第10話 異世界二日目の朝は

 んー。

 目が覚めたところで体を伸ばす。

 あー、体痛い。

 毛布を借りたといえ、地べたに毛布だけっていうのはつら過ぎる。

 それに寒い。

 焚火はもう消えてしまったらしい。太陽は登り始めているから、そのうち気温も上がってくるだろうと、毛布を抱きしめるようにくるまった。

 それから、毛布を貸してくれたオルトに視線を移す。私に毛布を貸してくれたから着の身着のまま座ったまま眠っている。いやー申し訳ない。

 カッコいいうえに性格もよくて、もしかしてソッチ系か! とか思ってしまう。

 だってさ、顔とか滅茶苦茶ちっさいのよ。

 それに睫毛なっがいなー。

 って見てたら目がぱちりと開いた。


「おはよ」

「ああ、おはよう。眠れたか」

「ええ、おかげさまでね」


 我ながらよくこんな環境で熟睡できたなって思うくらいぐっすりだった。まあ、昨日はいろいろあって精神的に疲れ果てていたからで決して私が鈍感なわけじゃない。私はとても繊細なのだ。ガラス細工のようにとても脆いのだ。


「朝はまだ冷えるな。少しだけ火を焚くか」

「じゃあ、薪を拾ってくるわね」

「ああ、頼む。それとナイフを返してもらってもいいか」

「ええ」


 寝るときに念のためにと渡されていたナイフを返して森に向かう。身を守るためというけど、オルトがいて余程のことは起きないと思うけどナイフを渡されたのはちょっとうれしかった。オルトが襲ってくるとは思わなかったけど――まあ、こんな魅力的な女子が傍で寝ていて何もしないのってやっぱりソッチ系なの?――ナイフを手にしていることで安心感が段違いだったのだ。


「あんまり遠くには行くなよ」

「行かないわよ」


 森には鬼獣とかいう化け物がうようよいるし、私はか弱い乙女だ。オルトの姿が見える範囲で薪を拾っていく。朝露にぬれて湿っているものもあるけども表面が濡れているだけなら問題はない。そんな風に薪を集めていると、鼻孔を嫌なにおいが刺激した。

 昨日から何度も嗅いでいるからその正体はすぐにわかった。


「オルト! 血の匂いがする」

「ああ、昨日襲ってきた鬼獣のものだ。気にするな」

「はぁ?」


 慌てて野営地に戻ってくると、オルトが悠長に朝食の用意を始めていた。なんだろうこの温度差。昨日の夜だけで結構打ち解けてた気がするんだけど。


「夜中に3回鬼獣が襲ってきた。死骸は別の獣が持っていったんだろうが、血の跡まではどうしようもない」

「ちょ、ちょっと待って。三回も鬼獣が出たの」

「アイカはぐっすり寝てたけどな」

「なによ。私がまるで神経が図太いみたいな。昨日は疲れていたのよ。だ、だから」

「別に何も言ってないだろ。それより、薪をここにおいてくれ」

「さらっと流したわね。ここでいいの」


 すでに火が消えた灰の上を指さされたのでそこにバサバサっと薪を下した。熾火は残っているかもしれないけど、そんなやり方で火がつくとは思えない。そんなことを気にする様子もなく、オルトが火のついていない薪の山に向かって右手を向けた。


「うわっと」


 いきなり巨大な火の手が上がった。

 ガソリンに火がついた時みたいに一気に炎が広がり、集めてきた薪が燃え始める。


「ど、どういうことよ。オルト、魔法が使えるの?」

「魔法ってなんだよ。これは精霊術。俺には火の精霊の加護があるから多少は火を操ることができる」

「でも、昨日は普通に火打石使ってたわよね」

「火を熾すことはできないんだ。今のは灰の中に残っていた火種を無理やり大きくしただけだ。逆にこんな風に小さくすることもできる」


 と、右手をかざすと今度は火が小さくなった。オルトが手を離すと元の焚火へと戻る。火の精霊石を温かくしたときと同じようにマナがオルトから火に向かって流れているのが何となくわかる。


「火事の時とか便利ね」

「昨日の村か。残念ながら無理だな。昨日も説明した通り、マナが足りない。燃えている家を鎮火させるなら、司祭クラスの力が必要だな。俺みたいな一般レベルだと焚火程度の大きさを操るのが精いっぱいだ」

「そっか。それにしてもいきなりびっくりさせないでよ」

「この世界の常識を教えようかと思ってね」


 オルトの性格がだんだんわかってきた気がする。アルバートという男を追いかける暗い追跡者って側面はあるかもしれないけど、たぶん根本的には年相応な若者なんだ。まだ二十代前半みたいだし案外子供っぽいところもあるようだ。


「私にもできるようになるの」

「教会で洗礼を受ければな。ただ、どの精霊の加護を得られるかはわからないけど」

「火と水、風と土だっけ」

「ああ」

「加護によって使える力が変わるのよね。でも、オルトは火の精霊の加護があるのに、水の精霊石も使ってたわよね」

「精霊石は加護とは関係ない。マナを注げば誰でも使えるものなんだ」

「へぇ。だから、私が使えないのが不自然だったのね」

「ああ、村の連中みたいに隠れ住んでいれば、洗礼を受けてない可能性はあるが全く知らないっていうのは通常考えられない」


 と、しゃべっている間にお湯が沸き、私が薪を拾っている間にオルトが刻んでいた乾燥肉や野菜を入れた即席のスープを渡される。


「ありがとう。いただきます」

「これしか作れなくて悪いな」

「そんなことないって」


 ご飯が食べられるだけも有難いことなのだ。

 そんなことよりも気になっていた話に戻す。昨日は宗教はちょっとと思ったけど、こんな魔法みたいなことができるならちょっと興味が湧いてくる。


「洗礼って誰でも受けれるの」

「たいていの街には教会が必ずある。ただ、洗礼をやってくれる司祭や司教がいるとなると、大きな町でなければ巡回のタイミング次第だな。基本的に子供のころに洗礼を受けるが、大人になって教会を変える人もいるし、多少の寄付金は必要になるけど受けれないってことはない」

「精霊教以外もあるの」

「ああ、聖光教会と魔神教会っていうのがあるが、昨日も言った通りアイカには精霊教会が合うと思うよ」


 自然とともにっていうのは宗教宗教してないし、どちらかといえば日本の神道にも近いと思うから抵抗感は少ない。スープを飲みながら話のタネにほかの宗教についても聞いてみる。


「聖光教会とか魔神教会っていうのはどういう感じなの」

「聖光教会は光の女神さまを主神として崇めている教会で、簡単に言うと人が死ぬと天国と地獄に魂は導かれるんだそうだ。で、女神さまの住む天国に行くために生きている間に善行を行いましょうっていう教えが基本になる。聖光教会で洗礼を受けると女神の祝福と呼ばれる秘術を使えるようになるな。精霊教徒がそれぞれの精霊の加護を受けるみたいにな」

「何ができるの」

「結界術と治癒術。説明したように街の外には鬼獣って恐ろしい獣がいる。それから守るための結界を張ることができるし、薬師様の治療ではどうしようもない怪我や病気も治すことができる秘術が使えるようになる。まあ、実際のところそんな力を使える人間は限られるわけだけど、その力に救われたものも多いのもあって精霊教徒についで信者は多い」

「じゃあ、最後の魔神教会は」


 魔神の響きからするとあまりいい印象はないけど。


「教義としては人はみな平等で人に上も下もない。弱きものに手を差し伸べよ。その手はいずれ自分を救ってくれる。っていうもので、聖光教会とは別の部分で善行を推奨している」

「悪くはなさそうだけど、魔神教会が一番信者は少ないのよね」

「ああ、人に上も下もないって考えが一部の貴族に嫌われているのが大きい。それに魔神教会で洗礼を受けたものは魔術と呼ばれる力を使えるようになる。この力は精霊の加護や女神の祝福とは違って、相手を傷つけることができる術なんだ。非力な人間が鬼獣や妖獣に対抗する術として有効ではあるけども、その力が忌み嫌われる部分もある。特にこの国じゃ、力におぼれて暴走した人間が過去にいたのもあるんだけどな」

「確かにそういうことってありそうね。旅をするなら戦う力があったほうがいいのかなとちょっと考えたけど、やっぱり無難に精霊教会がいいかな。天国とか地獄とか聖光教会は肌に合わなそうだし」


 日本の時みたいに、無宗教でもいいんだけど精霊石が使えるようになった方がいいのは間違いないと思う。別に定住しなくても水の精霊石とかかなり使いどころはあるしね。そんな話をしながら朝食を食べた私たちは街に向かって出発した。

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