第2話 その探偵は騒がしいほど、街が好きなようです。




「いやあ、ごめんごめん。あまりにも嬉しすぎて飛びついてしまった。何せ、半年ぶりの依頼だからな!」


 応接スペースのソファーに座り、タケミツさんは強打した鼻をなでながら笑っていた。

「半年前は1年ぶりの依頼だーって飛びついてきましたよね。あの時とまったく同じ飛び方だったんですが――」

 私が反対側のソファーに座ると、机の上に置かれている封筒が目線に入る。

「――これが依頼の資料ですか?」

「いや、この手紙は依頼とは関係ない。今度引っ越してくる、私のイトコからの手紙だ」

 そういえばここ数日間、タケミツさんのイトコの話ばかり聞かされていた。確か、ここの探偵事務所で働くと言っていたはずだ。

「彼女のために歓迎会を開きたかったが、どうしても今月はピンチ……そんなときに、今回の依頼だ! この依頼を早くこなして、盛大な歓迎会を開かなくては!!」

「そんなことよりも、今回の依頼はなんです?」

 冷静に聞いたつもりだが、タケミツさんは「まだ慌てなくてもいい!」と言われてしまった。興奮気味に右手の紋章からスマホの液晶を呼び出して、震える左手で操作しているから説得力は皆無なのだが。

「これから見せるのは、依頼人からの証拠品だ。本当は他人に言いふらさないようにと言われているが、あらかじめ君のことは信頼できる助手として紹介しておいたから問題はないだろう!」

 ……依頼人は問題ないだろうが、私は問題がある。

「勝手に私がこの事務所に通っていることを言いふらさないって、前にも言いましたよね?」

「大丈夫だ! 依頼人は私に言いふらさないようにと言っている! そんな人間が、わざわざ他人のことを言いふらすことはないだろう!」

 その自信は、一体どこから来ているのだろうか。数年間通ってはいるが、この疑問が解消されたことは今までない。




「さて、まずはこれを見てほしい。依頼人から受け取った映像だ」


 タケミツさんの右腕の紋章から表われたスマホの液晶には、1本の動画が再生されていた。


 写し出されたのは、車の後ろに取り付けられたドライブレコーダーの映像。


 暗闇の他に見えるのはアスファルトと森だけだが……


 ? 街灯の光が、何かを照らしている。


 ……車だ。ココアカラーの塗装がちらちらと映っている。


 そして、その車にはライトが一切付いておらず、運転席もよく見えなかった。




「数日前の夜、街外れの森の中にあるレストランで食事をした帰りに取ったものだそうだ。もっとも、かなり前からこの現象に出くわしているそうだが」

 動画を見終えた後、タケミツさんはスマホの紋章に手を触れ、ホログラムのモニターを消した。

「つまり、ストーカーってことですか?」

「ああ、少なくとも依頼人はそう思っている。暗くなった8時、たとえ帰る道を変えてもピッタリとついてくるし、家にたどり着くとすぐにどっかに消えてしまうからな」

「それなら、警察に――」

 いや、相談している可能性はない。

「――相談はできてないんですね。タケミツさんですら内密にと言われているのですから」

「さすがはくるみだ、察しがいい。依頼人からはそのストーカーの正体を暴くだけでいいと言われており、そのストーカーの正体によって警察に相談するか決めるらしい。その理由は聞かされてはいないのだが、私たちがそれを知る必要はないな」


 タケミツさんはその場で背伸びをすると、両手を合わせた。

「よし! いい案をたったいま思いついたぞ!! 依頼人に連絡をして、麦茶を飲んだら例のレストランに行かなくては」

「その案とはなんですか?」

「おっと悪いがくるみ、今回は君の出番はなさそうだ」

 ソファーから立ち上がるタケミツさんを逃がすわけにはいかない。彼が何を考えているのか、知る必要がある。

「今夜、例のレストランで依頼人の車に、依頼人とともに乗り込む。そして人混みの少ない場所で私はいきなり車から降りて、後ろの車の運転手の顔を写真に収める!」

 歩きながら冷蔵庫に近づいていくタケミツさんの後ろに、私は付いていく。

「それなら、私は依頼人の安全を確保します。タケミツさんが出ている間に依頼人になにかあったらいけませんからね」


 冷蔵庫から麦茶の入ったコップを取りだしたタケミツさんが、こちらを振り向いて眉をひそめた。


「……くるみ、君が私の調査に協力してくれるのはありがたい。しかし、夜中の森が危険なことは君だってわかるだろう? 君の両親だって心配するに……」

「母はタケミツさんを信頼している。部活動帰りで暗い夜道を歩くように、この歳なら遅く帰ってもおかしくないんですよ。それに、私はこの街が大好きなんです。大好きな街をよく知るために、ここに通っているんですよ」

 否定の暇を与えないために、途切れないように言葉を並べる。そして、最後に彼の大好きな言葉を添えておく。

「……大好き……この街が……」

 別にこの言葉を口にしたのは今回が初めてではない。まあ、確かに私はこの街が好きだが。絵のアイデアを考える場所という意味で。

「……仕方ない! 今回だけだぞ!」

「分かりました。それじゃあ、今から行きましょうか」

 私が事務所の出口に向かう前に、タケミツさんは張り切ったように胸を張りながら扉に手をかけた。

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