第12話 水不足の影響
揉めているのは30代くらいの女性と、店主らしき壮年の男性だ。クレアと呼ばれた女性が地面に倒れ込みながらも、店主の足に必死に追いすがっている。
多分、クビにされた元従業員と雇用主ってところだと思う。
「それはわかっています。だけど、仕事がないと私はもう……お給金は前の半分でいいんで、いえ、一日10エードでも構いませんのでお願いします」
「済まないな」
店主は悲しそうな顔を見せるとクレアと呼ばれた女性を店の先で引きはがして扉を閉めてしまった。10エードというと食堂の一食分にもならないらしいので、女の人がどれだけ切羽詰まっているか想像できてしまう。店主の顔を見れば苦渋の決断って感じだったけど、最後の宿も泊まるのは無理かもしれない。
「大丈夫ですか」
「……」
おっと、どうしたものかと考え事をしているとオルトの親切センサーが発動したみたいだ。泣き崩れるクレアの腰にすっと腕を回して立ち上がらせると、彼女が落ち着くようにと声を掛けながら宿屋の前から彼女を移動させている。
二人の後をついていくと、街の中心部にあった石造りの建物――議会とかそういうのがあるところかもしれない――の入り口前の階段状になっているところに彼女を座らせた。
「少しは落ち着きましたか。事情は分かりませんが、泣いていても解決しないと思いますよ」
「そんなことは……そんなことはわかっているんです」
一瞬力強い目でオルトを見上げるけども、すぐに嗚咽を漏らしながら顔を伏した。確かにあれは言葉のチョイスを間違えたっぽいオルトが悪い。とはいえ、泣いてる人に掛ける言葉に正解なんてないんだろうけど。
オルトはどうしたものかと困った顔でこっちを見たけど、私は首を振って応えた。女同士の方がいいだろ的な感じの意味だったと思うけど、正直泣いている女なんてめんどくさい以外にない。
私に拒否されたオルトは、落ち着くようにクレアの肩をやさしく擦っている。
ああ、なんでこんなめんどくさそうな女に声を掛けちゃうかな。店の真ん前で泣き崩れていたから避けては通れなかったし、困っている人を放っておくような人だったら、私も助けられてなかったから強くは言えないけど。
「何があったんです」
うん。オルトさんが事情を聞き始めました。
すると落ち着きを取り戻したクレアがぽつりぽつりと事情を話し始める。時々嗚咽が混じってわかりにくかったけど、簡単にまとめると街が長いこと水不足に悩まされることになり、さっきの宿屋というか食堂も経営が厳しくなったためにクレアはクビにされたということで、おおむね予想通りだった。
「他に仕事のあては? 家族や親戚は?」
「……」
オルトの質問に首を振る。
まあ、そういうのは真っ先にあたってるよね。クビになったのだって昨日今日の話じゃなさそうだった。さっきのはもう一度お願いに来ましたって感じだったし。
この世界にはハローワーク的なものはないんだろうし、ぶっちゃけ旅をしている私たちにできることなんて何もないと思う。
でも、水不足か。
宿屋でも言ってたけど、かなり深刻なものらしい。
けど不思議なことに壁の外の畑は元気そうに見えたんだけどね。
「雨が降らないわけじゃないんです。でも、井戸が枯れてしまってて」
「それはいつごろから」
「一年ほど前からです。私は一生懸命働いていたんです。でも、どうしていいか……」
うん。
オルトがちょいちょい情報を集めてくれてます。クレアも落ち着いてきたようで嗚咽を漏らすこともなくなってしっかり喋っている。
私は会話に入る気はないので、考え事をしながら聞き流している。
でも、雨が降るのに井戸が枯れるってあるのかな。
私の実家も井戸水使っていたから、雨の影響がすぐに出るわけじゃないのはわかる。といっても、地面にしみ込んだ水が少しずつ地中深くに濾過されながら流れていくはずだから全くないはずはない。ちょっとのタイムラグはあるかなってところだと思う。通り沿いから見えたのは釣瓶落としの井戸だったし多分浅井戸だと思う。不透水層の下まで掘ってはないと思うから、雨の影響も出やすい方だろうに。
日照りとかはないけど、近所の家が工事をしたときに地下水脈がつぶれたらしく井戸水が出なくなったことはあった。でも、この街全部っていうのは流石にないと思うんだけどなあ。大きい町じゃないけど、地下水源は一つきりなんだろうか。
それに聞き耳さんによると、井戸も掘りなおしたりしているらしいし、それでもダメとなると本格的にこの場所はダメなんじゃないだろうか。でも、地下水源が枯渇しているなら、急にじゃなくてだんだんと水位が下がってくると思うけど、クレアの話では突然だっていう。ますます不思議だ。
「じゃあ、普段の水は町長が」
「ええ、でも、そのための税金が高くて……」
街から30分ほど歩くと川は流れているらしい。
川から水を引いていればよかったんだけどないそうだ。生活排水をどう処理してるか気になるところだけど、それはまあ今は関係ないか。
で、街の外には水はある。あるけど当然街の外に出ると鬼獣に襲われる危険があるので、簡単には水を汲みには行けない。同じ理由は他の街に引っ越すというのも簡単じゃない。それでも聡い住民は貯金が無くなる前に、護衛を雇って街から出ていったという。しかし、頼りになる親戚や知り合いもいないと新地での生活を始めるのは難しいと二の足を踏んでいる間に、貯金も尽きてにっちもさっちもいかなくなったということらしい。もちろん、街に残ったのは故郷を離れられないとか、水不足はそのうち回復するとかそういう考えもあったんだろうけどね。
実際、雨は降っているわけだからそう考えるのも無理はないのかもしれない。
雨は降っているので農業用のため池のほかにも雨水を溜めたりもしているらしいけど、それだけじゃあ足りないらしい。で、最後の砦がこの街の町長――男爵様らしいんだけど、男爵様が大きな町から水の精霊石を買ってきて樽に水を入れて住民に定期的に配っているそうだ。
でも当然、精霊石を買うお金は必要になるわけで、そのために追加の税が取られているとのこと。それが住民の生活を圧迫しているそうだ。
それが街が沈み込んでいた原因だろう。
「貯金ももう底を付いてて……うっううぅ」
また、泣き始めた。
何て言うか、だんだんイライラしてきた。横で聞いててこれなのに、全然動じないオルトってマジですごい。だって、このクレアって女、さっきから他力本願っていうか言い訳ばっかりなんだもん。
私は悪くない。井戸が枯れたのが悪い。税金が高すぎる。川が遠すぎる。娘もいるのにクビにするなんて宿屋の主人も酷い。終いにはさっさと街を離れた聡い住人にすら文句を垂れている。「私にも声を掛けてほしかった」とかね。一人じゃ護衛を雇えなくても、複数人で協力してお金を出し合った住民もいたそうだけど、その仲間に入れてもらえなかったんだそうだ。まあ、仲間に入れなかった住民の気持ちなら何となく理解できてしまう私はひどい女なんだろうか。
「バカじゃないの」
「アイカ」
おっと、思わず声に出してしまっていた。
オルトがちょっと責めるような目で見てくるし、イケメンに庇ってもらえてうれしかったのか、クレアはこっちをちらっと見ると、オルトの肩に顔をうずめて向かってさめざめと泣きだした。マジでイラっと来るわ、この女。
「もう行こう。こんなのに構ってても意味ないって」
「だが……」
「オルトだってわかってるでしょ。うまくいかないのは周りが悪い。環境が悪い。誰それが悪い。運が悪い。タイミングが悪い。だから自分は何一つ悪くない。そう思ってるし、そういって欲しいだけ。どれだけ甘えてるのって話じゃない。子供もいるならしっかりしろって」
「みんながみんなアイカみたいに強いわけじゃないんだ」
「私だって強くないわよ」
何で私が悪いみたいな空気になってるのよ。
意味が分からない。
私だって強くなんかないのに。
「さっきの宿見てくるから」
「アイカ」
呼び止めるような声が聞こえるけど、私はそれを無視して先に進む。道をちょっと引き返して食堂兼宿屋の扉を開けた。
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