第4話 嫉妬
「卑屈くん、私には思うことがあるのだ」
「なんだよ藪から棒に・・・」
「なぜ、この世の中には嫉妬という感情があるのだろう」
知らんがな。
「あの感情、何の生産性もない全くもって無意味な感情だとおもうんだ。嫉妬したって何も変わりはしないし、ただただ自分が惨めになるだけ。だというのになぜ人間は嫉妬してしまうのだろうか。私には甚だ分からない・・・」
「そのいい草だと、お前は他人に嫉妬したことが無いみたいだな」
「うーん、私の自覚している範囲だと無いな。一切ない」
「きっぱり言い切りやがって・・・サイコさんはうらやましいなあ・・・」
「はっきりいって私と他人は違うのだから、だからこそ他人と本人であるのだからそもそも比べることがお門違いなようなものだろう。サルと人間を同レベルで比較することが無いように、私と他人は違うものであるはずだ」
「人の場合はサルAとサルBの違いだと思うんだがな」
同じ人間のはずなのに、なぜあの人は〇〇ができて、私に〇〇ができないのだろう、という感情は俺にとっては至極まっとうなことのように思えるが。
少なくとも俺はそう言った嫉妬の感情を常に持っているし、それゆえ自分が惨めに思えること痛いほどわかっている。それでも嫉妬の感情は俺の体から抜けることはない。染みついた汚れのように俺にまとわりついている。
俺のような卑屈な人間にとっては余りに耳の痛い話である。
「ニホンテナガザルとマンドリルを比べるか?」
「それはどっちがどっちなんだよ・・・」
確かに見るからに違うけれど・・・
「と。いうわけでその理由を人間界の嫉妬代表卑屈くんに教えてもらおうと思ってね!」
「不名誉の極みだな!」
「卑屈くんでも背負えるものがこんなところに・・・喜ばしくて涙が」
「俺は自分の惨めさに涙が出そうだよ!」
「――それよ」
サイコ少女はここぞとばかりに俺を指さした。サバサバとした髪を揺らしながら、決めポーズをとっている。
「・・・は?」
「自分の惨めさに涙がでる・・・それはつまり、「自分の至らなさ」を自覚しているということでしょう?」
「・・・はあ」
「嫉妬という感情の根源にあるのは自分の能力あるいは自分の認識だと思うんだ。だから極論、自分を変えるしか嫉妬から逃れる手はない」
「・・・それができたら誰も苦労しないんじゃないっすかねえ?」
そもそも嫉妬などしたことが無いと言い切れるサイコ少女の理想に追いつけるなら、とっくの昔に全人類がサイコ少女同等の心理状態になっていることだろう。
残念ながら我々人間は、そう単純な生き物ではないのだ。
良くないことや悪いことを、自覚してやってしまうのが人間なのだ。それらの先に快楽や幸福が待っているのなら、我慢できないのが人間なのだ。
嫉妬は自分を合理化するために必要な過程なのだ。
どうしてこんな奴が成功して、必死に頑張っている自分が成功できないんだと嘆く。
自分が劣っていることに、自分以外の場所から理由を見つける。自分が劣っているのは周りのせいだと思い込む。
それが、嫉妬の先に待つ自己防衛の心理だ。そんな心理を分かったうえで俺たち人間は愚かにも嫉妬してしまうのだ。あらゆる成功に、羨望に。
だからこのサイコ少女の言葉は、俺たちには耳の痛すぎる話だと。
「そんな難しい話だろうか・・・」
「難しいんだよ、卑屈な人間ってのはな」
「卑屈くんと他人類を一緒にして考えるなんておこがましいよ、失礼だ」
「おいさっきまで俺が人類代表って言ってただろ! 急にのけ者にするな!」
「大丈夫、人間どこでも輝けるものさ」
「名言風にいうな! 俺の場合は輝いてねえだろ!」
「それもまた認識の問題だ。卑屈くん自身が自分を認めてあげることが出来れば、たとえそれが人類界の卑屈代表――ぷっ」
「おまえふきだしてんじゃねえええええええええ!!!!!!!!!!!!!」
ブランコで項垂れる俺とサイコ少女。
今日も公園の日が暮れる。
「あーでもあれだ卑屈くん」
「・・・ったく、なんなんだよ」
「今日、学校で佐伯さんと話してたよね?」
「・・・?」
佐伯さん・・・俺のクラスの学級委員長だったっけか、もはや名前など俺にとっては飾りみたいなものなわけで、たとえそれが俺に話しかけてくれた貴重な人間であっても覚えているわけはなかった。
「卑屈くんは卑屈なんだからああいうかわいい人と話すのやめなさい」
「なんだよそれ、俺に人権はねえのか」
別に話したくて話していたわけではない。単純にボッチな俺を気にして学級委員長直々に声をかけてくれただけだろう。話した内容も覚えてはいない。
「卑屈くんは卑屈くんだからね。卑屈権ならある!」
「卑屈になるのに権利なんか欲しくねえよ・・・」
「ともかく! 私の目が光っているうちは、学校で楽しそうにしないこと! いいかい!」
「はいはい、わかりましたわかりました。とりあえず、そろそろ日が暮れるんで帰った方がいいんじゃないですか?」
「はっ! 本当だ! すまない卑屈くん、それではお先に失礼するよ! 今日もゴーヤの佃煮だ! ひゃっほ~!!!」
俺の返事を待つでもなく颯爽と公園から去っていくサイコ少女を目で追った。
というかなんでサイコ少女に俺の学校生活を規定されねばならぬのか・・・やれやれ。
「・・・・・・?」
一息つこうと思ったが、公園の出入り口付近に、なぜかまだサイコ少女の姿があった。
「・・・卑屈くん、その、なに、さっきはああいう言い方しちゃったけど、なんていうか・・・学校で私に構ってくれても良いんだからね? 全然嬉しくないけど、話くらいはしてあげるから・・・」
門に半身を隠すかのようにして、もじもじと太ももをこすり合わせながらそんなことを言うサイコ少女に、俺はつい吹いてしまった。
「・・・ゴーヤの佃煮なくなるぞ~」
「じゃ、じゃあな卑屈くんッ!! さらばっ!!!」
今度こそ勢いよく去っていくサイコ少女。
サイコ少女も俺に似て、学校での居場所がなかったりするんだろうか。
にしても、俺が女子生徒と話すことくらい許容してほしいものだが。
・・・? まるで束縛の強い彼女みたいになってない?
なんて、あり得もしないことを考えてみる。
嫉妬、ねえ。
まさか、ね。
ブランコから重い体を引き離して、俺もそろそろ帰ることにした。
少し肌寒い季節のはずなのに、今日は少しだけ温かい。
卑屈少年とサイコ少女 そこらへんの社会人 @cider_mituo
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