第20話 食事(2)

 私は手のひらを焚火にかざしながら、その手のひらを見つめて「はぁ」とため息を吐いた。

 アルヴィンの重ねられた手のひらの感触がまだ残っている。

 また火がぼぼぼっと火力を上げたので慌てて頭を振って意識を集中した。

 

 ――何を意識しているのかしら。


 思えば、ずっと屋敷の中にいて社交場に出たこともない私はお父様と使用人――世話役のメイドはみんな女性だから、窓から見える庭師や、執事くらい――以外の男性の姿さえほとんど見たことがないのだ。


 それがいきなり手を握られれば――それは頭が混乱しても仕方がないわ。


 私は炎を見つめながら頷いた。

 そもそも――、ここに来るときに背負ってもらったし――、お風呂まで使わせてもらったし――、そもそもその前に抱きしめられたし――。


「メリル!」


 ふとアルヴィンが後ろから私の名前を叫ぶのが聞こえて、はっと意識を戻すと、家の高さくらいの火柱が上がっていた。慌てて深呼吸して、火を小さくした。


「――火力の調整がわかってきたわ」


 そう呟くと、アルヴィンは「それは良かったが……」と燃え尽きた薪を見て言った。

 彼が手に盛ったお皿の中には、綺麗に薄切りになった兎のお肉が入っている。

 乾燥した香草がまぶしてあって、少し刺激のある良い匂いがした。


 ***


 私は薪を組み直すと、手をかざして、心の中で炎の精霊に呼びかけた。ぼっと音がして焚き木に着火する。


「――できたわ」


 感動して呟くと、納屋から金網と石を運んで来たアルヴィンが感嘆の声を上げた。


「すごいな。俺、何日もかかったのに」


「そうなの?」


 アルヴィンは頷くと焚き木の周りに石を並べて、上に金網を置いた。

 その上に兎の肉を置いて焼いていく。


 ……こんな目の前で焼いて、すぐ食べるなんて食べ方があるのね……。

 

 行儀もなにもあったものじゃないわね、と思いながらも目前から漂ってくる香りに何て贅沢な食べ方なんだろうと感動を覚えた。


 彼は私の座っている切り株の横に納屋の傍に転がっていた丸太を置いて座ると、「代わるよ」と言って、私の代わりに火に手をかざした。


 ちらちら踊る火が程よくお肉を焼いて行き、香草の匂いが際立った。


「美味しそうな匂い……」


 思わずそう呟いてから、私は、周りから“良い匂いっていうのはお花の匂いだよ”とか茶々を入れてくる妖精たちの声がしないことに気がついた。


 慌てて回りを見回すと、きらきら輝く光が遠く、庭の隅の方から遠巻きに私のことを見ている。


「どうしたの?」


 大きめの声で呼びかけると、遠くから小さい妖精の声が聞こえた。


“火は怖いもん”

“危ないよ、メリル、燃えちゃうよ”


 アルヴィンが私に言った。


「――妖精は火が嫌いだからな。一人になりたいときは焚火をすると良いよ」


「そうなのね……」


「妖精は風と水が好きなんだ。焚火してると近づいてこない」


 アルヴィンの言葉は重みがあって、何かを思い出してるようだった。


「――ねえ、私がどうして自分の家から出て来たか聞かないの?」


 その横顔を見ながら彼に問いかけた。

 私がアルヴィンに最初に会ったとき、私の服は血だらけだったのに――気にならないのだろうか。

 アルヴィンは肩を持ち上げると、こっちを見て笑った。


「だいたい、わかるから」


 私が『他に行く場所がない』と言った時に、アルヴィンは『わかるよ』と言った。

 彼もそう思ったことがあるのだろうか。

 彼はどうして妖精に誘われてあの花畑に行ったんだろう。

 私は――この人のことがもっと知りたいと思った。


「私――、お父様とお母様と妹がいたんだけど――、お父様とお母様が――、私みたいな気味が悪い姉がいると、王太子様と結婚する妹の邪魔になるからと、私を殺そうとしたの。そうしたら妖精たちが私を守るために、二人を殺してしまって、それを妹に見られて家を出て来たのよ」


 アルヴィンはしばらく私を見つめて黙り込むと、焼けたお肉をお皿に載せて私の前に置いた。


「食べなよ」


 それからとんとん、と背中を叩いた。


「気にすることじゃない。自分たちと違うものを気味悪がって排除しようとする奴らが悪いんだ。逃げてきて正解だよ。だから、俺は君に会えた」


 私はじっとアルヴィンを見つめた。


「――あなたは、どうして妖精にあのお花畑へ誘われたの?」

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