第19話 食事(1)

 夕暮れにさしかかる森を抜けて、明るい日差しが差し込む不思議な森の奥の一軒家に戻った。私はさんさんと差し込む日差しを手をかざしながらにらんだ。太陽はないのに日差しだけが明るく降り注いでいて――不思議だ。でも、そこで「あれ?」と首を傾げた。出てきたときよりも、日がちょっと……傾いて、西日になっているような気がする。


「出入りしたり――、部屋を掃除したり、色々したから、少し時間が経ったか」


 私が首を傾げていると、アルヴィンが庭先の土に刺してある木の杭の影をしゃがんで見ながら呟いた。


「時間――止まってるんじゃないの?」


「止まっている、というかすごくゆっくり過ぎているっていう方が正しいかな。境界を出たり入ったり――、お茶を飲んだり、部屋を掃除したり、色々と動くと時間の流れが速くなる」


 その時、ぐぅぅぅとお腹が鳴る音が響いた。

 ――私のお腹だ。

 思わず俯いた。クッキーをもらって少し空腹感はまぎれていたけど、森の中を歩いて川で精霊と話す練習をしていたら、またお腹が減って来た。


 その時、笑い声が響いた。

 私はぱっと顔を上げた。アルヴィンが笑っている。


「腹減ったよな。俺もすごい久しぶりに腹が減った気がする。ちょうど、ジャックが獲ってきてくれたやつもあるし、料理でもしようか」


 ――アルヴィンは、よく笑う人よね……。


 私はその笑顔を見つめた。お腹が鳴るのは恥ずかしいけれど、『それでは、私は失礼します』って無機質に言われて、1人で部屋に取り残されるより――横でそれを笑ってくれる人がいるって――楽しいな。


「料理――、手伝うわ」


 私もできることはしないと、と腕をまくると、アルヴィンは頭を掻いた。

「じゃあ、火を起こすから――それを見ててくれるか?」


 それから思いついたように付け加える。


「そうだ。ついでに火の魔法も練習しておけばいいな」


 アルヴィンは荷物を置くと、玄関の横にある納屋から、薪を抱えてやって来た。

 それを庭先の切り株の傍に組むように置くと、上で指を振って火をつけた。彼に「座って」と言われたので、私は切り株に腰かける。


「水の精霊と話したみたいに、こうやって意識を集中してみろ」

 

 アルヴィンは私の横にしゃがむと、また私の手に自分の手を重ねて、焚き木の火に当てさせた。


「まずは、目を閉じて集中してみると良い」


 静かな落ち着いた声に従い、瞳を閉じる。瞼の裏に赤くうごめく何かと、右手の上にアルヴィンの大きい手のひらの熱い感触があった。


 あの赤いのが炎の精霊……手のひら、アルヴィンの、水の精霊は青かったけど、炎の精霊は赤いのね……手が大きいのね……あ、何か赤いのが話しかけてきてる気がする……というより、これ、毎回手を重ねないといけないのかしら……


 私はかっと目を見開いた。……何だか集中できない! 身体が熱いし!


 その瞬間、ぼんっという音とともに目の前に火柱が上がった。

 私が「わっ」と叫ぶと同時に、アルヴィンは私から手を離して、火柱に向かってかざした。彼が手のひらを下げるのと一緒に、しゅぅぅぅと火柱は大人しくなって小さな焚火に戻った。


「いや、凄いな。メリル君やっぱり魔法の才能あるよ」


 アルヴィンは感心したように呟くと、ぽんっと私の背中を叩いた。


「でも、精霊とやりとりしてるときは落ち着かないと。雑念が入ると、さっきみたいに精霊が混乱してしまう」

 

 「もう一回やってみるか」とアルヴィンが私の手を取ろうとしたので、私はそれを払いのけた。


「ほ、他に手伝えることないかしら?」


「――そうだな――でも――」


 アルヴィンはジャックが咥えてきたものを入れた革袋を見つめた。

 ……あれ、やっぱり……。


「兎?」


 聞くと、アルヴィンはこくりと頷いてから聞いた。


さばけるか?」


 いろいろと想像して、さーっと頭の血の気が引いた。

 私は首を振ると呟いた。


「――火の魔法の練習をしているわ」

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