第4話 Ex=ReD 帰宅シングルス、タイムアタック編 3

 始業まではまだ余裕がある。登校し、机についた鉄雄は昨日の万里とのやりとりを思い出していた。


「新しく帰宅部をつくる……か」


 一度は諦めた、理想の帰宅。

 それが叶うというならば、己の帰宅力をそこに懸けてみるのも悪くはない。そう思った。


 そこへ、昔なじみの友人が声をかけてくる。


「おーっす、鉄雄。今日は部活紹介だってよ。どこに入るか決めたか」

「ああ、おはよう、勇吾。お前はどうするんだ? またバスケ部に入るのか?」

「いや、結局モテなかったからバスケはパスだ。そういや、入学式でなんか変なヤツいたろ。校長からマイク奪った女子」

「……ああ」


 万里だ。帰宅部の設立を宣言し、壇上から引きずりおろされた万里だ。

 思えば、あれでよく停学にならないものだと鉄雄は思ったが、話しぶりなどからするにいい所のお嬢様らしいので、そういった家の力というものがあるのかも知れない。


「アレ見てさ。自分で作るってのも、アリかと思ってよ。その名も、放課後ゲーム部。お前も入ってくれよ」

「さぞや堕落した部活だろうな」

「遊んで女子と仲良くなれちゃうぜ? 俺は放課後ゲーセン部を作って高校生活をエンジョイするんだ」

「名前、変わってるぞ」


 勇吾は小学校の頃から鉄雄とつるんでいる。鉄雄と違い、軽薄な態度ではあるが二人は不思議と気が合った。

 鉄雄は、家から近いという理由で高校を決めたが、彼は鉄雄が行くならという理由でここにいる。


 何の前触れもなく、教室のドアが開けられつかつかと無遠慮に入ってくる人影があった。


「うお、噂をすれば入学式のヘンテコ美少女!」


 その人物、万里は周囲の奇異好奇の目線をものともせずに鉄雄の元まで最短距離を歩いてきた。


「おはよう、鉄雄くん」

「あ、ああ、おはよう万里さん」

「え、ちょっと待て鉄雄、お前この美少女と知り合い?」


 キッ、と万里が勇吾を見る。刺すような視線に見すえられて勇吾は口を噤んだ。


「あなた、坂道さかみち勇吾くんでしたわね。その、美少女、というの、やめていただける?」

「俺の名前がこんな美しょ、あ、いや、可憐で強気なやんごとなき御方に認知されている!?」

「美辞麗句を変換すればよいわけではありませんの。わたくしが美しいのは厳然たる事実。あなた、街ゆく人々に向かって、ああ、人間が歩いている、などと仰るの?」

「おい、鉄雄。誰だこの自信が天元突破したヤツ」

「さっき言ってた、校長からマイク奪った女子だよ」

「それは分かってんだよな」

「んもう、二人とも失礼ですわね。わたくしには、足屋万里という名があるのですから、そう呼んで欲しいと言っているのです」

「じゃあ最初からそう言ってくれれば――」


 勇吾がぼやくが、再び万里の鋭い視線がその口を閉じさせた。

 鉄雄は頭を掻きながら問う。


「それで、何か用か?」

「ええ」


 そこで、はたと万里の動きが止まる。

 ぱたぱたと自らの体を手で探り、そのまま沈黙した。


「なんだぁ? ジェスチャーゲームか何かか? 鉄雄、分かる?」

「……いや、まったく」


 そして踵を返す万里。


「きょ、今日の昼休みが始まったら、即座に視聴覚室まで来るのですよ!」


 捨て台詞のようにそう言い残して、彼女は去っていった。

 教室内は水を打ったように静まり返っていたが、時間の経過と共に徐々に喧騒を取り戻していく。


「なんだったんだ? あれ……」

「何かを探しているような感じだったが」

「お探し物ならば、これここにあるでござるよ」


 びくりと勇吾の肩が跳ねる。

 意識の外、物理的背後から急に投げられた声にバッと振り返れば、そこには根亀がピンクの包みを持ってぽっちゃりと立っている。


「根亀さん、いつの間に?」

「なに、主殿の忘れ物を届けるのもメイドの務めにて。鉄雄殿。こちら、本日のお弁当でござる」

「お、お、おい鉄雄! 次は誰だ!? どっから湧いて出た!? このちんまり可愛らしい小動物系ふくよかさんは誰だ!?」


 根亀は得意気に胸を張り、メガネをすいと押し上げて名乗りを上げる。


「拙者、足屋家にお仕えするメイド衆が一人、名をば根亀と申す。ちなみに隣のクラスでござるよ」

「ところで、弁当と言ったか?」

「ところでじゃないよ! 何お前だけ青春街道まっしぐらしてんだよ! 入学二日目で女子二人とお知り合いとかズルいぞ! なんですか? 親友のボクちゃんは置いてけぼりですかぁ!?」

「当方調べの三倍はうるさい御仁でござるな。坂道殿。ちょっとこれあげるから黙っていただきたく」

「俺にもあるのか!? おお、これが古文書にも記されていると言う女子から手渡された弁当……その名もベントゥー……」


 感激のあまり包みを机に置いて三歩下がって五体投地を始める勇吾を尻目に、鉄雄と根亀は会話を続ける。


「お嬢様が、鉄雄殿の入部を後押しせんと無駄な策――いやさ、気を遣われましてな。胃袋を掴むのがいっとう早いと結論付けられたゆえの手製弁当にござる」

「なるほどな。意味は分からないが理由は分かった」


 先ほどの何かを探すような動作は、弁当を探していたのだろう。


「割と、抜けているところがあるんだな、万里さんは」

「その認識、間違っておりますぞ。かなり抜けておられるのです」

「勇吾に渡したのは?」

「拙者の予備弁当にて。この体型を維持するのも、なかなかに大変でしてな」


 そう言って、根亀はぷにっと自分の頬をつついてウインクしてみせた。


 その時、がらりと教室のドアが開き、大柄な男が顔を出した。


「よう、このクラスに九条端鉄雄ってぇのはいるかい」


 帰宅部主将、手塚その人が教室内をぎろりと見渡す。

 弁当への祈りをささげ終えた勇吾が鉄雄を見てため息をつく。


「おいおいおいおい。次は誰だよ。ちょっと新情報が渋滞してない? 大丈夫?」

「あれは俺も知らないぞ」


 クラスメイトの視線が徐々に鉄雄に集まる。

 誰しも、余計な面倒事には巻き込まれたくないのだろう。困惑と、わずかばかりの非難の目線を鉄雄は感じた。


 ずん、と教室内に押し入り、鉄雄の前まで彼は歩いてくる。

 そして机の上に鎮座していた弁当の包みを払いのけ、そこにどっかと尻を乗せた。


「俺のベントゥーがあぁぁぁぁ!!」


 勇吾の悲痛な叫びには誰も反応せず、男は鉄雄を正面から見下ろす。


「お前が九条端か?」

「自己紹介は自分からするのが礼儀だろう」


 静かに低い声で鉄雄が返す。

 無礼に対して愛想よくできるほど、鉄雄の心は広くない。


「はん、いいねえ。負けん気は合格だ。競技帰宅部主将、手塚だ。これでいいだろう。おら、敬語使えよ、後輩くんよ」

「断る。机に尻を乗せるヤツに払う敬意は持っていない」


 ぴり、と場の空気が張る。

 睨め上げるように、鉄雄は手塚を見た。鉄雄も体格は良いほうだが、手塚はそれよりもさらに一回り二回りも大きい。


「可愛くねえ野郎だな。まあ、別に仲良しこよしになろうってんじゃあねえんだ。用件だけ伝えておくぜ」


 ちらり、と手塚が根亀を見る。そして言葉を続けた。


「そこのおデブちゃんと、気の強ぇお嬢様が新しく帰宅部を作ろうだなんて抜かしてやがるが……お前、うちの帰宅部に入れ。最先端の帰宅器材を用意してやる。帰宅は、道具の性能で決まるのさ」

「断る。それはもう、きっぱりとだ」

「帰宅リトルリーグの覇者ともあろうヤツが、そんな得体の知れねえ帰宅部に骨を埋めようってのかい?」

「俺は、俺の帰宅道を信じる」


 手塚はやれやれと首を横に振って、大きく息を吐いて見せた。まるで何もわかっちゃあいない、と全身でアピールする。


「じゃあ、ひとつ帰宅力試しでもしようや。口だけ立派でもしょうがねえ」

「……ルールは?」

「て、鉄雄殿! 受けるメリットはございませぬ!」

「鉄雄っ! お前、何をそんなに熱くなってんだよ! やめとけって!」


 メリットなど、どうでもよかった。

 ただ、鉄雄には許せなかったのだ。自らの力に頼らず、道具の性能を第一とするその考え方が。


 帰宅への冒涜が、許せなかったのだ。


「そうだな、俺も鬼じゃあねえ。帰宅シングルス、タイムアタックだ」

「分かった。今日の放課後で構わないな」

「応とも、応とも。制限時間内に帰宅できりゃあ、お前の勝ちだ。負けたらうちの部に入れ」

「俺が勝ったら、今後一切の勧誘は受け付けない」

「おう、それでかまわんぜ」


 のしり、と手塚が動く。

 教室の外へ歩き出し、不意に振り返って口の端を上げた。


「そういや、そこのおデブちゃんとは仲がイイのかい?」

「悪くはないが」

「だったら是非とも下の名前で呼んでやりな。そいつの名前は妙子たえこちゃんだ。まるまる太った根亀妙子。昔はよぉ、逆から読んだら顔を真っ赤にして泣いてたもんだ」

「彼奴め、言うてはならん拙者の秘部を……っ!」


 身を乗り出して一歩出ようとする根亀を止めて、鉄雄は静かに言った。


「こちらが逆上するのを誘ってる。大丈夫、あとで必ず謝らせる」

「鉄雄殿……」


 下卑た高笑いと共に、手塚は去った。


 教室内のどよめきは大きい。入学早々、上級生に目をつけられたとあってはクラスで孤立するかも知れないが、そんなことは鉄雄にとってどうでも良かった。

 おずおずと、勇吾が話しかける。


「鉄雄おまえ、よく堂々と張り合えるな」

「俺は、一切間違っていないからな」

「尊敬するぜそういうとこ。ほんとに。妙子ちゃんも、大丈夫?」

「拙者のことは根亀と。幼少の頃より彼奴にさんざっぱらいじられたせいで。その名は嫌いでござる」

「逆から読むと、ってこと? 根亀妙子、こえた……肥えた……あっ」

「最後まで言ったら、その口縫いつけるでござる」


 静かに冷たく言い放つ根亀に、勇吾は何度も首を縦に振った。

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