第14話 オルトが私を助けてくれた理由

「オルト、あれは助けちゃだめだよ」

「それくらいわかってるさ。貴族に手を出せばどうなるか」


 悔しそうに唇を噛みしめるオルトは、今にも飛び出しそうなほど全身に力が入っている。善人オルトにとって目の前の光景は毒以外の何物でもない。かく云う私もやり取りを見ていてムカムカしているんだけど。


「お金なら何とかしますから。数日でいいので待ってください」

「何日か前にも同じことを口にしたではないか」


 お父さんと、娘が叫ぶ。

 お互いに手を伸ばしているけども、その間には武器を持った屈強な男が立ちはだかっていてはなすすべもないようだ。


「なーに、悪いようにはせぬわ。むしろ、お前の娘に我が屋敷での仕事を与えようといっているのだ。感謝してほしいくらいなのだぞ」

「し、しかし……」

 

 下卑た笑みを浮かべる男爵を見ていれば、屋敷に連れていかれた娘がどうなるか、初心な私にだってわかる。上がった税金を払えなくなった親子から、お金の代わりに娘を取り立てているのだろう。完全に悪質な借金取りと同じである。大体税金の徴収を男爵自ら行うはずがないので、わざわざここに来たのは娘を連れていくために他ならない。

 それがまかり通るのがこの世界というわけか。


 残念ながら娘は男爵様御一行に拉致されていった。騒ぎを聞きつけて通りに顔を出していた人たちも一人、また一人と家に戻り、父親の知り合いらしき夫婦が声を掛けている。


「ねえ、貴族ってこんなことしてても許されるの」

「許されるわけじゃないさ。ただ、税金の未納も犯罪には違いないし、訴えるための機関もこの街にはない。嘆願書を送ったところで調査が入るまで時間が掛かるのが現実だろう」

「あんな横暴が罷り通るってのも許せないけど、ただ手をこまねいているだけの街の人っていうのもムカつくわね」

「そうはいっても相手は貴族だからな」

「そうだよね。あんな屑でも貴族なんだよ。ってことは、家にお風呂があるのか」

「ちょっと待て? なんでそういう話になるんだ」

「お風呂に入りたいからだけど」

「いや、その、何て言うか。話が飛び過ぎてないか」


 そんなことはないと思うけど、女子の話はコロコロ変わるものだし、こんなものじゃないかな。私の中で貴族とお風呂ってつながってるわけだし。今の私にお風呂はマストじゃないかしら。


「でもさ、さっきの様子から言ってお風呂貸してくださいって言ったところで絶対無理だよね」

「まあ、話を聞いてくれそうにはないな。それどころか……」


 オルトが口を濁したけどもその先は想像つく。風呂を貸してやるが、一緒に入れとかそういう話になりそうだ。


「まあ、素直には貸してくれないよね。なんかムカつく男爵だし追い出してみようか」

「何言ってるんだ」

「男爵がいなくなったら、屋敷のお風呂使えないかなって」

「いや、だから何を言っているんだ。大体、どうやって男爵を追い出すんだよ」

「ほら、来る途中にマダラって鬼獣がいたでしょ。臭い匂い袋あるんだよね。それを屋敷に投げ込むとか」

「誰が」

「オルトが」

「なんでだよ」

「だって、私に鬼獣の群れに飛び込む力なんかあるわけないもの。オルトは一人だったら楽勝だって言ってたでしょ。それに、ほら、うまくいったらさっきの女の人も助けられるかもしれないから、オルト的にはオッケーじゃない」

「オッケーなわけあるか」


 あれ可笑しいな、オルトにツッコミを入れられてしまったわ。

 折角一石二鳥の手が浮かんだと思ったのに。助けてやりたいとは思うが、と小声でつぶやいてるとこから見ても、やっぱりオルト的にさっきのあれは見過ごせない部分も強いのだ。

 っていうか、こんな性格でよくいままでアルバートを追跡とかできたなって思うよ。

 行く先々でトラブルに巻き込まれてそう。まあ、全員に手を差し伸べてるわけでないんだろうけど。


「聞いてもいい」

「匂い袋は取りにいかないぞ」

「わかってるって。そうじゃなくてさ、さっきの女の人やクレアのことは助けられないって線を引いたんだよね」

「……そういう言い方は止めてくれ」

「ああ、ごめん。私ってこんな言い方しかできなくて。ただ不思議なの。私と彼女たちの違いって何? だって、私のことは大きな町まで連れてくとか、お金を援助してくれようとしたり、普通に考えて優し過ぎると思うんだ。さっきの彼女は税金が払えなかったわけだから、極端な話お金で解決できたかもしれないわけでしょ。クレアだってこの街では働き口はないかもしれないけど大きな町なら仕事は見つかるかもしれないのよね。だったら、私と同じように彼女を護衛して大きな町まで連れていくことも出来たと思うんだ」

「それは……」

「ああ、ごめん。責めてるわけじゃないの。むしろ、すごく感謝してる。オルトがいなかったらこの街に来ることもできなかったと思うから。でも、知り合ったのが私の方が先だったからとかそういう話とも思えなくて」


 私が一気に話すと、オルトは困ったように口を閉じてしまった。

 私は何を言っているんだろう。 あの二人に比べて私の方が救う価値があると言わせたいのだろうか。それともオルトに期待しているのかな。私のことを無条件で助けてくれたオルトなら、あの二人のことだって助けてくれたはずだって。そりゃあオルトだって神様じゃないんだから、全部を救うのは無理だとわかってるのに。

 ああ、もう。自分の気持ちがよくわからない。


「ごめん。やっぱり忘れて。それよりお腹空いてきたし、一度宿に戻らない」

「あ、ああ」


 まだ、買い物は終わってないけど荷物を置いて身軽になりたいし、着替えたいのだ。それに宿屋は食堂を兼ねていたからちょうどいい。足を宿屋の方に向けつつ、オルトの方を伺うとまだ悩んでいるような顔をしていた。うーん。やっぱりオルトって根が真面目だ。私もあんなこと言わなきゃよかったんだ。いつもお母さんにあんたは一言多いってよく言われたのに、異世界に来ても同じ間違いをしてるなんてほんとダメだな。

 でも、この空気は嫌だ。


「もう忘れてってば。素直になってもいいんだよ。私に一目ぼれしたんだよね。うんうん。それはしょうがないと思うよ。こんないい女を前にしたら」

「ち、違うわ!! 何言ってるんだよ」

「ええー、照れなくていいのに」

「照れてない」

「そんな必死になってるところが怪しいなぁ。でも、こんな美女を前になんとも思わないなんて、まさかオルトってソッチ系なの?」

「……」


 あ、顔をプルプルさせて真っ赤になってる。

 もしかして怒ってる。あの、温厚なオルトが怒ってる!! って一日の付き合いだけど。


「アイカ、ちょっと真面目な話をしようか」


 なんか、ものすごく座った目で見られてます。どうなる私!!

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