第17話 男爵邸前の騒ぎ
屋敷の前には人だかりができていた。
といっても、大体50人くらいだろうか。荷馬車転倒事件のときの野次馬より増えている気がするけど、騒ぎを聞きつつけて集まったのかもしれない。そんな彼らはすごい剣幕で屋敷のゲート前で「男爵様を出せ」って叫んでる。
御館様のお屋敷で騒ぎを起こすなーって叫び返しているけど、多勢に無勢、門番もどうすることでもできないようだ。
ともすれば、騒ぎを聞きつけた男爵が、娘を拉致したときの護衛を引き連れながら屋敷から顔を出していた。
「ええい。一体何を騒いでおるのじゃ」
「男爵様。本日、街に入った馬車には積み荷が乗ってなかったのですが、これはどういうことでしょうか。そもそも、我々の街の水不足は本当に起きていることなのでしょうか」
うーん。生ぬるい。
そんな話はいいから乗り込めばいいのに。
「何を言っておるのじゃ、おい。精霊石の仕入れの予定はどうなっておった」
「そうですね。確か予定通りなら二日後の予定だったと記憶しておりますが」
「だそうだ。お主らの勘違いだろ」
「い、いや、しかし……」
ほらね。
話し合いなんてしようとするから言いくるめられるのよ。
男爵のにやけた顔を見ていればよくわかる。余裕しゃくしゃくって感じでこれだけの人間に詰め寄られていても焦っている様子がまるでない。だから、力づくで乗り込めばいいのよ。オルトから聞いた話だと、この規模の街だと兵士は全部で30人~50程度だそうだ。あくまでも街全体の話なので、お屋敷にいるのはもっと少ない。頑張れば何とかできると思うんだけど。
「で、ではあの荷馬車は」
「そんなことは私の知ったことか。行商人かなにかじゃろ。積み荷が空ということは、この街に仕入れに来たのではないか。うむ。そうだな。お前たちは水がなくて不安なのだろう。おい、次の配給はいつの予定だったか」
「それも二日後のはずです」
「そうか、だったら準備は進んでおるな。この者らを安心させるためにもいくつか持ってきてやれ」
おっと、ここで実弾投入してくるか。
このクズ男爵意外と侮れないわね。水がなくて困っている住民に水を見せればやっぱり心は揺らいでしまう。
「どうするんだ」
「どうもしないわよ。私たちには関係ないでしょ」
「何とかできるんじゃないのか」
そんな期待のこもった目で見ないでほしい。
私はオルトと違って親切でもおせっかいでもない。男爵を糾弾して追い出したくはあるけども、正直リスクの方が大きい。貴族に手を出すのは不味いということはオルトも言っていたことだ。
住民を遠巻きに見ながらそんなことを思っていると、いくつかの水樽を乗せた荷車が引かれてゲートの前までやってきた。
「ほれ、ちゃんと水は用意しておる。本来は二日後の配給だが、すでに水が無くなって困ってるものがおるのなら言うてみろ」
「し、しかし……」
「それは本当に精霊石の水なのでしょうか。本当は井戸水を無理やり吸い上げているのではありませんか」
危うく言いくるめられるところで一人の住民が、私たちの会話を聞いていたようでそんなことを口にした。若干だけど男爵の顔つきが変わった。しかし、すぐに大きなため息をつく。
「はぁ、これほどまで住民のために働いているというのに疑われるとはがっかりするわい。おい、アレを持ってこい」
男爵に言われて、先ほど水樽を持ってきた人夫が男爵の部下とともに屋敷に走っていく。そして戻ってきたときは同じような樽を運んできたけど、蓋が開いていてそこに入っていたのは水晶のように丸い玉。微かに青く、ひび割れたり欠けたりしているものも混ざっている。
「使用済みの精霊石じゃ、これを見ればわかるだろ」
「で、では……」
「私は嘘などついておらん」
あー、完全に言いくるめられちゃったよ。住民を見ていれば納得したような顔をしている。本当にバカバカしい。折角面白いものが見られると思ったのに残念だ。ちょっとは期待していたのだ。
「戻ろうか」
背中を向けたところで男爵が不穏な言葉を口にした。
「やはり平民は私のような貴族が導いてやらんとな。屋敷に詰めかけるなど、本来は許されることではないが寛大な私はお前たちのことを許してやろう。もちろん水の供給を止めるつもりもない」
「ありがとうございます」
「だが、これだけの騒ぎを起こしたのだ。誰かが責任を取らねばなるまい」
その瞬間、街の人々は一斉に私の方を振り返った。
「ほう、この者らをたぶらかしたのは貴様らか」
「そ、そうだ。俺たちは悪くない。この女が」
「ああ、俺は確かに見たぞ。この女があの荷馬車を倒していたところを」
「そうだ、そうだ。それにこの女が言ったんだ。井戸をわざと枯渇させたんじゃないかって」
ちょっと待ちなさいよ。
私は可能性の一つだとしかいってないでしょうが!!
それを口にしたら、認めるようなものだから言わないけど。
「なに!? 本当か。ふん。黒髪に黒目。この辺の人間じゃないな。我が街の住民に嘘を吹き込んで何をしようとしたのかわからんが、責任は取ってもらうぞ。おい、あの女をひっとらえろ」
閉じられていたゲートが開き、護衛らしき屈強な男たちが前に出る。
屋敷の前に詰め掛けていた住民たちは一斉に左右に分かれ、モーゼの奇跡のように人垣が割れた。
「どうする。逃げるか」
「逃げる。私がなんで逃げなきゃいけないのよ。悪いのはあっちの方でしょ」
うれしいことにオルトは私を守る様に前に動く。でも、彼の折角の行為を無視するように私は彼の前に一歩足を踏み出した。
「何が私のような貴族が導かねばならんよ。誰が誰を許すっていうの。水不足もすべてあなたが引き起こしたことでしょうか」
「貴様はまだそんなことを言っておるのか。証拠を見せてやっただろうが。ええい、何をしているさっさとその女を捕らえろ」
「証拠ねぇ。これみよがしに使用済みの精霊石を持ってきたけど、おかしいと思わないの? なんで使用済みの精霊石をこんなに置いているのよ。これだけ大きなお屋敷ならさぞかし使用人もたくさんいるんでしょうね。それなのに何でゴミを捨ててないのよ」
「確かにな。使用済みの精霊石は自然に返すのが普通だ。火の精霊石は火の中に、水の精霊石は水の中に。自然に戻すことで、再び自然がその恵みを俺たちに返してくれる」
私の言葉にオルトが続けて援護射撃をしてくれる。
新聞紙の廃品回収じゃあるまいし、ごみを取っておく理由がそもそもないのだ。こういう風に疑われたときに見せる以外に。一瞬、気圧されたように男爵が顔を引きつらせるが、すぐに顔つきが元に戻る。
「ここの井戸は枯れておるし川も遠く、少しばかり処分が滞っておっただけだ」
「街の外には農業用のため池があると聞いているけど」
「たまたまだ。もちろん、すぐに処分するつもりだったさ」
大したことではないとばかりにクズ男爵が答えて見せる。確かに追い込むにはちょっとばかり弱すぎるか。
私に騙されたと言っていた住民の目つきもちょっと変わってきた。ゴミが残っていたことに不自然さを感じ取ったのだろう。なんとも現金な連中だ。こんな連中を助けたいとは思わないけど、このままだと処分されるのが私になってしまう。だから、保身のためには戦うしかない。
「だったら、もう少し分かりやすく証明してみましょうか」
と、私は男爵に負けず劣らずにやりとして見せる。
うん、私ってば悪役の才能あるかもしれない。
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