第2話 公園にて

「――で、私は言ってやったのさ。『そんなものドブに捨てて、汚物に塗れ朽ち果てさせてしまえば良いんだよ』ってね」


「いやサイコパス」


「なんと、卑屈くんにドン引かれるとは。自殺したくなるね」


「・・・」


 まあ俺への侮蔑はともかくとして。

 元カレが付き合っていた時にくれたプレゼントを捨てられないけど、持っているのももどかしい、というクラスメイトの相談に対しての返答で、そのようなサイコチックな発言が出来るのはお前だけだよ。と僕は思った。こいつは大概、イカれてる。なにがおかしいのか全く理解できていないようだった。


「他者への未練なんて持っているだけ損だし、そもそも物に他者の意志が宿るわけでもないのだから、必要のない物は捨てて、必要あるものだけ持っていればいいと私は思うのだけどね、全くもって理解に苦しむよ」


「自分と他者を完璧に切り離して考えることなんて、早々出来るもんじゃないんだよ。お前みたいなサイコにとっては簡単なのかもしれないけどな」


 嫌味ったらしく言ってみた。サイコな彼女は一瞬驚いたような顔をしてから、僕に微笑みかけた。


「ああ、他者と関わらざるを得ない人間にとっては確かにその区別は難しいのかもしれないね。こういうことが簡単に出来るのは私のような優れた人間か、卑屈くんのような他者との関わりを持たざる人間くらいのものだろう」


「ナチュラルに僕をディスってくるなお前」


「ナチュラル? どうだろう、こうみえてわざとかもしれないよ?」


「そう言う意味のナチュラルじゃねえよ、お前の煽りやディスはそもそも意図的だろうが。どこからでもディスってくるのな、って意味だよ」


 嫌味を嫌味で返されて、少々不機嫌になった僕は語勢を強めた。というか、このサイコ少女との会話はいつもちぐはぐな気がする。通じているようで、通じていない。


 まあ、僕が他者との関わりをそもそも持っていないという点は否定する術もないが・・・うるさい。


「ま、そんなわけで私は今日も一人こうして公園にきて、世のため人のため、卑屈に項垂れている卑屈くんを見守りに来たという訳なのだよ」


「単にクラスメイトに愛想尽かされて一人だっただけなのによくそんな美化して話せるなお前」


 というかそのクラスメイト、絶対お前に相談したんじゃなくて、別の友達に相談していたところにお前が割って入って色々言ったんだとしか思えない。まっとうな人間がこんなサイコ野郎に相談なんてするかよ、自殺行為だそれは。


「あらあら、かわいいでちゅね~ばぶ~ばぶ~」


「おい見守りに来たんじゃなくておちょくりに来たんだろ、やめろ気持ち悪い」


「あら~もしかして不機嫌なんでちゅか~いやなことでもあったんでちゅか~?」


「いまのとこ嫌なことがあったのはお前だろ、僕は何にも話してないぞ」


「なら、私を慰めなさいよ!」


「いきなりだなぁ!」


 聖母のようなほほえみで僕をおちょくっていた彼女は突然真顔になって僕にキレだした。やはり、サイコパスは地雷そのものである。しかも不発弾系の、あれ? こんなとこで爆発するの? みたいな感じなのである。


「いいから! 私を慰めるんだ! いますぐ!」


「え、ええぇっ・・・」


 僕は困惑する。なんだこいつ・・・」


「ほら! ここに撫でやすい頭があるよ!」


 言って、頭を差し出すサイコな彼女。


「・・・」


 僕は手を置かなかった。というかブランコに全身をもたれさせているのだからそんなことする余裕はない。


 彼女のつむじが綺麗に僕の目に映る。白を基調とした古き良き制服に身を包む彼女はお世辞や嫌味なく美しく儚い女子高生のあるべき姿ではあったが、どうにも僕からすれば息の詰まる、型にはまった女子高生のように見えてしまった。


 サイコパスなだけで、こいつも多分、生きづらいのだろう。


 気の迷いか、僕は、彼女の頭に手を置こうとして、――


「あ! 忘れていた! 今日の晩御飯はゴーヤの佃煮! 即刻帰宅し、白米片手に待機せねば!」


「・・・は?」


「すまない卑屈くん! この続きはまた明日以降に! さらば!」


 僕が事態を理解し終わる前に、彼女は女子高生とは思えないほどの全力疾走、腕をブンブン振って公園を出て直角に左折しどこかへ去っていった。


 幸い、僕は彼女の声に驚き手を引っ込めたので、僕が彼女の頭をなでるという奇怪な行動はバレずに済んだようだった。


「ゴーヤの佃煮で、白米って・・・何?」


 僕は項垂れたまま、ゴーヤの佃煮で白米をかきこむ彼女の姿を想像してみた。

 よく考えたら、サイコパスなんだから、どんな光景もそれで納得できることに気付いたのは、完璧に日が暮れてからだった。

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