第15話 Ex=ReD 帰宅ダブルス フラッグメント編 8
鉄雄は2つ目のフラッグを取得し、情報をデバイスに登録する。それに要する時間は、一分。
後追いでこの場所に手塚が来てくれることを願う。
フラッグが取られたかどうかの情報は、その場に行ってみないと分からないのだ。
この一分は、情報の整理や作戦の組み立て、現状の把握などさまざまなことに費やさなければならない。
万里の位置を確認すれば、順調に帰路を進んでいるようだった。
「あとはこっちに手塚先輩が来てくれたらいいんだが……」
デバイスのタイマーが60からどんどん減っていく。
45、30……。そして残り秒数が5になったところで、角を曲がって走ってくる手塚の姿が見えた。
そのまま引き返してもよさそうなものだが、鉄雄の近くまでやってきて止まる。
「……てめえ、近い方を後回しにしやがったな?」
「この方が、勝負が派手になる。先輩なら、来てくれると思ってましたよ」
「分かってんじゃねえか、Ex=ReDの魅せ方ってヤツをよぉ」
今、最寄り三本目のフラッグまでの距離は0.5kmもない。
ブーストシューズを使うにも、商店街を挟むので一気に距離を空けることはできない。それならば、徒歩でもじゅうぶんに勝機はあると鉄雄はみていた。
どちらともなく前傾姿勢をとり、地を蹴る準備をする。言葉数が少なくとも、この帰宅勝負を通し、二人は互いの信念を語り合っていた。
不意に聞こえてくる、車のクラクション。
それを合図にして、二人は駆け出した。
商店街の前まできて、手塚がブーストシューズを吹かす。余計な距離を取ることになるが、アーケードの上まで跳び、そこを行く方が速いとの判断だった。
対する鉄雄は、流水が如き動きでもって速度を落とさずに通行人の間を抜けていく。大柄な体格をまるで意に介さぬスムーズなすり抜けで、最短距離を通って商店街を抜けた。
ただ速く。一秒でも、一瞬でも速く。
無心で速さのみを求め、フラッグのある場所まで駆ける。
速さは互角。
勝負を分けたのは、一つの歩行者用信号機。
赤く点灯するそれを見て、手塚は舌打ちと共に道路を跳び越える姿勢をとる。
鉄雄は、速度を落とさない。
「てめぇ! 信号無視するつもりか! 交通ルール違反は大幅減点だぞ!!」
高く舞い上がりながら叫ぶ手塚の下、鉄雄が横断歩道に差し掛からんとするその瞬間に、信号は青に変わる。
まるで鉄雄が来るのを歓迎しているかのように。
放物線上の軌道を描いた分だけ、跳びあがった手塚は遅れをとった。それがそのまま、三本目のフラッグの取得者を決めたのだ。地に降り立った手塚は歯噛みする。
「どうして……!」
「車や他の歩行者の流れから、信号が変わる瞬間は分かる……ッ!」
「この、……帰宅バカめ!」
これで、鉄雄のチームのフラッグ三番目の2本。相手チームは1本。情報処理の一分の間に、残すフラッグの場所を確認する。
手塚も、同じ場所でしゃがみこみ、ブーストシューズからは白煙が上がっていた。
「限界ですか」
「バカ言え。クールダウンだ」
「それもブラフかも知れませんね」
「ふん、かもな」
フラッグは残り2本。うち、片方は万里の帰宅ルート近くに。もう片方は離れた所にあった。
手塚が言う。
「そっちの作戦はアレだろ。お前がフラッグを集めて、その後お嬢様を家まで送ろうってんだろ」
それならば、鉄雄は万里の方へ、手塚は遠いフラッグを狙い、これで3対2。
フラッグ数では鉄雄のチームが有利だが、帰宅時間の差で手塚チームが勝てる。そう、手塚は思った。
「道に迷ってるお嬢様に、フラッグなんざ期待できねえからな。地味な幕引きになっちまうが、まあしゃあねえな。1本目を落としたのが敗因だぜ」
「万里さんは、迷ってなどいない」
「あぁ?」
敢えて、敵チームには共有されない自チームの情報を開示する。
万里のマーカーは、順調に自宅へと近づいていた。それを見て目を丸くする手塚。
「万里さんは、一人で帰れる」
「……あの方向音痴お嬢様が……!? てめえ、どんな魔法を使いやがった」
そこで、1分のカウントが終わる。
「俺は、何もしてませんよ。万里さんに帰宅力があった。それだけの話です」
そして走り出す。
万里とは正反対の方向。4本目のフラッグを目指して。
「欲を出し過ぎると痛い目見るぜ! 遠ければ遠いほど、こっちに有利だからなあ!!」
少しの溜めの後に、ブーストシューズが稼働し、鉄雄を抜き去っていく。確かにブーストシューズは一時的な加速や跳躍力に優れているが、それが継続する訳ではない。
最短ルートを走り抜ければ、決して敵わないものではない。
それに、鉄雄の目論見は成功した。
万里には、フラッグを無視するように伝えてある。4本目の攻防が終わったあとに、ゆっくり取りにいけば問題ない。万里は、まだ決まったルートから外れられるほどの道を憶えていないのだから。
しかしそこで万里のマーカーに異変が起こる。
事前に決まったルートを進んでいたはずのマーカーが、違う方向へ動き出したのだ。
――迷ったのか? けれど、今は4本目を取ることに集中しないと……!
湧き上がる心配を、頭をぶんぶんと振って払い、前方を行くブーストシューズを追いかけていく。
○ ○ ○
万里の進行ルートは順調だった。
交差点ごとにコマ地図を確認し、見たことがある道へ向かって進んでいく。
通っている車や日差しの色、看板の内容など細かな点は確かに毎日違っていたが、おおまかに特徴だけを捉えれば、間違えることも少なくなっていた。
それ故の、油断。
「……進む方向とは違いますけれど、すご近くにフラッグが……」
これだけ近くにあれば、フラッグを取ってすぐに戻ってこれるだろうと万里は確信した。
コマ地図が読めるようになったのだから、デバイスに表示される地図も、多少は読めるようになっているはずである。その目論見は、確かに当たった。
デバイスの情報だけに集中して、フラッグへと到達する。
鉄雄の足を引っ張りたくない一心で、フラッグ情報を取得する。
60秒の後、達成感と共に訪れたのは、絶望感。
辺りを見渡しても、知っている視覚情報は一つも見当たらなかった。元来た道がどこかさえも分からない。
「そんな……わたくし……」
万里は後悔した。
鉄雄は、こうなることが分かっていたから、万里に帰宅することだけを言い渡したのだ。
目先のフラッグに気を取られ、取り返しのつかない失敗をしてしまった。
万里の目に、涙が浮かぶ。
結局、自分は理想を語るだけ語って、何一つ行動には移せないのだと、自分に対して怒りにも似た感情が湧き上がってくる。
「……ね――」
根亀、とそう声に出そうとして。寸前の所で留まる。
今がダブルスの試合中だということももちろん、試合が終わるまで手を貸さないと言った。
呼べば、そんなことは関係なく彼女は現れるだろう。
「だからこそ、呼んではいけませんの……!」
それが、自分のためであり彼女のためでもある。
ぐっときつく目を閉じ、溢れかけた涙と怒りを引っ込める。
「足屋万里。何が何でも、一人で帰ります……!」
静かに決意し、一歩踏み出した。
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