第6話 自業自得
私が召喚されたとき、食事の準備らしきものをしていたようだった。つまり、火を使っていたのだろうが、狒々の化け物に襲われた村からは火の手が上がっていた。
集会場のようなところしか見ていなかったけども予想通り小さな村だ。森を切り開いて出来た集落は畑がほとんどで、民家は多くない。
下手をすると私の島よりも人口は少ないかもしれない。
森の主に生贄を捧げ続けていれば、村はどんどん縮小すると思う。生まれる子供の数と、生贄に捧げられる人の数。人は育つのに時間がかかるし、後者が上回れば衰退の一途だ。いつから生贄を異世界から調達していたのかわからないけど、そこまで切羽詰まっていたのだろう。
だからといって許せるわけもないけど。
「アレが狒々か。悪いが先に行く」
剣をすらりと抜いたイケメンが走り出す。
その先にはいままさに村の人間にかぶりつこうとする化け狒々がいた。
村人たちは村中を逃げまどっていた。
村に向かう私たちとすれ違った村人は一人としていなかった。それはつまり村から逃げ出した村人がいないということだ。村の外には鬼獣がいる。オルトは難なく倒していたけど、そんなことができるのは一部に限定される話なのだろう。
村の中にも外にも安全な場所はどこにもなく、彼らにできるのは少しでも化け狒々から距離を取ることだけ。
燃え盛る建物から火の粉が飛んできた。
それを払いのけながら、私は一歩ずつ村の中へと足を踏み入れる。
家と家の間の道には化け狒々に食い散らかされた死体が、物のように転がっていた。血の匂いと、肉の焦げる悪臭が鼻を刺激する。
思わず吐きそうになるのをぐっと堪える。
目を背けたらいけない。
化け狒々に村人を喰らえと言ったのは私だ。
私が村に来たくなかったのは化け狒々が怖かっただけじゃない。この光景を見るのが怖かったのだ。私のしたことの結果を知るのが恐ろしかった。
私を生贄に捧げようとした村人が殺されるのは自業自得だと思う。罪悪感なんか感じてやるものか。むしろ望み通りの結果になったんだから嗤ってやれ、と自分自身に発破をかける。
「ざまぁみなさいよ」
情けないな。
声が震えてる。
人を殺したんだ。
しかも一人じゃない。私が祭壇を出て一時間くらいだろうか、化け狒々が食べた村人は十や二十じゃ足りないと思う。
直接じゃないけど、私の言葉でたくさんの人が死んだ。
ああ、ちくしょう。
罪悪感を感じずにいられるはずないじゃない。
「ひぃ」
私の声を聞いた村人らしき男が、引きつった顔をして私から離れていった。
「ははっ」
乾いた笑いが漏れた。
何よ。
私が何をしたっていうのよ。
私を見て怯えるなんてお門違いじゃない。
召喚されたとき現場にいたのは数十人程度だったけど無関係の村人なんているはずがない。だったらあんたにだって責任はあるのに。
「すごいわね」
「そうでもないさ」
村の中心まで歩いていくと、首を切断された化け狒々が血だまりを作っていた。本当に化け狒々くらいイケメンにとって敵じゃなかったみたいだ。剣から血糊をふき取り、鞘に納めた。
あれほど恐ろしかった化け狒々の目にはもう生気が宿ってなかった。こうなってしまえば大きいだけのただの動物だ。
「これからどうするんですか?」
「アルバート――召喚術士を追いかけるさ。この状況ならすでに村を出て行っているだろう。俺たちが通ったのとは別の道があるんだろうな」
「私も一緒に行ってもいいですか」
「森に限らず鬼獣はいる。とてもじゃないが、女性に旅は厳しいよ」
「でも、元の世界に帰るにはほかに方法はないんです」
「そうかもしれないが……すまないな。せめて大きな町までは連れていこうと思う。若いんだきっと仕事は見つかる。多少のお金なら援助もできると思うから」
「なんでそこまで」
いい人にもほどがある。
知り合ったばかりの私にそこまでするなんてちょっと普通じゃない。でも、そんな優しさよりも連れて行ってほしい。禁術とされる召喚術を調べる手段がないのなら、あの男こそが元の世界に帰れる唯一の手掛かりなのだ。ダメだと言われても諦めるわけにはいかない。
「大きな町までは連れてってくれるんですよね。それは危険じゃないんですか」
「街道沿いの道は比較的安全だからな、女性一人守るくらいなら何とかなると思う」
「だったら!!」
「街道沿いを行くとは限らないんだ。今日みたいに道なき道を進むことだってある」
「でも、私を守りながらここまで来たじゃないですか。でも……ううん。わかったわ、連れてってくれないっていうのなら護衛として雇うわ」
「お金なんてないだろう」
「つまりお金があればいいってことよね」
「いや、それは……」
イケメンが呆れたような顔を見せる。まあ、ちょっと揚げ足取りみたいな真似だったと自分でも思う。でも、確かに言質は取ったわよ。
東京へ行きたいという私に、そんなお金がどこにあるといった両親に大して「お金があればいいのね」と大学の学費に加えて東京での生活費を高校生の間に稼いだのだ。私をちょっと手先が器用で絵と料理が得意な可愛いだけの女の子だと思ったら大間違いである。
「痛ッ!」
頭に何かが当たった。
手を当てると少し切れていた。
「何のつもりだ」
イケメンが私をかばう様に前に出る。そんな動作におもわずドキリとする。
庇われた腕の間から前を見ると、村人が石を投げつけてきていた。正面から飛んでくるそれをイケメンは叩き落すけども、背後からの投石までは防ぎきれない。いつの間にか私たちは村人たちに取り囲まれていたらしい。
「お前たちこそ何のつもりだ。我らの守り主様に対してなんてことをしてくれたんだ」
「これからオラたちはどうしたらいいんだ」
「この人でなし!!」
村を守護していた森の主の死骸を前に村人たちが叫ぶ。村を支配していた化け狒々を殺したことを感謝するどころか、浴びせられるのは罵詈雑言の数々。
さっきまで感じていた罪悪感なんて一瞬で吹き飛んだ。
それどころか、ふつふつと怒りがわいてくる。
「あなた達はこの化け物の所為で苦しめられていたんじゃないの」
「違う。主様はオラたちを守ってくださっていたんだ」
「守る? ふざけないでよ。そのために何を犠牲にしていたのかわかっているの」
「わがってるだ。だども、必要なことだったんだ」
「必要? 必要ですって。人の命を何だと思っているのよ!!」
「村を守るため――」
「ふざけないで!! 一体いくつの命を犠牲にしたと思っているの。いいわよ。それが村の総意というのなら好きにすればいい。あなた達の村の中からいくらでも捧げなさいよ。でも、違うじゃない。あなた達は我が身可愛さに、その代償を外の世界から用意しようとした。私のような犠牲者を一体どれだけ別の世界から呼び寄せたの」
「し、仕方ないだろ。主様は若い娘を求められた。だども、娘たちを主様に捧げ続けたら、村は――」
「滅びればいいじゃない。こんな村」
村人たちが私の言葉に気圧されたように一歩後ずさった。
「もうおしまいだ」
「主様がいなければ我らはこの森では生きていけない」
「鬼獣に喰われてしまうだ」
「ああ、まだ子供が生まれたばかりだっていうのに……」
「どうしたらいいんだ」
石を投げつけてくるのはいつの間にか止み、絶望したように膝をつき頭を抱え込む村人たち。そんな彼らを冷たく見下ろすと、私を守ってくれていたイケメンの方に向き直った。
「狒々の死骸はどうするんですか?」
「尻尾は欲しいが、それ以外は焼くのがいいだろう。血や死肉が鬼獣を呼び寄せる」
「そっか。じゃあ、もらってもいいですよね」
「どうするんだ」
「こうするのよ」
私は生首となった狒々の頭を蹴り飛ばした。
燃え盛る民家に向かって。
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