第5話 Ex=ReD 帰宅シングルス、タイムアタック編 4
昼休みの視聴覚室で、万里は鉄雄と根亀を前にしてため息をついていた。
「少しばかり、時期尚早ではありませんこと?」
「面目次第もありませぬ」
「あの態度は許せん」
「これこの通り、鉄雄殿が熱くなってしまわれ申して」
再度、ため息をつく。
しっかりと勝てる算段をつけてから帰宅部の存続をかけて勝負を挑もうとしていたのだが、少なからず手の内はバレてしまうだろう。
だが、手塚も独自のルートでかつての実力者であった鉄雄に行きついたというのであれば、こうなるのは時間の問題だったのかも知れない。
「手塚くんは、性格が悪くて親の七光りの使い方を誰よりも心得ている性格最悪正真正銘の嫌な方ですが――」
「そこまで言わなくても……いや、別にかばいだてする義理もないな」
「さよう。言い足りないくらいでござるよ」
「こと、勝負に勝つことにかけて一手も二手も先を読む相手ですの。今日の帰宅でも、何か策を弄してくるはずですわ」
弁当を広げながら作戦会議めいた話し合いの場が形成される。
とはいえ、何を仕掛けてくるかなど、分かりようもないのだ。
「シングルスのルール規定では、帰宅者の妨害は認められておりませんから、何をされることもないとは思うのですが……」
「なれば鉄雄殿の負けは無きに等しく。あの帰宅を見ていないのですからな」
「俺は、いつも通り帰宅するだけだ」
「つまるところ、それしかありませんわね……。時に」
会話を中断して、万里は一つ離れた机に目を向ける。
そこには勇吾が食べ終わった弁当と共にしれっと座っていた。
「坂道勇吾くん。どうしてあなたがここにいらっしゃるのです?」
「友達と昼飯を食うのに理由はいらねーだろ。それに、あそこまでいざこざやってんの見て、はいボクちゃんは無関係でーす、なんて言えねえって」
「坂道殿、見た目に反してなかなかに律儀な男でござるな」
「ああ、勇吾はいいやつだぞ」
よせよ、と軽くあしらってから、三人の輪の中に入ってくる。
「ほい、根亀ちゃん、弁当あんがと。でも、ナッツバー以外のものも入ってると嬉しいかな」
「カロリーは正義にて」
「うへえ、即答されたよ。んでさ、シングルスやるんだろ? 競技帰宅の」
「ああ。タイムアタックだから、いつもより速度を上げて帰る」
「他にはなんかルールねえの? 縛りとか、反則とか。最近のルールはよく知らねえからさ」
競技帰宅、シングルスタイムアタックは、いかに短い時間で帰宅できるかを測るものである。学校と自宅の距離を基に算出された基礎タイムを限度として、それよりも短い時間で帰れば帰るほど評価は高い。
「タイムアタック中に、故意の妨害は認められておりませんの」
「んじゃ、わざとじゃなきゃイイってことだ」
「どういうことですの?」
「いっくらでも邪魔できるぜー」
勇吾は指折り指折り、いくつかの案を出して見せる。
「目の前で誰かに転んでもらう。道を聞いてもらう。渋滞を起こす。あとは……イベントでもやって人混みで邪魔する、とか」
「……悪魔のような発想ですわね」
「ルールの穴ってのは、突くためにあるんだよ。ま、鉄雄が久しぶりに熱くなってんだ。ちょっとくらい手助けするさ。先回りしてそういうのは調べといてやるよ」
「頼む」
プレイヤーである鉄雄側に課せられるルールは、シングルスの名の通り、一人で帰宅するということだけである。
記録は、しっかりとウェアラブルウォッチに残されるので、必要とあらば情報の開示にも応じる必要がある。
「久しぶりに鉄雄の本気帰宅が見れるんだ。楽しませてもらうぜ」
「坂道くん、昔の鉄雄くんの帰宅をご存知ですの?」
「あれ? 名前知ってるくらいだからてっきり調べてるんだと思った。俺、鉄雄とダブルスで競技帰宅やってた。それなりに帰宅できるんだぜ」
「何なら、勇吾の方が先に競技帰宅にはまってたからな」
「まあ、昔の話だから今のルールとかは詳しくねーんだけどさ」
「ほほう、人は見かけに依りませぬなあ」
「ええ、本当にそうですわね」
けらけらと勇吾は笑う。
「よく言われんのよ、それ」
「それでも直さないところが勇吾らしいけどな」
ちなみに、鉄雄に渡された弁当の中身は足屋家専属のシェフによって作られた大層豪華なものだった。これに対して鉄雄は「美味すぎるほどに美味いんだが、俺には贅沢が過ぎる」と次回以降の弁当を断っていた。
〇 〇 〇
結局、普段通りの帰宅をするしかあるまいと高を括り、放課後の校門前で準備運動をする。
鉄雄ら一年と違い、二年は授業時間が多くあるらしい。手塚が現れるまで、仕方なく待っていた。
勇吾は先に行って何か妨害がないか調べている。
「調子はどうですの?」
「問題ない。デバイスも準備できた」
鉄雄の手首には、昔から使っている白い旧型のウェアラブルデバイス。鉄雄の身体情報のほかに、自宅と学校の距離も、入学前から測定して情報を入力してある。
「それでは、情報を共有いたしましょうか」
「ああ」
万里の装着しているそれと接近させ、競技状況をリンクさせる。
こうすることで、万里はデバイスに記録される情報をリアルタイムで把握することができる。
「……根亀さんは?」
「彼女には、少し内密な仕事を頼みましたの」
「そうか。直接、彼女に謝って欲しいと思ったんだがな」
「お優しいですのね。鉄雄くんは」
「別に。筋が通っていないのが嫌いなだけだ」
やがて、手塚が校門に現れる。
その手には、一着の上着を持ち、不敵な笑みを浮かべて「よお、待たせたな」と言った。
「いつでもいいぞ」
「まあ待てや後輩君よ。しっかりと条件の確認だ。後でなんやかんや言い訳されちゃあたまらねえ」
「……シングルスの、タイムアタック。制限時間内に帰宅できれば俺の勝ちだ。違うか?」
「その通りだとも。ただし、これを着て、な」
手塚が持っていた上着を投げて寄越す。
緩やかな放物線を描いたそれは、鉄雄の予想に反してとても重たかった。
「うちの帰宅部で使ってる、高負荷帰宅用のウェイト制服だ。それ着て時間内に帰れ」
「な……ッ! 重さ、45kg!? どうしてそんなことをする必要がありますの!」
デバイスに表示された追加情報を見て、万里がくってかかる。手塚は当然だとばかりに鷹揚に答えた。
「うちの連中は、全員あれを着て制限時間内に帰れるぜ。それができないってんなら、実力不相応に吠えたってことにならねえか?」
「それにしたって、この重さは……! 通常、10kg程度でしょう!」
「通り一遍の練習量で帰宅強豪校が名乗れるかよ。強豪ってなあ、勝つから強いんだよ」
45kgを軽々と翻して、どさりと鉄雄はそれを着こむ。
風が校門を抜けて万里の髪や桜の並木を揺らしていくが、黒いブレザーは微塵もなびくことはない。
「問題ない。俺は普段通り帰宅するだけだ」
「そうこなくっちゃあ、な。おい、こっちとも情報共有だ。その古臭ぇデバイスをこっちに向けな。途中で脱ぎ捨てたってすぐにバレるからな」
手塚の持つ、金色が悪趣味に光るデバイスにも情報が共有される。
「……ほお。随分と鍛えてるじゃねえか」
表示された情報の一つ、心拍数を見て手塚は思わず声を漏らす。あれだけの重さを身に着けて、心拍数の上昇がみられないということは、重さを苦にしていないということだ。
鉄雄がくるりと校門へ向かう。
「万里さん、合図を」
「え、ええ」
「その強がり、いつまで持つかねえ」
にやにやと笑う手塚の言葉には答えず、鉄雄は開始の合図を待った。
風が止み、はらりと桜の一片が地面に落ちると同時に、万里の凛とした声が響く。
「これより、Ex=ReDを開始いたします! 競技帰宅シングルス、タイムアタック、はじめ!」
ぐ、と力を溜めて、鉄雄はアスファルトを蹴る。
重りをものともしない軽快な走り出しで、数秒もすれば鉄雄の姿は見えなくなった。
「鉄雄くん……」
「ほお! アレを着て走るか! 野郎、思ってたよりやるじゃねえか」
デバイスに目を落としながら、鉄雄の速度変化を見る手塚と万里。
予想以上の帰宅力に手塚は素直に称賛の声を漏らすが、それでも不敵な態度は崩さなかった。
「このペースなら、余裕で到着いたしますわね。敗色濃厚ではなくて?」
「馬鹿言ってんじゃねえよお嬢様。途中でバテるに決まってらあ」
タイムアタック競技では、速度の変化は競技の成績に影響しない。一定の速度を保つ必要もないので、早めにスパートをかけたのだろうと手塚は判断した。
だがもし。
だがもしこのペースのまま最後まで帰宅できたならば、そのフィジカルは相当なものである。
万里は情報を切り替え、GPSによる位置情報確認を行った。まっすぐ、順調に帰宅している。
いける。
問題なく彼は帰宅できる。
そう思った瞬間、ぴたりと鉄雄の位置を示す点が停止した。
「おっと、まだ3分と経ってないぜ? お嬢様にイイとこ見せたくて最初だけ張り切りすぎちゃったかぁ?」
「そんなはずありませんの! あなた! 何か仕込みまして!?」
「おいおい、ルールには妨害しちゃならねえってあるだろお? 俺は何にもやってねえよ」
だがその言葉に反して、手塚の表情は終始二やついていた。
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