また会う日まで
夏が終わりに近づき、辺りから鈴虫が活気良く鳴き始めている夜。
彼女は天高く地上を見下ろす月を眺めながら、足を進めていた。
夜の旅は昼間の旅とは雰囲気がまるで違うので新鮮味があるのだ。
あの月は遥か昔から存在していた。つまりこの地上で起こっていたあらゆる出来事を目にしているはずだ。
もし月に意思があるのなら是非、コミュニケーションをとってみたいものだ。
好奇心の塊である彼女にとっては未知のものを知るというのは何物にも変えがたいほどの価値がある。
「いやー季節が変わって来たね」
身に浴びる夜風の心地よさに季節の変化を感じていると、彼女の目に月光に照らされた小高い丘が見えた。
あの丘から何が見えるだろう。突然、謎の好奇心が彼女の五臓六腑を駆け巡った。
「行ってみよ」
ずんずんと小さな足を進めて行く。静けさと暗闇が支配する森の中を進む事に恐怖感を感じていたが、探究心と好奇心が勝った。
そうこうしている内に気づけば丘の頂上付近まで登っていた。あと少しで答え合わせが出来るのだ。
そして、やっとの思いでついに頂上にたどり着いた。
しかし、そこには何もなく、ただ無限にも思えるような暗闇と月に照らされた緑の山々が連なっていた。
「やっぱりただの自然か」
何か特別すごいものを望んでいたわけではなかった。
しかし、目新しい何か期待していた彼女は現実との差に思わず、ため息をついた。
ため息とともに視線を下に向けた時、彼女は絶句した。丘の真下。あたり一面真っ赤に染まっているのだ。
目を凝らすとそれは妖しく咲き誇る無数の彼岸花たった。
鮮血のような赤さが月光と相まって艶かしい姿を彼女に見せていた。
彼女はまるで樹液に寄せられる虫のように彼岸花に近づいていく。
「一体ここは」
「ここは英霊達が眠る墓ですよ」
彼女の横に鈴虫がいた。凛となく鳴き声に胸にあった疑問が思わず、薄れてしまいそうになった。
「英霊?」
「ええ。三年前、黒い虎がたくさんの森で殺戮を繰り返していたんですが、彼らのおかげで黒い虎は打ち倒されました」
そこから鈴虫が目を爛々と輝かせて語り始めた。なんでも何種類もの無数の動物が団結して立ち向かったというのだ。
「ここに住む生き物たちはみんなこの場所に参拝に来たりしています。それほど彼らの成した偉業というのは計り知れないモノなのです」
普段は捕食者と被食者にある関係の者達が強大な敵を前に手を組んだ。
もし彼らがいなければ、次はその虎が自分のところまで来ていたかも知れない。
「ゆっくりとお眠りください」
彼女も鈴虫に習って亡き英雄達に心から敬意を込めて一礼をした。
黙祷を終えて、ふと顔を上げると星空が燦々と輝きを放っていた。まるで英霊たちが彼女達の黙祷に応えているようなに。
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