第7話 私の復讐劇
「何をする!?」
「主様を足蹴にするなど」
「おおおお」
目を見開き私を凝視する村人たち。
さっきまで絶望のうちに膝をついていたのに立ち上がり化け狒々と炎上する民家の間に立とうとしている。生贄を、おそらくは彼らにとっての隣人、家族、娘や妹を食べていた狒々なのに、まるで神獣であるかのように守ろうとする。それがひどく滑稽に見えた。
「取引をしましょう」
「なにを?」
「森の主の死骸をあなた達に売ってあげる」
「ふざけるな。我らの主様を売るだと!! 何を言っているんだ」
「無理矢理奪う? それができるのかしら。あなた達にどうすることもできなかった森の主を簡単に殺せるのよ。私を食べようとした狒々なんて許せない。細胞一つ残さず燃やし尽くすしてしまいたいわ。でも、あなた達はチャンスを上げようといっているの」
「何がチャンスだ偉そうに」
「森の主がいなければこの村はすぐにでも鬼獣に襲われるんじゃないかしら」
「それは……」
不思議だった。
鬼獣に襲われる可能性があるのなら、村人は森に入ることはできないはずだ。でも、碌な道じゃないけども道はあったのだ。それはつまり村人が外に出る可能性があるということ。完全に孤立した村というわけじゃないんだと思う。例えば塩とか村で手に入らないものは外で手に入れる必要がある。
でも森の主に守られているからといって、村人が外に出ていくときにわざわざ護衛としてついて回るとは思えない。鬼獣に村人を見分けることなんてできないだろう。
化け狒々の唾液がついたことで無事に山を下りれたように、化け狒々のにおいをつけてさえいれば森は自由に通れるんだと思う。
生贄と引き換えに得ているのは二つ。一つは村の安全。そして二つ目が森を抜けるための森の主の”何か”だろうね。きっと体の一部、体毛などの森の主の匂いのするものだと思うけど、匂いは当然風化するだから定期的に生贄を差し出さなければならないのだ。それが半永久的な効果があって、大量にあるのなら化け狒々が襲ってきた時点で山を下りているはずだ。
「森の主の死骸があれば、鬼獣から身を守ることが出来るでしょう。だから、売ってあげると言っているの」
心が冷えていくのがわかった。
この村の人たちは、自分たちを守護していた森の主をたったいま失ったのだ。
その弱みに付け込んでいるというのは理解している。
でも、こんな奴らに同情する余地はない。
「わ、わかった。ちょっと待っててくれ」
「おい、こんな奴の言いなりになるのか」
「だが、この女のいう通りだ。こいつらから力づくで主様を取り戻すのは無理だ。だったら、金を払ってでも取り戻すしかないだろ」
村の外と取引をしているのなら多少のお金はあると思っていたけど、読みは当たっていたみたいだ。村人たちがどうすべきか話し合っているのを横目に一度イケメンの方を見たけど、彼は黙って成り行きを見守っているようだった。私がまるで仲間のようにふるまっているのに、それに対しても何も言ってこなかった。
「ちょっと待ってろ」
話し合いが終わったのか、しばらくすると村人たちが小さな巾着袋みたいなものを持って戻ってきた。中を見ると十円玉みたいな銅貨っぽいものが入っているけど、この世界に来たばかりの私には価値はまるで分らない。だから、私が判断するのは村人たちの顔色。
「舐めてるの? あなた達の命の値段ってこれっぽっちなの」
燃え盛る民家に向かって狒々の頭をもう一度蹴り飛ばした。
「ま、待て、待ってくれ」
慌てたように村人が集まり小声で話をすると、すぐに走り出した。そしてさっきよりも巾着袋をぱんぱんにさせて戻ってきた。最初にお金を集めに行った時とは村人の表情は大違いだ。
「まあ、いいわ。これで勘弁してあげる。行きましょうか」
「あ、ああ」
イケメンの顔が引きつっているような気がするけど、多分気の所為だ。気のせいだよね。歩き出した私の後をイケメンが付いてくる。
「そういえば尻尾はよかったんですか?」
「死骸は村の連中に売ったんだろう。だったら俺が手を出すのは違うと思ってね」
「それもそうね。ちなみに尻尾はどうするつもりだったんです」
「妖獣も鬼獣も害獣だからな。鬼獣の角と妖獣のしっぱは売れば金になる」
日本でも害獣を役所に持っていくとお金に変えてくれるところもあるし、そういうものなのかな。いくらになるかはわからないけど、私が村の人からもらったお金とどちらが高かったんだろう。
「私は余計なことをしてしまったんですね」
「いや、いいさ。あれは一種の復讐だったんだろ」
「まあ、そうですけど」
これですっきりしたのかと言われたら全然していないけども、まあ一つの区切りにはなったかなと思っている。
私たちは来た道とは反対の方に進んでいる。村に入るまでに召喚術士とはすれ違っていないし、村にはどうやらもう一つ入り口がありそうだったからだ。
「このまま召喚術士を追いかけるんですよ」
「そうだな、とりあえずはこの先の道で痕跡を探してみるさ」
「それじゃあ、改めてこれからよろしくお願いしますね。私はアイカって言いますけど、お兄さんのお名前はなんていうんですか」
いつまでもイケメンと呼ぶわけにもいかないだろう。もちろん、心のうちだけの話なんだけどね。イケメンは一瞬立ち止まって私の顔を見つめると、改めて口を開いた。
「オルトゥハンクレン」
「えーと、レンって呼んでもいいですか」
ものすごく嫌そうな顔をされてしまった。
いきなり愛称なんて馴れ馴れし過ぎたのかな。それとも実家で飼ってた犬と同じ名前ってバレたとか? まさかね。
「……オルトと呼んでくれ。近い人間はそう呼ぶ。それと俺に対して敬語は必要ないよ」
「そうなのね。じゃあ、オルト、改めてよろしくね」
「ああ、大きな町まで連れて行こう。道中、この世界のことを説明するよ。いろいろと常識の違う部分もあるだろうからな」
「やさしいのね。でも、さっきも言ったけど私はオルトと一緒に行くわよ。元の世界に戻る手段はアルバートしか持ってないんだから」
「言っただろ。旅は危険だって」
「だから、私も言ったじゃない。オルトを護衛として雇うって」
「さっきのお金じゃ足りないぞ」
「やっぱりお金の問題なんじゃない」
「ああ、いや、そうじゃなくて」
「ふふん。この世界には男に二言はないって言葉はないのかしら。お金が足りないなら、もっと稼ぐから問題ないわ。街についたら私の本気を見せてあげるわ」
私がそういうとオルトが若干引き気味の顔を見せた。
失礼しちゃうな。さっきのはパフォーマンスで私だって毎回毎回あんな阿漕な真似をする気はない。異世界といえばマヨネーズのレシピだ。それ以外にも文明レベルの低くそうなこの世界なら売れる技術はあるはず。
「さっきみたいなのは止せよ」
「わかってるわよ。私だって、私に何もしてない人を陥れようとはしないわよ」
「逆じゃないのか。助けたようにも見えたけどな」
「そんなわけないじゃない」
「そうか? 拠り所を失い絶望した村人には考える力が残ってるようには見えなかった。きっと村長のような導く人間も居なかったんだろう。あのままなら血の匂いに誘われた鬼獣に襲われ村は滅んでいたかもしれない。だから、狒々の死骸にはまだ使い道がある。それを村人に教えたかったんだろう」
「そ、そんなわけないじゃない。オルトも言ったじゃない。私はただ復讐をしたかっただけよ」
「随分と優しい復讐だなって」
「なんでそうなるのよ。あの村の連中は私の命と引き換えに、生き永らえようとしていたのよ。許せるはずないじゃない。
だいたい狒々の死骸があっても村は長くは持たないと思うわ。ただの水でも匂いは洗い流せたんだもん。それくらい匂いはすぐに風化するわ。雨が降ればあっという間だと思う。森の主が死んだことだって、すぐに知られるでしょうね」
「だろうな。そうなる前に狒々の匂いをつけて森を抜けるのが連中に残された道だろう。わざわざ恨まれるような真似をしてまでアイカはその機会をあげたんじゃないか。彼らが罪悪感を感じないで済むように」
「だから、違うってば」
ううぅ。
心臓が痛い。
罪悪感で死にそう。
オルトいい人過ぎ!!
いい人ってあれなの? 無条件で他人の善性を信じちゃうのかな。
私は心の底から村人を苦しめたかっただけなのに。だって村の財産を根こそぎ奪えば、村を出たところで一文無しじゃ苦労するでしょ。そのためにやったんだから。
私はオルトを無視してどんどん細い道を進む。
羞恥心に耐えかねて地面を踏みしてめて歩いていると足の裏がずきずきと痛んだ。
どうせ村の財産を奪うなら靴を奪えばよかった。召喚されたときに持っていた着替えもすっかり忘れている。けど、いまさら戻るわけにもいかないし、手に入れたお金だってオルトの様子からして二束三文なんだろうし、本当に踏んだり蹴ったりだ。
「急ぎましょう。この先にアルバートとかいう召喚術士が逃げたんでしょ」
「ああ。そのはずだ」
私の後をオルトが追いかけてくる。
イケメンと二人旅も悪くないかもって思ったけど、こんなにいい人と一緒にいて私の心臓が持つのか心配になってきたよ。
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