第14話  魔法の壁

 浴槽から出て身体を拭いて、借りた洋服を着る。

 ――私は、お母様や妹に比べても、背が低い方ではないと思うけど――、ドレスは少し大きめだった。それに胸元が結構ゆるい。――元々この服の持ち主だった、アルヴィンの師匠――魔女のイブリンという人はずいぶんスタイルの良い人だったみたいだ。


 ……針と糸があれば、後で縫わせてもらおうかしら。


 背中の編み上げの紐をもっと引っ張って調節するしかないけど、じぶんだとこれ以上引っ張れない。私はため息をつきながら、妖精たちに話しかけた。


「ねえ……背中の紐を引っ張ってもらえると……嬉しいわ」


 ふわふわと彼らは私の後ろに集まってくる。


“紐、引っ張る?”

“これ?”


 妖精たちに紐と紐の端を持ってもらって引っ張ってもらう。


「そうそう、……それで、そのままくるって結んで?」


 指で動きを指示すると妖精たちはその通りに動いた。

 きゅっと襟元が締まって、どうにか見られる姿になる。


“うまくできたでしょ”


 得意げな妖精たちに「ありがとう」と言うと、彼らはぱぁっと顔を輝かせて、ふわふわと舞った。


『この子たちのせいで、皆に気味悪がられる』


 そう思って、今まで自分から話しかけたり何かを頼むなんてことしたことなかったけれど。――こうやって、私から話しかけたら、妖精たちはこんな嬉しそうな反応をするのね。


 私は胸を押さえた。

 ――この子たちは、私が無視をして寂しかったかしら?


 ここでは、こんな風に妖精に話しかけたって変な顔をする人はいない。

 ――アルヴィンはこの子たちが見えるもの。

 これからは、もっと話しかけてみよう。


 濡れないように上でまとめていた髪を降ろして手櫛で整えると、部屋の外に出た。

 リビングでは、アルヴィンがキッチンの棚をがさごそと何やら探していた。


「――おかげで、すっきりしたわ。ありがとう」


 そう声をかけると、彼は驚いたように振り返って、それからしばらくじっと私を見つめた。


「――アルヴィン?」


「――ああ、悪い。すっきりしたなら、良かった。お茶を淹れるけど、これ、食べる?」


 彼は紙に包まれたクッキーのようなものを前に出した。


「前に森で迷ってた人を助けたら、お礼にってくれたんだけど」


 私は黙り込む。それは、いつの話なんだろうか。カビてるような様子はないけれど……。


「あれ……食べれるかな?」


 妖精に話しかけると、彼らはふわふわとアルヴィンのもとに飛んで行った。


“メリルに変なもの食べさせないでよ、アルヴィン!”

“でも、香りは良いね”

“味見してあげる” 


 彼らは何人かで一つのクッキーを取ると、パキッと割って食べた。


“うん! 美味しいよ、メリル”

“大丈夫!”

“食べれる!”

 

 私はほっと息をついて、「頂くわ」とアルヴィンに返事した。


 アルヴィンはまた何やら手を動かして、あっという間にポットの中にお湯を出現させると、良い香りのする紅茶を淹れてくれた。――甘い香りのそのお茶は、私がよく屋敷で飲んでいたものと同じ香りだった。


「――このお茶も頂き物?」


「――それは、この家に戻ってくるときにたくさん持って来たんだ。君の国のアジュール王国から」


「あなたは――アジュール王国にいたの?」


 アルヴィンは頷くと、顔を歪めて言った。


「俺が16のときに、師匠と俺はアジュール王国に行った。ケイレブにわれてね」


 ――何でそんなに嫌そうな顔。私は首を傾げながら、呟いた。


「ケイレブ様は――魔術にお詳しかったというものね。魔法の壁を作って、国を護ったというから――」


 先々代国王のケイレブ様の頃――、大陸に魔王と呼ばれる存在がいて、魔物が各地を荒らしまわったそうだ。ケイレブ様のお父様は魔物との戦いで倒れて死んでしまい、まだ20代の若い王子だったケイレブ様が即位した。ケイレブ様は魔術に精通していたので、アジュール王国に魔法の壁を作り、魔物を寄せ付けないようにして混乱時代に国を護ったという話は、ずっと屋敷にこもって生活していた私でも知っている。


 魔術のことを知るために、魔術師を呼んだのだろうか。

 アルヴィンは眉間に皺を寄せたまま、青い瞳を私に向けた。


「――その魔法の壁を作ったのは、師匠と俺だ」


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