はなさそうだ。底に革をつけたからフローリングで滑ることもなさそうだし。全力ダッシュはできないと思うけど、足に布を巻いているだけに比べれば雲泥の差だと思う。走るなら鼻緒だけじゃなくてバックストラップを付ければなんとかなるだろう。
「本当にすごいよ」
「もっと褒めていいわよ。私のことただの可愛いだけの女だと思ってたでしょ」
「いや、それはないけど、これは本当にすごい。そんな風に足の指に引っ掛けるっていう発想が普通は出てこないんじゃないか。見たことがないな」
軽くディスられた気がするけど、まあ褒めてくれてるからいいとしよう。オルトの話からすると、こっちの世界にはサンダルみたいなのはないのかな。まあ、鼻緒って日本古来だもんね。
「ふふふ。そこまで素直に褒められると照れるわね。よし、作ってる間に日も暮れたみたいだし、そろそろ夕食にしようか」
「そうだな。下でいいか」
「うん。昼もおいしかったし、そうしましょ」
古着の切れはしや板の削り屑なんかで床が散らかっていたのでそれらを片して私たちは階下に降りていった。
―――――――――――――――――――
あとがき
拙作を読んでいただきありがとうございます。
続きを楽しみにしている数少ない方々には申し訳ありませんが、
ちょっとばかり更新が滞るかもしれません。
コロナ渦のなか、明日からインドに出張になりまして。
落ち着いたら更新を再開します。
まあ、何だかんだで通常通り連載できそうな気がしますが……
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