第27話 (アルヴィン視点)

 洋服屋に入ると、「いらっしゃいませ」と、紅茶屋の主人の威勢の良い声とは違う上品な挨拶とともに、白髪交じりの髪の毛をきっちりとまとめた女主人が店の奥から出てきた。


 店の中には片方の壁に色とりどりの巻かれた布が立てかけてあり、もう片方の壁には色々な種類のシャツやドレスが掛けられている。


「――彼女に合うものを――探している」


 俺は女主人にそう声をかけると、メリルに話しかけた。


「好きなのを選べよ」

 

 メリルは嬉しそうに笑うと、店内に掛けられた洋服をその女主人と一緒に選び出した。

 手持ち無沙汰の俺は、店内の椅子に腰かけて一息ついた。


 あの家の中に師匠の黒いドレスを着たメリルがいると、昔と何も変わらないような気がして安心感を感じた。


だけど――、今日、思い切って、この街に来てみて、街の賑わいに確かに、はっきりと当時から時間が過ぎていることを感じた。


 当時、悲痛な面持ちのケイレブが迷いの森を訪れ、『どうか力を貸してください』と請われてこの街に訪れた時は――、街中には悲壮感しか漂っていなかった。


 国王は軍を率いた先で戦死し、継いだのは20そこそこのまだ若い頼りなげな線の細い王子。国内の若者は徴兵され、傷ついて戻ってきた怪我人が街中に溢れているような状態だった。


 俺は――、妖精と話す俺のことを気味悪がって馬小屋に押し込んだ村の人間や、置いて出て行った母親のことを思い出して――、都合が悪い時だけ魔術師を頼る外の人間のために、なぜ師匠や俺が力を貸さなければいけないのかと思っていたけれど、師匠は、「平和のためになるなら」とケイレブの懇願こんがんに応じてこの街に訪れ、昼夜を問わず魔法壁の研究を行った。


 結局それが原因で師匠は死んでしまって、俺は師匠がそこまでした意味は何だったのかをずっと考えていたけど、今、再度この街を訪れて――、今の平和そのものの賑わいが、あの時、師匠や俺がやったことの結果なら、それは意味があったのかもしれないという考えが頭に浮かんでいた。


 だから――、別に、メリルが師匠の服以外を着るっていったって――、残念だと思ったり、そんなことを想う必要などもうないんだ。

 そう自分に言い聞かせる。


「アルヴィン、これどうかしら?」


 メリルの声がしてはっと顔を上げると、彼女が薄い青色のストンとしたデザインのドレスを当ててこちらを見ていた。


「……」


 俺は思わず息を呑んだ。黒い色のドレスよりも、顔色が明るく見える。

 よく似合っている、と思った。

 ――そしてとても可愛いと。


 どう言ったらいいものかうまく言葉が出てこずに黙っていると、メリルは困ったような顔をした。


「――他の色の方が良いかしら」


「いや」


 否定する言葉だけは即座に口から出た。女主人とメリルの視線が俺に集中する。また上手く言葉が出てこずに、俺は再度「いや」と呟いた。


「いや?」


 首を傾げるメリルを見ているとまた言葉が出てこない。


「いや、――似合ってる」


 それだけ言って、俺は頷いた。


「それにしろよ」


「本当? じゃあ、これにしようかしら」


 メリルは嬉しそうに頷いた。


「ここで着替えていったらいい」


 俺は金を入れた袋をローブから出しながら頷いた。明らかにそのドレスの方が黒い方よりも似合っている。


「ですがサイズが少し合わないかと――」


「問題ない。これで足りるか?」


 女主人の言葉を遮って金を押し付けた。大きさは別に魔法で何とでもなる。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る