第13話 買い物
「いらっしゃいませ」
「部屋空いてますか」
「ええ、もちろんですよ。お部屋確認されますか」
「お願いします」
おお、中々ポイント高そう。自ら部屋を見せようとする姿勢といい、食堂もきれいに掃除されている。
「お客さん、さっきの見てましたよね」
「そうですね。見てましたね」
「すみませんね。お見苦しいところをお見せしてしまって、ああ、こちらですよ」
困ったような顔で頬をポリポリしながら案内された部屋は、前の二軒と比較しなくても十二分にちゃんとした部屋だった。
マジでよかったよ。
この世界の宿の標準があの二軒だったらどうしようかと。
「こちらで一泊250エードになりますが、いかがいたしますか」
「うん。悪くないわね。私としては気に入ったんだけど、連れの意見も聞いていいかしら。ちなみに水は別料金」
「ええ、申し訳ありませんが」
「他の宿もそうだったので大丈夫ですよ。ちなみにこの街に靴とか服を売っているお店ってありますか」
「それでしたら――」
小さい町だけど、そういうお店も揃っているらしい。まあ、そうじゃないと街の人たちが生活できないよね。さっそく行ってみたいところだけど、オルトと合流しなきゃいけないし時間つぶしの意味も込めて宿の主人にアルバートの事を聞いてみる。
「右目が義眼の男ですか……見たことないですね」
「そうですか。いえ、ありがとうございます」
とまあ、残念な結果に終わったわけだけど、今度似顔絵でも書いてみようかな。手配書が回ってるそうだけど、個人では手にできないのだろう。オルトは持っていないみたいだしね。流石に青い目に赤い髪の毛、右目が義眼だけじゃ探すの無理だよね。よくそれだけで、あの森にたどり着いたものだと逆に感心してしまう。
「部屋はどうだった」
「あっ、そっちも終わった」
「まあ……な」
なんだか歯切れは悪いけど、クレアのことは何とかしたみたい。
宿のご主人とちょうど一階に降りてきたところで合流できたので、そのまま話をしてここで一泊することに決定した。オルトは二部屋取るつもりだったみたいだけど、ツインルームなので一部屋だけだ。別に私はふしだらな女ではないからね。彼がイケメンだからってそんなつもりはさらさらない。
ないったらないのだ。
昨日お金を手に入れたわけだけど、服とか必要なものはあるし出来る限りの節約はしておきたいから。それにオルトのことは信用している。
別にソッチ系ってことはなさそうだけど、何て言うか私のことはそういう対象に見てないようなそんな気がするのだ。
そんなわけで宿を決めた私たちは部屋に荷物を置いてから買い物に出かけることにした。
宿屋の主人に教えられた靴屋は大通り沿いにある小ぢんまりとしたお店で、靴屋というより革製品全般を扱っている工房みたいだ。
「いらっしゃい」
如何にも職人って感じの40代か50代くらいのおじさんが作業中の手を止めると、顔を上げて私たちを歓迎してくれる。革製品が並べられているスペースと境目もなくつづく作業場は材料やら作りかけの商品やらでごちゃごちゃしてた。
「靴が欲しいんですけど」
「新しく作るのか」
「中古であるならその方がいいです。そっちの方が安いですよね」
ぶっちゃけお金が足りないし作るとなると結構な時間がかかる。
大きな町ならともかく、こんな何もない町で長期滞在する気なんて起きるはずもない。もちろんアルバートの情報が手には入ればすぐにでも出発する予定もあるからだ。
「そらそうだ。中古品ならそこにあるのから選びな、サイズも多少なら調整できるぞ」
と、いわれて棚を見てもあるのはたったの10足だけ。
見るからにサイズの合わないものを除外して足に合わせてみけど全滅だった。
この世界の人って元の世界でいうところの欧米系でつまるところ身体のサイズが平均的に私より大きい。山奥の村人くらいしかほとんど比較対象はないわけだけど。
何が言いたいかっていうと、身体のサイズの違いは足のサイズにも適用されるわけだ。それは平均値の話で私と同じサイズの人もいると思うけど、数が少ないのは否めない。
その結果、ここにそれはないというわけだ。
大きい町ならまだ可能性もあるけど、これは本格的にオーダーメイドの必要が出てくるかもしれない。
「ダメっぽいなぁ」
「多少大きいやつでもいいんじゃないか。ないよりはマシだろ」
「うーん。そうなんだけどね」
とりあえずで買って、もう一度買いなおすのはどうかと思う。貧乏性っていうのもあるかもしれないけど、今は潤沢な資金があるわけでもない。
「手直しを頼むとどれくらいで出来ますか」
「三日だな」
「うーん」
新規ほどじゃないにしても結構な時間だ。
田舎とは言っても私の注文だけってこともないだろう。いまも何か作業をしているみたいだし。そうなってくると、やっぱり二の足を踏んでしまう。
とりあえず値段を確認してからお店を出ることにした。
靴も大事だけど、それだけで全財産を使うわけにもいかない。私には服はおろか下着の一枚もないのだから。
「多少なら金はあるぞ。アンダートの森で鬼獣の角もいくらか手に入ったし」
「ありがとう。でも、お金なら自分で稼ぐから」
「そんなこと言ってもこの街じゃ稼ぎようがないだろ」
「そこは考えてみるわ。とりあえず古着屋に行ってみましょ」
オルトは親切心から言っていると思うけど、やっぱりお金を出してもらうのはできるだけ避けたい。頼ってばかりだけど、何でもかんでも頼ってしまうのは好きじゃないのだ。
オルトを促して今度は服屋を訪れた。
狭い町なので服屋も一軒しかないみたいで、それも古着屋だけである。行商人が大きな町で仕入れた古着をまとめて仕入れてここに下しているらしい。つまり街の人間は基本的に新品の服は着ないということだ。
「思ったより悪くはないわね」
服を手に取って小さくつぶやいた。
古着というけどそんなにボロボロなわけじゃないし、なにより生地も縫製も思ったよりひどくない。
最初に見たのが村人の簡素な服だったせいか、この世界を見くびり過ぎていたみたいだ。考えてみればオルトの着ている服はちゃんとしているのだから当然と言えば当然か。
そのオルトは聞き込みに行くといって店を出ていった。
彼の顔には「女の買い物は長い」と書いてあったみたいだけど、あれだけのイケメンだとそういう経験も豊富なんだろう。
そんなわけで私は陳列された――といっても台に乱雑に載っている――服を吟味していく。さっきも言ったように、生地もきめ細かく編まれているし縫製はきれいなものだ。機械式ミシンくらいはあるのかもしれない。
綿や麻などの植物繊維から動物の毛から作られたような生地と種類も豊富で、染料も色々あるみたいで色彩も豊かだ。
街の人をほとんど見かけてないから一般的な服装というのがよくわからないけど、古着屋のラインナップを見ている限りスカートにブラウスとシンプルなものが多い。ただ、ゴムはないようなので紐や釦で閉じるのが普通のようだ。
服は三日分くらいあればいいのかなと、店員に値段を確認しつつ服を選んでいく。旅をするのにスカートってどうなんだろうと思うけど、この世界の女性はあんまりパンツを履かないみたいだ。少なくともここに私に合うサイズのパンツはなかった。
そして問題は下着である。
中古の下着ってどうよ。
洗濯してればきれいなんだけどちょっと躊躇してしまう。もちろん、選択肢はないから買うけどね。買うけど、なーんか、ね。って誰に言ってるんだろ私。ちなみにショーツは腰紐だけど現代に通じる形をしていた。これにはびっくりである。そして残念ながらブラが見当たらない。
みんなノーブラなの?
うーん。ブラスリップみたいにラインに合わせた肌着っぽいのはあるけどそれがこの世界の下着なのかな。オルトもいないことだし店員さんに聞いてみるかな。
「服は決まったか」
ありゃ、タイミング悪く戻ってきてしまったらしい。思ったより服を選ぶのに時間を掛けていたみたい。
「ある程度ね」
「さっきも言ったが、お金が足りないようなら言ってくれ」
「大丈夫よ。ちゃんと計算してるから」
さすがにオルトの前で下着の事を聞いたり選んだりするわけにもいかないので、見繕っていたものの支払いを済ませてしまう。まあ、多分さっきので大丈夫だろうと思う。
「結構買ったな」
「これでも抑えたくらいなんだけど」
実際、三日分の服は買えなかったし、服だけじゃ持ち運べないので布製のバッグやタオルなども一緒に購入している。巾着袋は大分すっきりしてしまったけど、まあ何とかなるだろう。靴の購入はあきらめることにしたけど、代わりとなるものをどうにかしてみようと考えている。
「そっちはどうだったの」
「ダメだな。この街には近づいてないのかもしれん」
「そっか。オルトが立ち寄ったほうにいったのかな」
もしかしたら私たちが気付いてないだけで、あの時アルバートは森に潜んで私たちをやり過ごしていたかもしれないのだ。もちろん、こんな何もなさそうな街を経由せずにさらに先を目指した可能性もあるけれど考えたところでそれはわからない。
買い物を終えた私たちが宿を目指して大通りに戻ってくると再び騒ぎが起きていた。静かで小さい町のわりにイベントの多いことだ。
騒動の中心は見るからに豪華な服装をした男が武器を持った男を数人引き連れていて、そいつらが若い女性の腕をつかみ上げていた。
「待ってください。娘だけは。娘だけはお願いします」
「ええい。それではワシが悪者みたいではないか。税金を払えぬ貴様のために、他の道を提示しているだけでおろうが!!」
うん、またしてもわかりやすい展開である。
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