想うは彼。

 広々とした湖の辺りで彼女は落ち着いた様子で水面を眺めていた。脳内は今、とある存在でいっぱいだった。故郷で待つ友である。


 痛々しい左目の傷が目に付いた。傷から漂うただならないオーラに最初は距離を開けていたが、それ以上に惹かれる魅力があった。


「なんで、彼を思い出すんだろう。彼とはただの友達。ただの友達だった、はず」

 彼女はうちに秘めた感情を吐き出すようにため息をついた。完全な否定が出来なくなっている。


 この感情を否定すれば自分はきっと後悔する。彼女は直感的にそう察した。


「でも、いつから?」

 彼を友から意中の相手として見るようになったのはいつなのか。理由や原因が何一つわからないのだ。


 もしかしたら出会って数日かもしれないし、この旅の途中かもしれない。しかし、理由や原因は今となっては考える必要がないのかもしれない。


 彼女が彼に想いを寄せているという揺るがない事実が存在するのだ。体内を蔓延るのしかかるような重い空気をゆっくりと吐き出した。


 視界の上にとてつもない眩しさを感じた。目を慣れさせる為、ゆっくりと顔を上げるとそこには燃えたぎるように赤い夕日があった。


 何度、見ても夕焼けというものは美しい。煌々としており、全てを吸い込みそうなほど深い茜色は口では言い表せない程、魅力的である。


 これが地平線に沈む事で夜が訪れる。その連続がこの地球では途方もない数、行われてきた。


 この惑星は実に奇天烈で美しい。流浪のままに旅を続けてきた。この世界の広さを見た事ない情景を目に焼き付ける為にだ。


 この旅でたくさんの経験を得ることが出来た。目を見張るような光景や時に命の危険に晒されたりもした。


 そのどれもが故郷を抜け出さなければ体験出来なかったものばかりだ。


 単独行動は気楽で良い。自分の好きな事が出来て、誰も自分を咎めないのだ。

 自分こそが世界の中心であり、世界の法。


 そんな気すら感じる。一匹であればこの世界では誰もが王で居られるのだ。

 しかし、いつしかそれに寂しさを感じるようになった。


 こんなにも気楽なのに、焦がれていたはずなのに彼女は虚しさを感じていたのだ。


 ここからまだどこかに踏み出す事も出来るがきっと心は付いていけず、虚無感を纏ってしまうはずだ。


 それは故郷で虚無感から出た彼女にとっては耐え難いものである。何を術的なのか、彼女の中で意志が固まった。


「帰ろう」

 地平線に消えていく茜色を眺めながら、彼女は蚊の鳴くような声で静かに呟いた。


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