第16話 荷馬車の積み荷

 荷車を引く馬は私の世界でも見たような普通の栗毛の馬だ。角も生えてないし大きさだって常識の範囲ない。荷車には御者が一人と、わきに護衛らしき剣士がいる。

 幌もないむき出しの荷車にはミカン箱よりも大きな木箱がガタガタと音を立てながら大通りを進んでいた。むき出しの地面は固められているし、歩くのには平たんに感じられたけど馬車が通るには凸凹しているようで、振動は大きく時々ガタンと大きく跳ねていた。


「なるほど」

「何がなるほどなんだよ」


 私のつぶやきにオルトが応じる。

 馬車を見ているのは私たちだけでなく、静かな街の大通りには安堵したような顔をした人々がちらほらと顔をのぞかせている。いくら田舎だといっても、行商人が来た程度でこの反応はないだろう。ともすれば、積み荷は自ずと予想できる。


「オルト、頼みがあるんだけど」

「あー、嫌な予感がするのはなんでだろう」


 なぜか引きつった顔を見せるオルト。


「剣を貸してくれないかしら」

「ほらな。やっぱり変なこと考えているだろ」

「失礼ね。何も変なことしないわよ」

「何となく狒々の生首を蹴り飛ばした時と同じく空気を感じるんだが?」

「わかったわよ。じゃあ、取引をしましょう」


 妙に鋭いオルトに、私は魂と引き換えに願い事を叶える悪魔のように言ってみた。

 うん、深い意味はないけどちょっとやってみただけ。オルトが余計に顔を引きつらせているけど、おそらく気のせいだ。


「取引?」

「ええ。剣を貸してくれるなら、アルバートの似顔絵を描いてあげるわ。人相書きもなしに人探しなんて――」

「描けるのか!!」


 めっちゃ食いついてきた。

 やっぱりオルトも口頭だけの聞き込みには限界を感じていたらしい。私はにやりと口元をゆがめて見せる。


「もちろん。それで、剣を貸してもらえるのかしら」


 一瞬、悩むようなそぶりを見せるけど、オルトは背中の剣を鞘事渡してくる。

 重っ!!

 いや、そりゃそうだよね。

 鉄の塊だもん。オルトが軽々振り回していたから錯覚していたよ。


「で、それをどうするんだ。言っておくが、剣を持ち歩くのは問題ないが理由もなく鞘から抜けば捕まるぞ」

「そういうものなのね。でも大丈夫よ。剣を振り回したりするわけないでしょ」


 私たちが話している間にも荷馬車がカタカタと音を立てながら大通りを進み、とうとう私たちの目の前に差し掛かった。


「じゃあ、どうするんだ」

「こうするのよ」


 と、私は馬車に向かってオルトの剣を投げつけた。 

 吃驚して顎が外れそうなオルトを無視して、放たれた剣は荷車の車輪の間にきれいに刺さった。そんままクルンと回転するけど、荷車の底面で剣がつっかえ棒になった車輪は急停止させられる。


 慣性の法則が働いた御者が前のめりに投げ出され、馬がヒヒーンと嘶いた。前に進む勢いが殺された車輪が外れ、ガタンと片膝を付くように荷車が転倒する。ともすれば荷台に乗っていた木箱は転がり落ちて荷物がぶちまけられる。


「貴様!!」


 荷馬車のわきにいた護衛らしき男が詰め寄ってくるのをオルトが「貸しだぞ、これは」と言いながら立ちはだかって前に出る。明らかに私が悪いのに、守ろうとしてくれるオルトってほんとにお人よしだ。

 剣は荷馬車の下敷きだというのにオルトは落ち着いた様子なので多分大丈夫だ。


「なんてことを」

「よそ者が!!」

「これは男爵様の馬車だぞ」

「我々の水が……」


 護衛剣士だけでなく、荷馬車を見ていた住民たちも騒ぎに集まってくる。それを見て私は一際大きな声を上げる。


「アレアレアレー。積み荷はどこに行ったのかなー」

「貴様、何を言って――」


 私に詰め寄ろうとした街人が、崩れた木箱を見て声を失った。荷車が崩れて蓋の開いた木箱がいくつかあるけども、そこにはあるはずのものがどこにもないからだ。本来なら水の精霊石が収まっていたはずなのだろう木箱は空っぽだった。


「そんな馬鹿な」


 男たちが口々に声を上げながら、残りの木箱に手を伸ばすが結果は同じらしい。その騒ぎに人々の注目が集まっている間に、御者も護衛も静かに姿を消していた。まあ、そりゃそうだよね。ここにいたら責められるのは私じゃなくて彼らの方だ。


「どういうことだ」


 オルトが下敷きになった剣を救出しながら私の方に声を掛けてきた。街の人たちはこの状況について行けないようでオロオロとしている。


「精霊石って脆いんでしょ。さすがにあれはないんじゃないかなって。遠目にみてもわかるほど荷物がガタガタしてたでしょ。それにどう見ても木箱が軽すぎるって、一箱に一個しかいれてないならともかく複数入っているならあそこまでガタガタ揺れないでしょ」

「!!? そうか。普通、精霊石の運搬には衝撃を吸収する特殊な馬車を使用する。この街では普段から精霊石が普及しているわけではないから誰も気づかなかったと」


 人の手の届きやすい街の中ですらあの様子だ。街道の道はもっとひどいことが予想できる。オルトの言う特殊な馬車までは知らなかったけど、素人目にもあれはないと思ったのだ。まあ、木箱の中にプチプチみたいな緩衝材があるかもしれないし、ぶっちゃけ賭けだったけど。


「大体さ、水不足って本当に起きてるのかしらね。雨は降っているんでしょ。それで急激な水不足なんて考えにくいわよ。地下水源が減ってきているなら、少しずつ水位が下がっていくだろうし一年前に急激にっていうのは怪し過ぎる。それに男爵が派遣されたのも水不足の時期に一致するしね」

「でも、男爵が来たのは後からだろ」

「貴族社会のことはわからないけど、急な派遣ってあるのかしら。もともと決まっていたことであるなら、事前準備して水不足を演出するくらい出来るんじゃない。地下水源が一つしかないのなら可能でしょ」

「井戸が枯渇するほど水を吸い上げたと」

「人力でもいいけど、かなり力のある水の加護持ちがいれば可能じゃないかしら。村人全員に精霊石から水を抽出できるというのなら、相応のマナの持ち主が男爵のところにはいると思うのよ。まあ、自作自演ならその限りじゃないんでしょうけどね」

「ありえないとはいえないな。司教、いや大司教クラスになるかもしれんが」

「可笑しいと思わない? 川は街から30分程度の距離にあるのよ。荷馬車もあるし、男爵は兵士も抱えている。なんで兵士に護衛をさせて川に水を汲みに行かないの」


 私が持論を展開していると、話を聞いていたのか街の人が私たちの話に入り込んできた。


「おい、その話は本当なのか」

「いや、確かにこの女の話には説得力があるぞ」

「じゃあ、なにか。この街に水不足は起きてないってことか。すべて男爵様の自作自演だと」

「さあね、私は知らないわ。私が言っているのは可能性の話よ」


 ここから先は街の人の話で、私には関係のない話。

 集まっていた野次馬だけでなく、多くの街の人たちが集まっていたのだが、しばらくすると興奮した様子でどこかに向かって歩き始めた。これはもしかするともしかするのかもしれない。


「ついて行ってみる?」

「なんでそんなに嬉しそうなんだよ」


 あら、やだ。

 そんなに嬉しそうな顔をしていたかしら。

 街の人たちが向かっているのは男爵のお屋敷なんだろうね。悪事を働いていた人間が追い詰められる瞬間っていうのは中々どうして楽しいじゃない? 


「オルト、男爵の屋敷に行く前にあれを持ってきてよ。あの男爵ならのらりくらりと言い逃れしそうだしさ。言っとくけど、住民を助けようってわけじゃないわよ」

「あれ……いや、そういうことか」


 流石はオルト頭の回転が速いね。

 ちょっとしたやり取りでで私が異世界人だと瞬時に予想しただけのことはある。宿から戻ってきたオルトと共に私たちは男爵の屋敷に向かったのだった。


――――――――――――――――――――

あとがき


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