第15話 異世界のご飯と買い物の続き

 食堂兼宿屋に戻ってきた私たち。

 風呂なしって本当につらい。宿に戻って速攻、新しい服に着替えて、身体を拭いたりしたけど匂いは全然取れてないのだ。

 午後は石鹸とかそういうものも買うことを視野に入れて、とりあえずはお腹を満たすことにしようと階下の食堂ゾーンに降りてきた。


 ちょうどお昼時だけど入っているお客は私たち以外にはたったの一人。町全体が上がった税金で苦しめられているんじゃ、おいそれと外食はできないんだろう。だとしたら経営も厳しくなって従業員を解雇せざるを得ないのも仕方がないのかもしれない。


「お客さんたちが来てくれて本当に助かりましたよ」


 主人が嬉しそうにパンとスープをテーブルに並べる。メインは注文したばかりなので、ただいま絶賛調理中のようで食堂には肉の焼けるいい匂いが漂っている。


「さっきみたいなことってよくあるんですか」

「カララドのお嬢さんの件ですか、そうですね。私の知る限りでも何度か……」


 税金未納の結果、娘を取られるというのはこの街じゃ初めてのことじゃないらしい。まあ、あの時野次馬に出ていた街人の顔からも、またか、というような諦めの表情が見て取れたっけ。


「よくあんな横暴を放っておけますよね」

「おい、アイカ」

「いえ、いいんですよ。お客さんの仰る通りだと思います。ただ、旅人でもめったなことは口にしない方がいいかと思います。どこで誰が聞いているかわかりませんから。

 ああ言ったこともありますけど、私たちは本当に男爵様には感謝しているんですよ。男爵様がこの街に入られたのは、水不足の始まったすぐ後のことでね。どうしたものかと右往左往していた我々のために、すぐに水の精霊石の手配なんかを始めてくれて。それがなければこの街はもうとっくの昔に……」

「その前の町長は」

「居ませんでした」

「いない?」

「ええ、レンドランド伯爵様がこの一帯を治めていましたので、ここも伯爵様の領地の一つとして定期的に巡回に来られていたんですが、一年ほど前に男爵様が派遣されてきたのです」


 町長のいない街っていうのもいかがなものかと思うけど、オルトの顔を見ていると不思議そうにはしてないからよくあることなのかな。

 でも、感謝しているからってこんな横暴を許していいとは思えないけどね。


「ささ、スープが冷めないうちにどうぞ。サラダもすぐお持ちしますので」

「ありがとうございます」


 と、スープに手を伸ばしてみる。


「美味しい」


 優しい味わいというのだろうか。

 街の外には畑が広がっていたし、水不足はあっても街の食糧事情は悪くはないんだろう。シンプルな味わいのスープだけど産地直送の新鮮な野菜がふんだんに盛り込まれうまみがすごく出ている。残念ながらイースト菌のようなものがないのか堅めのパンだけど、噛んでいると小麦の味がしっかりとしていて悪くはない。って、私は別に料理評論家でもなんでもないんだけどね。

 パンとスープを味わっているとほどなくしてサラダが運ばれてきたんだけど、”それ”を見た瞬間私の手がぴたりと止まった。


「待って」

「うん。どうかしたのか」

「いや、これなに」


 私の前にはご主人が持ってきたのは葉物野菜を中心とした日本でも馴染みのあるサラダだ。だけど、それとは別に小鉢があり、そこにはスプーンとクリーム色のとろりとしたものが置いてあるのだ。


「マヨだ。サラダにつけて食べるとうまいぞ」

「だよね。そうだよね。これってマヨネーズだよね」

「何だ知ってるのか」

「知ってるわよ。知ってるから聞いてるのよ。なんでマヨネーズがあるのよ」

「たしか10年位前だったか、中央都市で流行り出したんだが美味いよな」


 といって、オルトがスプーンでマヨネーズをすくってサラダに乗せる。私もサラダにつけてみたけど酸味がちょっときつい気がするけど、そんなのはメーカーによる違いみたいなもので申し分ないくらい完ぺきなマヨネーズだった。

 ここ異世界だよ。

 しかも召喚術が禁術ってことは私以外に地球人はいないはずなのに。

 いないのよね。

 いや、そうとも言い切れないのかな。

 この国にだって、禁忌とされる書物がひっそりと保管されていたんだから、ほかの国だって同じことをしてないと誰が言えるだろうか。それに、そんなものが盗まれたのなんて誰が口にする? オルトの話じゃアルバートが指名手配されている理由も表向きは領主に剣を向けたことになっているらしいし。


「そんなに驚くことか。確かにこれが発明されたときは革命的だったが、結構簡単に作れるんだろ」

「ええ、酢と油と卵さえあればね」

「ありふれてるものだよな。まあ、こんな田舎で食べられるとは思わなかったが」

「そうだけどさー」


 私のマヨネーズレシピで一攫千金計画をどうしてくれるのよ。

 マヨネーズの衝撃に吃驚したけど、食堂のご飯は普通に美味しかった。メインの兎肉のハーブ焼きも堪能しました。オルトの料理が標準じゃなくて良かったよ。こうなると野宿の時は私が腕を振るったほうがよさそうだね。

 料理の腕にはちょっとばかし自信がある。

 孤島で暮らしていると、テレビに出てくるような料理って簡単には食べれない。だから、食べたいと思ったら自分で作るしかないのだ。もちろん、レシピはネットの料理サイトで拾ったものだったりするから、本物とは味は違うかもしれないけどね。ちなみにパンに関してはプロ級だと自負している。だって島にパン屋がないんだもん。


「ご飯食べたし、 そろそろ行こうか」

「どこに行く」

「食器と調味料、それに石鹸。まずは食器ね。食器ないからオルトが鍋から直接食べてたじゃない」

「別に気にするほどのことでもないだろ」

「私が気にするの」


 するでしょ。

 人様の食器を独占して、持ち主が鍋直してるって。私どれだけ図太いと思われてるんだって話ですよ。そういう意味では毛布も欲しいけど。

 というわけで、私たちは食堂を後にして再び大通りに戻ってきた。目的のお店は食堂で聞いてきたので迷うことなく一直線に向かう。

 

「意外といいわね」

「そうか。普通だと思うけど」


 うん、感想が全くかみ合わないのは日本人と異世界人の感性が違うからだ。

 島育ちといっても私の生活は文明の利器に囲まれていた。だから、ここにあるような木製の器というのは物珍しいのだ。もちろん、木製のものがないわけじゃないよ。でも、やっぱり陶器や漆器とか木製でも漆塗りとかが多いから木目を出したものって私の島にはなかったもの。自然とともに生きているくせに、そういうおしゃれな食器は都会に行かないとないのだ。なんだろう、この理不尽は。


「これなんかよくない?」

「持ち手があった方がよくないか」

「そうかな。これだけ厚みがあったら熱くならないと思うし、取っ手がない分嵩張らないでしょ。それに可愛くない」

「かわ……いい?」

「ああ、ごめん。これは口癖のようなものだから気にしないで」


 木目の感じもいいし、持った時の木のぬくもりというかしっとりした感じが手にすごくなじむ。


「うん。これに決めた。これだったら飲み物もスープも両方に使えそうだし」

「お金は足りるのか」

「うーん。ギリギリ? カトラリーは諦めるかな。それに調味料も毛布もダメだね。石鹸だけは欲しいけど。やっぱりもう一稼ぎしないとなー」


 会計を済ませて店を出た。

 ピンチはチャンスというわけで、水不足をなにかお金に変えるチャンスがあればいいんだけど。そんな都合のいい機会が転がっているはずもないかな。


「オルトの聞き込みはどう?」

「服屋の周りは一通り聞いたし、本通りの方でもう少し聞き込みしてみるかな」

「そっか、じゃあ一度大通りに戻ろうか。靴屋っていうか革の工房に私も寄りたいんだよね。石鹸の置いてある雑貨屋も大通りみたいだし」

「靴を買うお金ないんだろ。どうするんだ」

「うん。端切れでいいから革が買えないかなって」


 大きな通りに戻ってきたところで、私たちが入ってきたのとは別の門からカタカタと音を立てて荷馬車が入ってきていた。

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