第4話 イケメン剣士
熊が動きを止めてそのまま地面に伏した。
その背中の上にすらりとした長身の男が立っていた。手には剣が握られ、深々と熊の背中を刺し貫いている。
「大丈夫か」
男が剣を引き抜き、鞘に納めると地面に座り込んでいた私に手を伸ばしてくる。手を取り立ち上がった私は腰が抜けていたのかそのまま男にしなだれかかる。
「ごめんなさい」
「もう大丈夫だ。怖かったろ」
見上げると月明りに男の顔が照らされる。
「『イケメン』」
「えっ」
「いえ、助けてくれてありがとうございます」
思わず口走るほどに整った顔立ちをした男。いい男というのは匂いもイケメンらしい。
って、やばい!
相手の匂いがわかるということは、私のにおいも……。
今の私は化け狒々の所為で洒落にならない匂いを発しているはず。川で洗い流したけど、これだけ接近すれば気付くレベルだ。イケメンの腕の中というのをもう少し堪能したいところだったけども、慌てて距離を取って自分の足で立った。
「悲鳴が聞こえて慌てて駆けつけたんだけど、間に合ってよかったよ。それより、ずぶ濡れじゃないか。森の夜は冷えるし、この先で野営をしていたからそこで温まろう」
「いいんですか」
「もちろん。そんなことより、どうしてこんな森の中に一人で」
「えっと、それは、その……」
なんていえばいいのだろうか。
異世界から生贄として召喚されたけど逃げ出してきました?
事実ではあるけど、不審に思われないだろうか。
いや、そんなことよりイケメンを信用していいのだろうか。危ないところから助けてくれたのは間違いないけど、実は召喚した連中の追手ってことも考えられないだろうか。
ああ、もう。ダメだダメだ。
嫌になる。
騙されたばっかりだけど、命の恩人を疑うなんてどうかしている。
ほら、イケメンが案内してくれている道は村とは逆方向じゃない。
「そうか、いろいろ事情を抱えているんだね。言いたくなければそれでいいよ。ああ、見えてきた。すぐそこで野営してたんだ」
私が答えに窮していると、複雑な事情があると勝手に解釈してくれたらしい。彼が案内してくれたのは、細い道沿いにしては少しばかり広々した空間があって、彼のものらしい荷物が置いてあった。そして、焚火の跡っぽいものまである。やっぱり野営云々は嘘じゃなかったのだ。イケメンを疑うなんてどうかしている。
疑ってごめんなさい。
「火は一応消してたんだ。すぐに点けるからちょっと待っててくれ。けど寒いよな。とりあえずタオルと、火がつくまでこれでも使って温まっていてくれ」
受け渡されたのは一枚のタオルと、仄かに赤い水晶玉のようなものだ。手のひらにすっぽり収まるテニスボールくらいの代物で、使い方がさっぱりです。異世界グッズだろうか。
「えっと、どうしたらいいんですか?」
「ん? 暗くてわからないかな。火の精霊石だよ」
「火の精霊石って何ですか?」
「え? 火の精霊石を知らない。いや、いや、そんな馬鹿な。田舎だって言っても精霊石くらいあるだろう……。いや、まさか、そんなはずは……ちがう。そういうことか。つまり、当りということか」
「一人で何を納得しているんですか」
「一つ教えてくれ」
両肩をガシッとつかんで顔を近づけてくる。
近い。
顔近いって。
島育ちの私はイケメンへの耐性がないんだから。
「な、なんですか? 何でも聞いてください。スリーサイズは上から――」
「君は別の世界から来たのか」
「……そうですけど」
なんでわかった?
この世界じゃ精霊石は常識ということなのかな。知らない私が異質なのだろう。それに召喚術が普通にある世界なら推測するのも簡単なのかな。
「やっぱりか。そうか。そういうことか。済まないがもう一つ教えてほしいんだけど、この先の村で右目が義眼の男を見なかったか」
「ああ、右目がなんか変な感じの人がいました」
あれ?
スリーサイズはいらない。
しかも、私には興味なし? っていうか、温めるための焚火はどうしたの。立ち止まっていると徐々に冷えてきたんだけど。
「頼みがある」
「なんですか」
「一緒にその村まで来てほしい」
「いやいやいや、それは無理ですよ」
「無理? ああ、怖いんだね。召喚した男が何をしてくるか。しかし、困ったな。こんな場所に一人置いていくわけにもいかないし」
「いや、そういうことじゃないです。多分、村は化け物に襲われているんです。その、なんていうか、私はその化け物の生贄として召喚されたらしいんですけど、私が逃げたから代わりに村が襲われているというか」
事実とはちょっと違うけど似たようなもんだよね。まさか、私がけしかけたなんて言えるわけないじゃない。
「化け物」
「ええ、狒々の化け物です。さっきの熊より大きくて、しっぽが二本あって人の言葉をしゃべっていました」
「妖獣か……だが、二尾であれば問題ない」
「問題ない?」
「これでも剣の腕には多少自信があってね。二尾の妖獣くらいなら問題ないよ。しかし、村が襲われているとなると、やはり急ぎたいな。身の安全は保障する。だから、ついてきてほしい。頼む。ようやくつかんだ手掛かりなんだ」
「義眼の男を見つけたらどうするつもりなんですか」
「殺す」
さっきまでの優しい雰囲気が一変して震えるほど冷たい声だった。
「だったら、別に放っておけばいいじゃないですか。どうせ化け物に殺されますよ」
自分でも何を言っているかわからない。死ねばいいなんて恐ろしいことを口にしているという自覚はある。それどころか、けしかけたのは私なのだ。
でも、怖いのだ。
あの狒々の化け物が。
だけど、本当に恐ろしいのは別のものだ。
熊を軽々と倒したイケメンはきっと強いのだろう。でも、あの化け物を相手に本当に勝てるという保証がどこにある。あれはただの獣ではない。知恵がある。それが余計に怖かった。
「それはない。狒々の妖獣程度に後れを取るようならこんなに苦労はしなかった。あいつは、あの男は……」
「えっと」
「何のためにこの先の村でに潜んでいたのかはわからない。でも、あの男に妖獣を恐れる理由はないんだ」
じゃあ、私はいったいなんのために召喚されたっていうんだろう。
狒々の化け物が恐ろしくて、村を守るために生贄を差し出していたわけじゃないということ。それにイケメンの話の通りなら、そもそもフードの男は村人じゃないということになる。
「頼む。村まで一緒に向かってくれ」
私の目を見るまなざしは真剣で、私のことを『聖女様』と呼んできた老人とは真逆だった。イケメンとフードの男の間に何があるかわからない。でも、その必死さは伝わってくる。この人はすごくいい人なのだ。イケメンには二種類いる。信じていいイケメンと、信じちゃダメなイケメンが。この人は間違いなく前者だ。
義眼の男を見つけたら殺すと言っていた。
感情を押し殺したかのような冷たい声だった。
私利私欲での殺意ではない。きっと、何らかの恨みがあるのだ。
それなのに、それほど憎い相手が近くにいるとわかっているのに私の身を案じている。
知り合いとも呼べない間柄の私を、危険な森の中に置いていけないと苦悩している。私は自分勝手な人間だ。目的のためには手段は選ばない。逆の立場なら、見捨てて目的を優先させると思う。村に行くのはとても怖い。でも、それでも命の恩人のお願いをどうして無下にできようか。
「わかりました。村には一緒に行きます。でも、殺すのを少し待ってくれませんか。私は元の世界に帰りたいんです。その男なら送還術が使えるはずなんですよね。他にも術者はいるかもしれないけど、私を召喚した男のほうが確実だと思うんです」
「……」
イケメンの顔が固まった。そして、なぜか申し訳なさそうに顔が歪む。
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