卑屈少年とサイコ少女

そこらへんの社会人

第1話 卑屈とサイコパス

「なあ、卑屈少年よ」

 明朗快活に、少女は俺に話しかける。

「人をいきなり卑屈呼ばわりするな、サイコ野郎め」

 吐き捨てるように僕は言葉を返す。ブランコに座るというかブランコの持ち手に全体重をあずけてもたれている僕だった。

「サイコ野郎だなんて失敬だな。サイコ少女と呼びなさい」

「サイコは良いのかよ・・・」

「サイコ、というのは『サイコキネシス(超能力)を扱える私』のことを賞賛しているんだろう? 構わないよ」

「いやちげえよ、構うどころか直撃してんだよ、もっとちゃんと受け止めろよ・・・つかサイコはサイコキネシスじゃなくてサイコパスのサイコだっつうの」

 サイコ少女は小さく笑って、耳に髪を掛ける仕草をする。彼女の一見無造作にも見えるウルフカットは夕日に照らされて茶色く見えた。

 僕は相変わらず、項垂れるようにそこに居た。夕日が差し込む公園のブランコで一人頭を垂らしていた。

 僕にはどうも、この世界が生きづらく感じられた。

 いつものあいつが、そこに腕組みして立っていて、憎まれ口を互いに叩いている。なんら変わらない日常だ。視界が前髪で隠れているせいで、日が暮れているのかどうかもわかりゃしない。前髪を搔きあげて、上を見る気力も湧いてこない。

「卑屈少年よ、今日はどうしたんだい? いつものように死んだ魚の目をして死んでいるじゃないか」

 相変わらず、このサイコ少女はまともな顔して素っ頓狂な問いかけをしやがる。いつものように僕が項垂れているなら「どうもしてないし」、そもそもお前にそれを話す義理は無いし、そもそもいつものように死んでるってなんだよ。いつも死んでんのかよ、僕。確かに目は死んでるけど・・・ってうるせえわ。

「・・・」

「なんだ? 何故何も答えない。もしかして本当に死んでいるのか?」

「死んでるわけねえよ。バカなのかお前」

「死体が喋った」

「おい」

 それを言ったら確信犯じゃねえか。煽るためにしゃべってますよって自白してるのと一緒だぞそれ。ふざけんな。

「はは、冗談だよ。卑屈くん」

 笑いながら人を蔑む人間を、僕はこいつ以外に知らない。

「うるせえ、サイコ野郎」

「殺すぞ?」

 サイコ少女の目が、一瞬確かに獲物を狩る殺意のこもった眼になるのを、肌で感じた。視界が前髪で制限されていようと、項垂れていようと、その殺気は明らかに僕を捉えていた。全身に冷や汗が走る。

「・・・いやほんとにサイコパスみたいな感じするからやめて?」

 暫しの間、彼女は腕組みの姿勢のまま、笑顔でこちらを眺めていた。笑顔で、腕組みして、確かに僕への殺気を放っていた。

 やっぱりこいつ、サイコパスだろ。

 さっきも一回言ったことを言っただけなのに、なんでこんなに殺気を向けられねばならんのだ。

 サイコパスってのは要は人の心とはかけ離れた価値観を持つ、地雷みたいなもんなんだと思っている。脈絡のないところで突然こいつに刺殺されても、僕はあの世で何も不思議に思うことは無いだろう。

 ああ、あいつに殺されたのね、なるほど。くらいにしか思わないのである。

 そう考えると今の状況がすごく恐ろしいものに思えてきた。あれ? 僕殺されちゃう?


「卑屈くんさあ」

 うざったい、と言わんばかりに気だるそうな感情を顔前面に出したまま彼女は口を開いた。全力放出されていた殺気はいつの間にか鳴りを潜めていた。あるのはただの、嫌悪感。


「デリカシーないよね、嫌われるよ?」


・・・


・・・・・・


・・・・・・・・・


なんだこいつ。


「うざ」


「うざ、じゃないよ。うさぎちゃんみたいに私は可愛いよ」


「うさぎちゃんみたく寂しさ極めて逝ってしまえ」


「卑屈くんて、絶対友達いないでしょ」


「その呼称をしてる時点で僕に友達が居ないのは分かってるだろ」


「嘘も方便と言うからね」


「人への侮辱を方便で誤魔化すな」


「はは、卑屈くん。それはヒト科ヒト目ヒトにしか当てはめちゃダメな理論だよ。命に価値の違いはあるのさ」


「おい各種方面に喧嘩を売るな。というか一番僕に喧嘩を売っているよな? そうなんだよな?」


「ともかく、話をしようよ、卑屈くん。いつものように」


「いつものようにねえ」


「そう、いつものように、だよ」


 僕と彼女の、卑屈な少年とサイコな少女の日常がそこにあった。


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