第11話 街と宿屋探し
朝日が完全に上り気温もぐんぐん上がってきていた。
まだ、森を抜けていないけども結構な時間を歩いたと思う。そんなころ、オルトが立ち止まり私にも手で制止するように指示を出す。
「森に入って迂回したいんだが大丈夫か」
「どうかしたの?」
「あれを見てみろ」
指さしたほうを目を凝らしてみてみると、木々の間を抜けてかなり遠くに小さい影が見えた。おそらくはリスっぽい何かだと辛うじてわかるくらいでかなりの距離がある。
「あれも鬼獣なの?」
「マダラと呼ばれる鬼獣だな。一匹一匹は小型だしさほど脅威じゃないだが、場合によっては100頭を超える群れを成す。それに時期的に子育てをしていると思う。縄張りを持つタイプだから、近づきさえしなければ問題はない」
「オルトでも勝てない」
「倒すのは問題ないが、マダラは危険を察知すると強烈なにおいを発するんだ。下手なところを斬れば匂い袋を傷つけかねないしな。それに一人なら問題ないが」
「私を庇いながらは厳しいってことね。大丈夫よ。森に入りましょう」
「なるべく通りやすい道を選ぶが、何かあれば言ってくれ」
「ええ」
細い街道とも呼べない道から完全な山道に侵入する。
オルトは私の足を気遣ってくれているのだ。布を巻いているだけなので道沿いを歩くのに比べれば負担は増す。それでもオルトは言葉通り剣で草木を切り開き歩きやすい道を選択してくれる。
「手を貸して」
と、時には手を取って高いとこに引っ張り上げてくれたり、ぬかるんだところでは負ぶってくれたり、とにもかくにも私に気を使いながられながら進んでくれるのだ。
そして、道を迂回して歩いていると遂に森を脱出した。
くるぶしを超えるほどの雑草が生えた草原が地平線のかなたまで広がっている。青い空に緑の絨毯。日本の秘境を自称するど田舎出身の私だが、こういうタイプの自然は馴染みがなく一瞬呼吸を忘れるほど景色に飲み込まれた。
「この先に町があるのね」
「あっちに森から続いている道があるから辿ればつくはずだ」
村の人間が多少の取引をしているのだとしたら、それほど遠くはないだろうと予想していたわけだけど案の定ほどなくして街を取り囲む外壁が見えてきた。
鬼獣対策のための外壁らしいけど、外壁に囲われているのは家だけで、周りには普通に畑が広がっていた。そこには農作業に汗を流す人たちがいるのだ。
「危なくないの?」
「外壁の上に見張りが立っているのが見えるだろ。鬼獣が接近すれば彼らが鐘を鳴らして危険を知らせる。これだけ周囲が開けていれば鬼獣の接近より、避難の方が早く済むさ」
「その外壁もなんだか頼りないけどね」
見張りの兵士と比較したら精々2メートルくらいしか高さがない。それに材質も要所要所は石造りだけど、ほとんどは木造っぽいのだ。狼はともかく熊の鬼獣には耐えられないんじゃないかな。だって、木をへし折る力持ってたからね。
「群れて来られたら危ないだろうが、熊も狼もそれほど多くの数で群れることはないからな。撃退するのは問題ない」
「さっきのマダラとかいうのは。100頭くらいで群れるんでしょ」
「あれは縄張りから出ることは基本的にないよ」
「じゃあ、こんな感じでも危険はないのね」
まあ、そんなに危険だと暮らす人もいないわけだ。残念ながら星光教会の結界というのもすべての街にあるわけでもないようだ。
話しながらすくすく育つ畑と手入れする農夫の間を通り抜け門に差し掛かる。身分証がないとかの、ひと悶着もなくあっさりと通過した。もちろん、門番らしき兵はいたけどもちらっと顔を見ただけで素通りである。
「あれって門番いる意味あるの」
「そりゃあるさ。怪しい人間や手配書の回っている人間は止められるし、商人の積み荷の確認なんかもしている。後は朝晩の門の開閉と、有事の際には外壁の外で働いている人を守ることも仕事だからな」
「ふーん。じゃあ、手配書の回ってるアルバートは街には入れないんじゃない」
「かもしれないが、門番も完璧じゃないからな」
写真のような完ぺきな人相書きなんてないだろうし、すべての手配犯を覚えているとは限らないのか。事件も二年前だという話だし、記憶が薄れている可能性はあるのかもしれない。
「これからどうするの」
「まずは宿を探そう。こういう小さい町でも二・三軒はあるはずだから」
「そうね、宿にお風呂ってあるのかしら。もう、身体がべたべたして気持ち悪いんだけど」
「アイカの世界じゃ、風呂が一般的だったのか」
「私の世界じゃお風呂のない家の方が少ないくらいよ。でもその口ぶりだとないってことよね」
「残念ながら風呂は貴族や大商人のような富豪の邸宅にあるくらいだ。あとは大きな町の高級宿ならあるらしいが」
と、悲しい話を聞きながら街を歩く。
街はそんなに大きくはない。多分、街の外から外壁を見た感じで言うと円形だったとして半径500メートルもないんじゃないかと思う。街の端から端まで歩いて10分程度といったところだろう。
門をくぐって真っ直ぐ大通りが走っているけど、石畳とかではなく押し固められただけのむき出しの地面だ。両側に立っている家も基本的に木造ばかり。
田舎っぽい街並みにがっかりしたのは言うまでもないことだけど、何よりも気になったのは通りを歩く人が全然いないことだ。
「それにしても活気のない街ね」
「確かにな。時間的に朝市が終わっているとしてもここまで静かなのも珍しい」
「靴とか服とか色々ほしいものはあるけど、無理してここに泊まる必要はないんじゃない」
「それは後から考えよう。アルバートが来てないか確認したいしな」
そういってオルトが一軒の食堂らしき建物に入っていった。店の前に掛かっていたベッドの絵が宿屋の看板らしいけど、なんともわかりやすい。でも、それは識字率の低さを物語っているのかもしれない。
入り口は立派な扉がある感じじゃなくて、西部劇に出てくるサルーンに付いているような前後に開くスイングドアとかいうタイプのもので軽く押して中に入った。
「いらっしゃい。旅の方とは珍しい。お食事ですか、それとも宿泊でしょうか」
「ああ、一泊お願いしたい」
「素泊まり一泊200エードになります」
「値段的には手ごろだろ思うけど、どうする?」
「どうするも何も、まずは部屋を見てみないと。見せてもらってもいいですか」
「え、ええ。もちろん」
日本のホテルならともかく部屋も見ずに宿を決めるなんてあり得ない。だって、この食堂、美味しそうなにおいはしているけども、どう見ても掃除が行き届いていない。石畳の道路じゃないし土埃が入りやすいのはわかるけど、天井には蜘蛛の巣まで張っている。宿の部屋も程度が知れるというもの。
ご主人の案内を受けて二階へ上がりながらオルトが情報収集をする。
「ところでご主人、昨晩か今朝、あるいはその前でもいいが右目が義眼の男が来なかったか。瞳の色は青で赤髪だ。背は俺よりは若干低いくらいだ」
「さあねえ、うちでは見かけていないな。それよりこの部屋だ。ベッドが二つに小窓もついているから風通しも悪くない。トイレは共同で階下にある。それから、この街はいま水不足でね。済まんが、水は別料金を貰うことになるよ」
うわー、ないわー。
途中からおっさんの説明全然聞いてなかった。
部屋酷い。
もうね、これ野宿の方がいいんじゃないってレベル。200エードっていうのは銀貨二枚のことで、宿の相場としては安い方みたいだけどそれにしてもないわ。
埃っぽいっていうか、完全に埃が積もってる。
部屋は長いこと閉めきっていたのかかび臭いし、布団はなぜか湿っぽい。こんな部屋で寝たら病気になるわ。
「別の宿にしましょう」
「…そうか」
あんまり納得してなさそうなオルトだけど、私が全力で拒絶の意を表したらどうにか納得してくれた。いや、この部屋でもOKってオルトさん正気ですか? 日本だったら刑務所でももう少しましでしょ。入ったことないけど。
そして訪れた二軒目。
無理!
あり得ない!
客商売舐めてるの?
話を聞けば、こういう地方での宿屋っていうのは片手間の商売らしい。大体が食堂や呑み屋が二階なんかの余った部屋を貸し出すとかそんな感じ。
まあ、訪れる客なんてたまに来る行商人程度で、専業にならないのはわかるわ。わかるけど、だからって手抜きすぎでしょ。手抜きっていうか、そもそも手を入れていない。
「必要なものかったら街の外で野宿しない?」
「と、とりあえず、あと一軒あるらしいから一応見てみないか」
正直期待はできないけど、オルトがいうのならしょうがない。私はちゃんと寝たけど、オルトは私を守るために見張りをしてくれたわけだし、疲れだって溜まっているはずだ。
オルトが女性に旅は難しいって言ってたけど、こういうことなのかな。特に日本という無菌室で育ったような私にこの世界の衛生観念は厳しいかもしれない。
って言っても、別に街にごみがあふれているとかそういう話じゃないので、あの二軒の宿がひどかったのだと思いたい。
「この先って話だけど」
大通りをずんずんと進んだ私たちはほどんど街の中心部に近い辺りまで来ていた。この街では唯一といってもいいような石造りの立派な建物が見えてきたから近そうだ。
オルトに教えられたベッドマークの看板を探していると、
「お願いですから働かせてください!!」
「クレアさん、申し訳ないけどうちも苦しいんだ。わかってくれよ」
と、件の宿屋っぽいところで騒ぎが起きていた。
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