第26話 街で買い物(3)
屋台で買ったそれは、格子状の模様で焼かれた大きなふわふわしたクッキーとパンの間のようなもので、蜂蜜が周りに塗ってあるのか、食べるとほのかな甘みがあった。
噴水のへりに腰掛けて、両手で持ったそれを食べながら、何気なく振り返ると、噴水の中心に立っている銅像が目に入った。馬に乗って王冠を被った先々代の国王、ケイレブ様の銅像だった。
私は改めて横に座って、屋台で買ったおやつをかじっているアルヴィンを眺めた。彼はこの銅像のケイレブ様と同じ時代にいたのだと考えると、改めて不思議な気持ちになる。
「どうかしたか?」
「いえ――、ケイレブ様は、この銅像のようなお方だった?」
アルヴィンは銅像を振り返るとじっと見つめた。
「――俺の知っているケイレブは――こんな髭面で、堂々とした姿じゃない。もっと若かったから――、似てないな」
銅像のケイレブ様は立派な髭を生やした壮年の姿だ。
「もっと線が細くて、頼りなげだった」
アルヴィンは遠い昔を思い出すような目をしながら呟いて、広場を見渡した。
「あの時は、魔物との争いでケイレブの父親が死んで――、街でも村でも男は兵に駆り出されたとかで、街中もこんな賑やかじゃなかった。みんな疲れたような顔をしてたな」
「あなたは、王宮にいて、どんな暮らしをしていたの?」
「ただ師匠と、魔法壁を作る魔法陣をどう描くかの研究をしてたよ。街に出るっていってもさっき行った紅茶の店にたまに行くぐらいで、あとはずっと王宮の部屋にこもってたな。街中も陰気な空気だったし――、こんな風に、広場に座って周りを眺めてるだけで楽しいなんてことはなかった」
もう一度、広場を見回してからアルヴィンは感慨深そうに呟いた。
「いつの間にか、外は、変わってたんだな……」
昔はそんなに大変だったのかしら。私も周囲を見回す。今ここの広場の風景は平和そのもので、アルヴィンの言うような
その時、私は何となく周囲の人が私たちのことをちらちら見ているような気がした。
――噴水に座って、お菓子を手で食べてるのがはしたないかしら?
いえ、でも他の人だってそうやってるし――。
それから自分の服を見る。――真っ黒なドレス。
――このせい?
そういえば、真っ黒な服を着るのはお葬式や、喪に服しているときくらいだ。
全身黒い服を着ている女の人は広場に他にいない。
……このせいのような気がする。
私は視線を走らせた。広場に面したところに洋服屋があるのが見える。
「アルヴィン……」
私は彼に問いかけた。
「――もし良かったら、洋服を買ってもいいかしら? 黒、目立ってるみたいで」
アルヴィンは一瞬食べるのを止めて考え込むように黙り込んでから、「そうだな」と呟いて、頷いた。それから残っていたお菓子を一気に食べて、「買いに行くか」と立ち上がった。
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