第23話 (アルヴィン視点)

 俺は膝の上で丸まる黒猫を撫でながら、部屋に差し込むオレンジ色の夕日を眺めた。


 この家で夕焼けの光を見るのはいつぶりだろう。

 

 膝の上で、眠りから覚めたサニーがごろごろと喉を鳴らした。


 俺は、師匠が俺が住む前から飼っていたこの黒猫の年がわからない。

 だが、昔は家の周りで鼠や虫を捕まえては俺に見せに来ていたこいつが、日なたで丸まって全く動こうとしなくなってずっと寝ているようになった姿を見て、ああこいつも寿命が来たんだなと思った。


 この家一帯に時間の流れを止める魔法の結界を張ったのは、師匠に続きサニーまで失いたくないと思ったからだ。


 サニーと一緒で、俺は師匠の本当の年も知らなかった。

 俺を拾ってくれた時からアジュール王国を守る魔法の壁を作る魔術に取り掛かるその時まで、師匠の長い黒髪が綺麗なその姿は変わらなかった。

 今のように、空間の時の流れを留める魔法を使っていたわけではないから、何か自身に魔法をかけて若いままの姿を保っていたのだろうと思う。

 

 魔法の壁を作るための魔術を完成させると同時に、師匠は黒髪を白髪に変え、老いて朽ちた。その姿を見て俺は、時が過ぎるということが怖くなった。


 そして一人で戻ったこの家で、サニーの時間が過ぎ去ってしまうのを防ぐために師匠の魔法を真似て空間魔法を使った。


「紅茶も少なくなってるわ」


 メリルが茶葉を入れた壺を俺に見せた。たっぷり入っていたはずの葉っぱが減っている。


 ――時を止めるといっても、完全に時間が止まっているわけじゃない。

 

 すごく時間の経過が遅くなっているという方が正しくて、結界を出入りしたり中で動き回ったり食事をしたりと何か変化を与えると、少しずつ時が経ってしまう。


 メリルが来る前は一人でリビング奥の書斎にこもっていることがほとんどだったので、時間が経つということはなかったが――、彼女が来てから部屋を掃除したり、食事を食べたり、魔法を教えたり、お茶を一緒に飲んだり、普通に生活しているので、時間の経過が早くなっている。


 でも俺は、あんなに怖がっていた時が過ぎることが、今はそんなに気にならないことに気付いた。


「――茶と何か――食べるもの、買いに行くか」


 立ち上がってサニーを机の上に置くと、メリルに声をかけた。


「買いにって、どこへ?」


 メリルは目を丸くする。

 それもそうだな。こんな森の中に物が買える場所があるはずないもんな。

 俺は笑って答えた。


「迷いの森は何ヵ所か、外に繋がってるんだよ」


 この家がある森は、妖精の世界と人間の世界の狭間にある不思議な場所だ。

 妖精たちは空間を捻じ曲げて、妖精の愛しい子を自分たちの世界に誘う。

 だけど、その間にある森は、いくつかの道が外につながっているのだ。

 そこから昔は師匠の噂を聞いた訪ね人が来ることもあったし、アジュール王国の使者もそこからやって来た。


 俺はリビングの戸棚をあさった。師匠が持っていた金貨や宝石がそこに入っている。

  

 ローブを羽織ると、その金目のものをポケットに放り込み、メリルに「行こう」と呼びかけた。

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