第25話 街で買い物(2)
街に向かって歩いて行って、建物が連なる道を前に私たちは立ち止まった。
「……賑やかね」
道を行き交う様々な格好の人々。飛び交う声。
その中に飛び込むと
世の中にはこんなに色んな人が暮らしているんだということを身にしみこむように感じる。
「――ああ。賑やかだな」
アルヴィンも同じ心境なのかしら。ゆっくり頷いてから、人の中に足を踏み入れる覚悟をするように頷くと、私の手を引いた。
「とりあえず、茶葉を買いに行こう」
引っ張られるように賑わいの中へ入っていく。
「――場所、わかるの?」
「王宮にいたときに、何度か店に行った」
アルヴィンは周りを見回しながら足を進める。手がぐいっと引っ張られるので、私は小走りで追いつくと、いったんアルヴィンの手を振り離した。
「――悪い、引っ張ってたな」
アルヴィンははっとしたように謝ると、気まずそうに髪を掻いた。
私は「大丈夫よ」と言って彼の手をとって、手をつなぎなおした。彼は驚いたような顔で私を見つめた。私は彼の綺麗な青い瞳と目を合わせていると顔が熱くなる気がしたので、視線を泳がせて答えた。
「……はぐれたら、戻れなくなるわ」
――それもあるけれど。こんなに知らない人ばかりの場所で、アルヴィンの温かい少しごつごつした手を握っていると安心ができるから。
そう思ったのは黙って、「こっち?」と道を指して歩き出した。
***
アルヴィンの記憶を頼りに道を抜けて行くと、大きな石畳の広場に出た。真ん中に噴水があり、広場を囲むようにいろいろなお店や、屋台が出ている。噴水から真っ直ぐ伸びた広い道の先には甲冑の兵士が立っている王宮の入り口が見える。
「そう……、そう、そこの赤い屋根の建物の裏側だ……」
アルヴィンは1人で頷きながら広場を横切り、一本裏道に入った。そこには黄色い壁の一軒の店があった。看板に『茶葉店』と書いてある。アルヴィンは「よし」と小さく呟くと、店の扉を開けた。
「いらっしゃいませー!」
大きな威勢のいい声がして私たちは同じタイミングでびくっとして顔を上げた。
恰幅の良いご主人が満面の笑顔で私たちを見ている。
「何をお求めで?」
壁際にはずらっとお茶の種類が書かれた壺が並んでいた。
「えぇっと……」
私は緊張して背筋を伸ばすと、横にいるアルヴィンの顔を見上げた。
何せ、街に出るのも買い物をするのも初めてだ。どう振舞えばいいのかわからない。
「――アジュール産の紅茶をこれで買えるだけ」
そんな私の横でアルヴィンはすっとカウンターに金貨を置いた。
「――こりゃあ――結構な量になるが、大丈夫かい?」
ご主人は驚いたように金貨を手に持って目に近づけた。
「構わない」
そうアルヴィンが答えてからしばらくして――、おじさんはお店の奥から手押し車に大きな袋をいくつか乗せて引っ張ってきた。
「……これ、持って帰れる?」
不安になってアルヴィンを見上げると、アルヴィンは「大丈夫」と笑った。
それから、真顔になってお店のご主人に向き直った。
「この台車も少し借りていいか? すぐ戻す」
「構わないがね」と言ったご主人にお礼を言って、私たちは台車を引っ張って店を出た。そのままアルヴィンは人気のない裏道に向かうと、立ち止まって、いつものようにくるっと指を動かした。
しゅんっと紅茶入った大きな袋が手のひらに乗るくらいに小さくなる。それから、アルヴィンはそれをふわりと浮かせて、持って来たバッグの中に浮かせたまま入れた。
……師匠さんのドレスを私に合わせて小さくしたのと同じような魔法なんだろうか。
本当に便利だ。火や水を出したりお湯を沸かしたりしか今のところできない私は、いつごろこれができるようになるかしら……。
「――人前でやると、騒ぎになっても大変だからな」
そう言って私に笑うと、アルヴィンは台車をお店に返しに行った。
***
私たちは広場に戻ると、いったん噴水に腰掛けた。
「あとは――、何を買って帰ろうか」
「お菓子とか――、食べものがあるといいわね」
私は周囲を見回す。広場の周りには屋台がたくさん並んでいて、そこで買ったらしいお菓子のようなものを手にした人たちが噴水の周りにたくさんいた。何かの甘い香りが鼻先をくすぐった。
「周りの人が食べているあれ、何かしら? アルヴィンは見たことがある?」
「――俺がここにいた頃は、こんな屋台なんかなかったから――、わからないな」
私が聞くと、アルヴィンは首を振ってから笑った。
「買ってみるか」
思わず頬が緩んで、何度も首を縦に振った。
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