第3話 サイコとサイコロ
「ハハッ! いい気味だな! 卑屈くんよ!」
「・・・」
「なんだ? そんな羨望の眼差しで私を見るんじゃない。いくら私が美貌に恵まれ、誰もが羨むような女性で、見眼麗しい女子高生であるという前提を踏まえても、そんな薄汚い視線を人に向けてはダメではないか」
「・・・・・・」
「む・・・なんだい、卑屈くん。珍しく張り合いがないじゃないか。もっとこう、なんというか、魔人王ブウタのお腹のようにこう、ぼよよ~んと――」
「ゴーヤの佃煮」
「・・・ん?」
「だから、ゴーヤの佃煮、どうだったんだよ」
「・・・」
「・・・急に黙るなよ」
「・・・」
「・・・なんだよ、鳩が豆鉄砲喰らったみたいな顔して・・・」
いや、これは実際の会話で使うような言葉ではないか。だが仕方ない。僕にはそもそも脳内思考の言語と対人会話における言語を区別する必要性がないのだから仕方ない。なんなら唯我独尊とか我田引水とか素で喋っちゃうタイプ。・・・ごめん流石に盛った。
刹那。
「卑屈くぅぅぅっぅぅぅぅぅっぅぅっぅん!!!!!!!」
「のわっっ!!! おい!! なにすんだ!!!」
「かわいいなあああぁああああああ卑屈くん! まさか私が昨日の夕食に頂いた『ゴーヤの佃煮』のことを覚えていて、しかもその感想をわざわざ私に聞いてくれるだなんて! 断言する! 卑屈くん、君は良い子だ!」
「うるせえ、頭撫でんな声張りあげんな近づきすぎんな離れろ」
「そういうつんけんしたところも・・・かわい」
「きもちわるいからやめろ、それ」
「うむ、ゴーヤの佃煮、無茶苦茶美味しかったよ。もう白米が留まることを知らず、博打の勢いで3合近く食べてしまった!」
「いや博打の勢いって何、イチかバチかで食事を進めんなよ。破竹な、破竹」
しかも三号って何気にすごくないか、約一キロ近くも白米を食べれるってそれはそれで才能だろ・・・こんなスリムな女子高生が・・・。
「ハチク・・・? なんだいそれは?」
「破竹の勢いは知らねえのに博打の勢いって言葉出てくるの怖すぎるだろ、もはや博打常習犯の中で生まれた慣用句みたいになってんじゃねえか」
「あぁ、すまない卑屈くん。せっかくの会話の途中で申し訳ないんだが、ちょっと競艇と競馬の着順だけ見てもいいかな。10kずつ、ね」
「10kずつね、じゃねえよ女子高生が千円を示す単位であり、一定の界隈でよく使われるkという単語をそうも簡単に用いるんじゃねえよ。JKのKだけ使ってろ」
しかも競艇と競馬の着順だけ見るってそれ、試合に全く興味のない「稼ぎ目的」でやってる奴じゃん。ガチじゃんお前。
「お、やったぞ卑屈くん。大穴が勝った」
「大穴という言葉の意味を分からないでいてくれ・・・頼む」
僕のような暇人高校生にならあってもさほどキャラがぶれない用語を貴方のような現代を生きる女子高生が知らないで良いんだよ。もっとトイッタ―とかチェイスボックスとかのSNSやっててくれよ。皆が「映える」とか「〇〇しか勝たん」とか言ってる中、
「大穴しか勝たん、だね、卑屈くん。馬券映えだねこれは」
じゃねえよ、うるせえよ。大穴は負けてばっかだから大穴なんだよ。若者言葉の意味も分からず使うおっさんみたいな、それこそ競馬にハマってそうなおじさんが言いそうなことを綺麗な顔で言うな。そして馬券を映えると思えるセンスは疑えよ、寧ろ外れ馬券と一緒に捨ててしまえ。
「いや~、今日は随分卑屈君の調子がいいねえ~」
「・・・やけに上機嫌だな」
「そりゃそうだよ、このためにあらゆるギャンブルの用語を徹夜して調べ上げてきたんだから」
「・・・なんだそれ? なんのために徹夜なんてしてまで」
まさか、まさかとはおもうが、僕との会話のためにネタを収集していたというのか? いやあまりに自意識過剰だ。ありえない。
「やっぱり、ギャンブルで億万長者になるには仲間が必要だと思ってね」
前言撤回。ありえてくれ、その方が幾分かマシだった。
変に希望をもってるギャンブラーが一番ヤバいから。
「まずは私と共同経営者に――」
「斬新なプロポーズみたいな感じで僕を沼に連れ込もうとするな。迷惑だ」
というかそもそもギャンブルを経営って言うな。
「む、強情だな、卑屈くんは。私のイッショウを捧げると言っているのに」
「・・・一生?」
認めるのは癪だが、見眼麗しく、可憐な女子高生であることは間違いない。僕のような卑屈高校生にはおよそ不可能であろう順当な恋路と言うやつがその先にあるとは到底思えないが、少しくらい色気づいた世界がそこにあると期待しても、バチはあたらないだろう。なんて、不意に心が揺らいでしまった愚かな僕だった。
「そう、この1k分の一勝で、今日はパーっといこう! 近くの好好拉麺とかどうだ!」
「そっちの一勝かよ! 紛らわしいわ! しかも勝ったくせに拉麺とかいう単価の安い食べ物で祝勝会なんてすんな! パーっとじゃねえよズルズル言ってんだよそこだと!」
「ハハっ! いいぞ、その調子だ。さあさあ、行こう行こう」
「まてまてまてまてまて、なんでこいつこんな怪力なの? なんで男の僕が彦図られてるんだ!?」
「ギャンブルなど一ミリも興味はないが、帰り道に食べるラーメンほどうまいものはない、そうだろう? 卑屈くん!」
「ありとあらゆる要素がおっさんくせえ!!!」
全国のおっさんには申し訳ないと思いながら、それでもサイコな彼女を形容するために仕方なくそう叫ぶ僕だった。
今日も公園の日が暮れる。
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