第14話 Ex=ReD 帰宅ダブルス フラッグメント編 7
鉄雄は高さ3mほどの住宅の上から着地する。
「勇吾が得意だったな、こういうのは」
デモンストレーションのために効率度外視でパフィーマンスをしてみたが、どちらかといえば見知らぬ住宅に不法侵入したことの方が気にかかった。
しかし、デバイスに表示されている万里のマーカーが動き出したことを確認すると、彼女を勇気づけるにはじゅうぶんだったのではないだろうかと思いなおした。
相手チームの情報はデバイスでは確認できないので、目視での確認になる。
手塚の姿は、道の先に確認することができた。
フラッグの場所は、最初に駆け出した際に確認済みだ。
2つ、距離が離れたものがあるが、それ以外の3つは比較的近くに固まっている。手塚はそれを狙って動いていた。
他のフラッグを取りに行けば、3つまとめて取られてしまう。
選択肢はなかった。ふくらはぎに思い切り力を込めて手塚の後を追う。意外にもすぐに距離を詰めることができた。
走りながら、言葉少なめに問いを投げかける。
「ブーストシューズで跳んでいかないんですか」
「大技出したからな。数分は使えねえ。ハッタリは最初が肝心だ」
「なるほど。では、今のうちにフラッグはもらっていきます」
「馬鹿言ってんじゃねえ。素の帰宅力でも負けねえ、よッ!」
手塚が一段階加速する。シューズの力は使っていない。鉄雄が追いつくのを待っていたのだ。
どこまでも、勝負を演出することに彼は長けていた。
競技帰宅、Ex=ReDは近年、エンターテイメントとしての色が濃くなりつつあった。見た目を派手に。演出を豪華に。
それを後押ししているのは外でもない手塚グループだが、競技として盛り上がりを見せたのも間違いなく手塚グループの力に依るものだ。競技人口の多さは、それだけ長く続く。単純な真理だが、それを実行するのは容易いことではない。
万里の唱える、身一つで行う帰宅も、手塚のやっている観客ありきの帰宅も、どちらも正しい姿なのだ。
どちらが優れているとか、そういった類の話ではない。
鉄雄は、勝ちに対して貪欲な手塚を前にしてようやくそれに気が付いた。理想だけですべてうまくいくほど、甘くはない。
手塚は、実力で示せと万里や鉄雄を煽ったのだ。それに応えるのが、競技帰宅者、Ex=ReDerとして正しいのだろうと走る足に力を込めた。
「性格は悪いが、言っていることとやっていることには筋があるな」
ぼそりと呟いた言葉に、手塚が反応する。
「なんか言ったかぁ、後輩君よ!」
「いいえ! なんでも!! 正々堂々帰宅しましょう」
「甘いこと言ってんじゃねえ! 勝ちを
ぼふ、と手塚のシューズが息を吹き返す。そのストロークに合わせて、足が地面につくタイミングで小規模なブーストがかかり大地からの反発力をぐんと高める。
「なッ!? 数分は使えないんじゃ……!」
「嘘だよバーカ!! 油断、ごちそうさん!!」
急加速して大きな通りを跳躍で越える。着地と同時に再度ブーストをかけ、前方への推進力へと変える。
その先には、1つ目のフラッグ地点があった。金色に光る自らのデバイスを操作し、フラッグを獲得したことを登録する。これで、他の者はもうこの地点のフラッグを取れない。
フラッグ情報が登録されるまでにはきっかり1分の処理時間を必要とし、その間、選手はそこから動くことはできない。
「はっはぁ!! どうだ! この調子でどんどん……って、いねえ?」
大通りをブーストで越えるのを見た瞬間、鉄雄は1つ目のフラッグを諦めた。代わりに、近くにある他のものを狙う。
フラッグ登録の隙をついて、邪魔されずに取る算段だった。
「問題は、どちらを狙うか、だ……」
3つのフラッグが比較的近くに固まっているので、1つ目が取られた今、2つ目を取ることは鉄雄にとって容易い。
だが、2つ目のフラッグ処理をしている間に、3つ目を取りに行かれたら為すすべがない。
近くにある残り2つを取るには、鉄雄が狙いにいった2つ目のフラッグの方へと追いかけてきてもらう必要がある。
ここは、心理戦だ。
「普通なら、近いほうへ行く」
だが、それを想定して手塚は3つ目のフラッグへ向かうだろう。だから。
「少し遠い方だ……!」
さらにその裏を掻いて、一つ目から近い方へ向かっていく可能性はもちろんある。
だが、確信に近い感覚もあった。手塚は、どうあれ遠い方のフラッグを狙うと。
鉄雄が近くを狙い、手塚も近くを狙う。すると難なく鉄雄が2つ目を取る。そこから3つ目までは商店街を挟んで向こう側なので、ブーストで跳んでいけば鉄雄を振り切って難なく3つ目がとれるだろう。
逆に、鉄雄が遠くを狙い、手塚が近くへ向かった場合。なんの見せ場もなく互いがフラッグを取得する。
移動距離が稼げて、なおかつドローンの映像として録れ高を重視するとなれば、接戦となる方を選ぶに違いない。
そう読んだ。ある種の信頼が、そこにはあった。
横断歩道を渡り、遠い方のフラッグへと走る。
〇 〇 〇
学校ではそれぞれがスマートフォンやタブレット片手に放送部の実況を聞いている。
1つ目のフラッグを取られたあと、最寄りのフラッグへと鉄雄が向かわなかったことで、ちょっとしたどよめきが起こっていた。
――こいつは高度な心理戦だぁぁ!! フラッグが固まったことも珍しいが、近いフラッグを無視するなんてこいつは何も考えてないバカか、一瞬で作戦を練った天才か、もしくは何も考えてない天才だぜ! さあ、このチョイス! どうなる、どうなるぅぅぅ!?
盛り上がりを見せるフラッグ争奪戦。
さらにドローンの映像は切り替わりパワーサイクルを駆る人物の映像に切り替わった。
すさまじい速度で河原沿いの道を進んでいく。
彼の家は河原沿いを通ると遠回りになるが、市街地でパワーサイクルはあまり役に立たない。それは鉄雄が指摘したように、停車を繰り返せば、それだけ速度の差が生まれてしまい減点となるからだ。
遠回りしてでも、できるだけ一定の速度で走る区間を長くとる方が良いのだ。
そして、スピード感あふれるパワーサイクルの近くを、ドローンが低空飛行しながら追っていく。
地面すれすれを飛ぶことで、スピード感はさらに増し、迫力のある映像となっていた。映像を見る者が沸き立つ。
――こぉぉいつぁぁあスゲエッ!! 時速30kmのパワーサイクルッッ!! この帰宅についていけるヤツは存在しねえ!! 帰宅タイムで大幅に点数を稼ぎにきたようだぜ! さあ、もう一人の帰宅者はどぉなってんだぁ!?
映像が切り替わり、万里のものになる。
派手さは一切なく、ちょうど交差点に差し掛かり、手元のノートを確認してこくりと一つ頷いて先へ進んだところだった。
――お、おお、ふ? こりゃあまた、地味な……いやしかし彼女の美しさはすげえぜ! 足屋万里! 足屋財閥のお嬢様!! 入学式で校長の話をジャックした非常識系ぶっ飛びお嬢様だ!! 立てばアネモネ、座ればドクゼリ、歩く姿はトリカブト!! ついたあだ名は高嶺の毒草! だが美しいぃ! だがしかし美しいッ!! 見るだけにしとこうぜ! 放送部のオニーサンとのお約束だ!!
それぞれの帰宅者の実況を交え、観客たちのボルテージはどんどん上がっていく。
そんな中で、根亀と勇吾は校舎2階の教室の窓から盛り上がる面々を見下ろしていた。勇吾の手には、ドローンのライブ映像を映しだしているタブレット端末。
「大丈夫かね、最初のフラッグとられたみてーだけど」
「なに、勝負はこれからでござるよ。拙者らは表立って手助けできぬが、勝ちを祈っておきましょうぞ」
「こっそりできること、こっそりできることねえ、何かあるかね」
「思いつきませぬなあ。それに、邪魔したら鉄雄殿は怒りそうでござる。えらく楽しんでおられるご様子」
「あ、それ分かる。めっちゃ活き活きしてるぜ、あいつ」
映像を見ながら、感慨深く勇吾は笑った。
勝負の行方は、まだまだ分からない。
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