第24話 街で買い物(1)
『買い物に行く』と言い出したアルヴィンの後について、森を抜けていく。
アルヴィンは迷いの森を迷うことなくすたすたと歩いて行く。
「前にも思ったけど――、どうして道がわかるの?」
「木の精霊と話してみるんだ」
そう言いながら彼は近くの古びた木に手をかざした。私も同じように手を置いて、瞳を閉じると、ぼんやりとした緑の影を感じる。
「人のいる方向はどっちか聞いてみろよ」
言われた通り、心の中で問いかけてみると、緑の影がたなびいたように見えた。頬に風を感じて目を開けると、左の方向にだけ周囲の木々の葉っぱが揺れている。
「じゃあ、あっちだ」
アルヴィンは笑うと左方向へ足を向けた。
***
そうやって歩いているうちに、気づくと周りの木々の種類が変わって、草藪がなくなり開けて行った。そのまま進むと、丘に出た。視界の先には建物が見えて、その先に高い建物が密集した街が見えた。ここは街はずれの雑木林――といったところかしら。
「本当に、街に出たのね」
驚きながら、先で立ち止まったアルヴィンに追いつくと、彼は瞳を大きく広げて視線の先の街並みを凝視していた。
「――どうしたの?」
ただならない様子に思わず顔をのぞきこむと、アルヴィンは「いや」と首を振る。
「景色が全然違うな――って、驚いただけだ」
「ここはどこなの?」
「アジュール王国の王都だ」
私は改めて風景を見回した。ここが、王都。
屋敷から出たことがないので、初めて見る自分の国の都だった。
アルヴィンは呟いた。
「昔、ケイレブに請われて師匠とここに来たときは――、もっと、閑散としていたというか……、建物も少なくて……、人も多くはいなかった」
景色の先の建物が密集したあたりには多くの人が行き交っているのが見える。その賑わいの先には豪華なひと際大きな石造りの建物が見えた。
……あれは、宮殿かしら。――国王様がいらっしゃるところ。
アネッサ――不意に妹の名前が頭に浮かぶ。
あれから妹はどうしているだろうか。お父様もお母様もいなくなって。グリーデンの家督は――叔父様が継ぐことになるでしょう。アネッサは――どうなったのかしら。屋敷にそのままいるのかしら? ――それとも、婚約が決まったという王太子様のところへ?
“人がいっぱい!”
“メリル、こんなに人がたくさんいるの初めて見るね”
“これが街?”
周囲を飛び回る妖精たちのはしゃぎ声が、私の脳裏に生温かい血の感触を呼び起こさせる。
“あの大きいのが宮殿?”
“王様とか王子様のいるところ?”
“アネッサはあそこにいるのかな!”
“アネッサはあんな大きな家に住んでるの?”
“メリルもああいうところに住みたい?”
無邪気な声は本当に、何の深い意図もなく、ただ私に聞いているだけなのだろうけれど。
――私が『住みたい』って言ったら、この子たちは何をするのかしら――
私は背筋にぞくっとした感触を感じて、思わず自分の身体を抱いた。
「メリル」
アルヴィンの落ち着いた低い声が私の名前を呼ぶ。私の手を大きい温かい手が包むように掴んで引っ張った。
「行くぞ」
私は頷いて笑うと、妖精たちを見つめてはっきりと言った。
「――ああいう大きな家には住みたくないわ。今の――森の奥の家で、私には十分よ」
“ふーん”
“そっかぁ”
妖精たちは興味を失ったように、ふわふわと周囲に散った。
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