勤勉なる労働者

「あーうま」

 彼女は旅の疲れを癒すため、小川の水を飲んでいた。


 空を見上げると雲ひとつないと晴天が広がっている。空が明るいと自然と気持ちも晴れ晴れとして気分になる。


 すると小川の向こう岸で小さな球体のようなものが移動しているのが見えた。


「ん? 何あれ」

 ふと気になり、彼女は小川を渡ることにした。ひんやりと冷たい小川の中をゆっくりと進んで、岸についた。


 よく見るとそれは無数の蟻たちだった。蟻達が木の実を担いで、運んでいたのだ。

「こんにちは」


「おす!」


「よお!」

「チワッス!」

 蟻達から溌剌な返事が飛んで来た。小さな体に収まりきらない程、パワフルなオーラを感じる。


「何しているんですか?」


「見ての通り、木の実を巣への運んでいるのさ。冬に備えて今のうちに貯蔵しておくのさ」


「辛くないの?」


「肉体的にはかなり辛いよ。苦労を先延ばしにしたら辛いなんて分かりきっているしね。苦労するのは今だけだ」

 蟻が歯を食いしばりながら、木の実を担いでいく。木の実の大きさは彼らの体の大きさ以上だ。


 弱音を吐かず、懸命に運んでいく姿に感動を覚えた。


「私も手伝うよ」

 彼女は木ノ実の一つを加えて、蟻の巣に向かった。彼らの懸命な働きに胸を打たれたのだ。


「ほんじゃ、頑張るぞ。姉ちゃん!」

 それから彼女は蟻達と共に巣から木ノ実の回収場所を何度も往復した。


 想像以上の重労働になんども足を止めた。小さな胸を何度も起伏させて、息を整える。


「こっ、これ毎日やっているの!?」


「そうだぜ。おかげで俺たちはすごく鍛えられているんだよ」

 蟻達がせっせと食べ物を運んでいく。食べ物は虫の死骸や木の実など様々であった。


 彼女は木ノ実を一つ、運んでいくのに凄まじい疲労を感じていた。


 しかし、蟻達は何往復も繰り返していたのだ。この肉体破壊級の重労働は青空が茜色に染まるまで続いた。

「よし、今日はこれくらいにしよう」


「ああ、お疲れさん」


「お疲れい!」


「姉ちゃんもありがとうな! 手伝ってくれて」


「いえいえ」

 蟻達の感謝の数々に彼女は心が暖かくなった。感謝したいのは自分の方だ。他の生き物達の生活を知る。こんな貴重な体験をさせてくれたのだ。


「よかったらこれ持っていてくれ。労働の対価だ」

 蟻の一匹がなんと木の実を一つ、分けてくれたのだ。


「ありがとうございます」

 彼女は礼と言った後、蟻達に別れを告げた。


 月明かりの下、彼女は夜風に揺られながら、木の実を齧っていた。昼間の労働で疲れた体に甘い木の実が染み込んでいく。


「んー。うまい!」

 木の実の美味しさに舌鼓を打っていると、ふとある事が頭に浮かんだ。



「ヒトも同じような事をやっていたのに何が違うんだろ?」

 蟻と同じく働いていたが、顔に生気を感じられなかった。


 それに対して、蟻達はせっせと労働に励んでいた。そして、そこには賑やかな空気が流れていた。


 仕事内容が過酷でも仲間との関係が良好であれば、おそらくもっと幸せな日々を過ごせるはずだ。


 一日の大半を労働に費やすのなら、関係が良好な方に良いはずだ。


「あんな風に仲良くやれば、他者との関わりも楽しくなるんだろうな」

 夜空に佇む月を静かに眺めながら、木の実を頬張った。

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