第13話(アルヴィン視点)
キッチンでポットと紅茶の茶葉を用意して、カップを二つ戸棚から取ろうとして、俺は改めて不思議な気持ちになった。
この家に自分以外に人がいて、しかも、風呂に入っている。
『外』で師匠が死んで、1人で師匠と暮らしていたこの家に戻ってきてから――メリルの話からすると――当時年若い国王だったケイレブの孫が国王をしている程に時間が過ぎているようだったが、その間自分はずっとここで1人で過ごしてきた。
ごくたまに、この家の周りを囲む『迷いの森』に迷い人や、はたまたそこに住む魔術師の噂を求めて人が紛れ込むことがあるが、そういう時は森の出口まで案内してやって終わりだった。『外』の人間と関わるのは面倒なだけだから。
だけどメリルに――彼女にこの家に来ないかと声をかけたのは、彼女の姿が昔の自分と重なったからだ。もうそこ以外に居場所がないと諦めて、
メリルが浴室から出てくるまで時間がかかりそうだったので、俺はまた2階に上がってみた。
2階には部屋が二つある。師匠の部屋と、俺の部屋だ。この屋敷周辺に時間を止める空間魔法を施してから、2階に上がることはほとんどなかった。昼と夜の区切りがないのでベッドに入る必要性を感じなかったし、寝るときは1階の揺り椅子かソファでうたた寝をするくらいだった。
――特に師匠の部屋は、16のとき師匠と共にアジュール王国に赴いてから先ほどまで一度も扉を開いたことがなかった。
誰もいない師の部屋に足を踏み入れる。
床がぎしっと鳴った。さっき埃は追い出したものの、部屋の中は古びた匂いが漂っていて、ここだけずいぶん時間が経ってしまっているような感じがする。
師匠が亡くなって、1人で家に戻って来てからも、この部屋に入って誰もいないことを実感することが嫌で、どうしても部屋に入ることができなかった。時を止めて外部と遮断する空間魔法を実行する時にも閉め切ったままだったので――魔法の効きが弱かったのかもしれない。歪んだドア枠を見つめながらため息をついた。
室内を見回すと、余計なものはほとんどなくすっきりしている。師匠がいたころは色々な瓶だとか、アクセサリーだとか、もっと部屋がごちゃごちゃしていたような気がするが、家を出たときに処分したんだろうか。――そうだとすれば、もう戻らないことを分かっていたんだろうか。
「ここも妖精たちに掃除してもらおうか……」
俺は部屋を見回して呟いた。
ここを綺麗にして、メリルに使ってもらってもいいかもしれない。
彼女がそれを望むならだけど。
俺はもう一度窓を開けて空気を入れ替えてからクローゼットを開いた。
師匠の着ていた黒いドレスが並んでかかっている。
焦げ茶色の木製のクローゼットは魔法がかかっているのか、そこだけ古い感じはしなかった。もしかして、師匠はメリルが来るのがわかってたのかと首を傾げた。
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