波崎くるみと埋め込まれた魔法の紋章
オロボ46
第1話 左手に、スマホが埋まっています。紋章を触れることで、スマホが使えます。
「じゃーん、新しいスマホに変えたんだ」
冬の風が肌をなでる学校からの帰り道、横に並んで一緒に帰っていた友人が左手の手のひらを私の前に見せつけた。
その手のひらには、長方形のスマホの形をした紋章が青色に光っている。
友人が右手の一差し指でその紋章に触れると、光の色が青色から緑色に変わる。そこからホログラムのようにモニターが浮かび上がり、ロック画面が写し出された。
「……それで、今まで使っていたスマホとどこが違う?」
私が尋ねると、友人は満面の笑みを浮かべながら左手を後ろに引っ込めた。
「うん、よくわからなかったよ」
「……」
知ってた。彼女は小学校のころから新しいものを自慢しては、使い方はよくわからないと言い張っていた。そして、次にこう言うのだ。
「ねえ、明日は学校休みだよね。まだ設定とかよくわからないからさ、一緒に考えてくれないかな?」
説明書を読め、という言葉は彼女には通用しない。説明書を読んで理解できていないから頼んでいるのだから、当然だが。
「……わかった。息抜きにはちょうどいいから」
「本当!? それじゃあ、お昼を食べたら喫茶店に集合ってことで!」
友人の足並みが、スキップになった。そんな彼女が来年は高校生になるのはとても想像できないが、私自身も高校生になる実感がないのはお互いさまか。
「そういえば“くるみ”ちゃん、新しい作品、できた?」
アーケード街が見える交差点で、赤信号を眺めていた友人がまた何か言っている。
「……まだ」
「へえ……出来たら、1番最初にあたしに見せてね」
できた作品を最初に見るのは、その作者のはずだと思うけど。他人に見せる1番ということでいいだろうか。
「あまり期待しないで。そこまでうまくはないから」
「そんなことないよ。だって、ひとりで練習してきたんでしょ?」
「……」
作品とは、私が趣味で書いている水彩画のことだ。中学1年のころ、美術部に入って最初の作品を書いてみたのが始まりだ。部活はすぐに辞めてしまったが、その前から絵を描くことは嫌いではなかったため、今でも続けている。
「この前の絵、すごく感動しちゃった。人だけじゃなくて、物までもまるで生きているようで……あ、信号が青になった」
友人の声に落ちていた顔を上げると、周りの人々が既に歩き始めているころだった。
私たちはアーケード街の入り口につくと、互いに顔を見合わせた。
「明日の約束、遅れないでね!」
「ああ、わかってるよ」
別れのあいさつを済ますと、友人はアーケード街に入らず、立ち去って行った。
彼女の姿が見えなくなる前に、私はアーケード街に足を踏み入れた。
学校の下校時間になると、このちりひとつ落ちていないアーケード街は人通りが多くなる。
すれ違っていく人たちのほとんどが、体のどこかに紋章を埋め込んでいる。
顔の頬、おでこ、腕、膝元……
紋章が見えない人だって、服で隠れているだけかもしれない。
むしろ、服などの持ち物に紋章を付けている人だっている。
中世の魔女狩りで恐れられていた魔術は、今は生活に欠かせないものだ。
触れるとそれぞれ効果を発揮する魔力を、紋章の形にして体や物に埋め込む。
埋め込んだ紋章に触れると、その魔術が発動する仕組みだ。
紋章を見ないで生活するなど、ありえない。
私も、友人と同じように左手に紋章を入れているからだ。
アーケード街を抜け、一軒の雑居ビルの前に立ち止まる。
先ほどのアーケード街とは違って、ビルの壁は灰色で、清潔感は一切感じられない。
黒く汚れた入り口を通り、手すりには触れずに階段を上がっていく。
3階まで上がり、ある事務所の看板を確認する。
【夜道探偵事務所】
探偵事務所としてならある意味王道的といえる、無機質なフォントで書かれた文字。私は学校帰りにいつもここに通っている。もちろん、私はここの所長ではないし、正式な助手でもない。ただ、個人的な興味で通っている。
その事務所の扉が、私が手を触れる前にひとりで開いた。
「あ……」
中から出てきたショートヘアーの女性が、気まずいように手に口を開ける。
珍しい。この探偵事務所に来て、満足そうに扉から出てくるなんて。
「どうも」
ボーッとしていても余計気まずさを与えてしまうだけなので、さっさと女性の横を通って事務所の中に入る。
事務所の中は、相変わらず無機質で少しゴミが散らかっている。
窓際の応対スペースであるふたつのソファー。その片方に、男性が頭を抱えて震えていた。
「……」
あの震え方、間違いない。身を構えながら、その男性に近づく。
1歩ずつ、1歩ずつ……
「……ぃぃぃやああああっったあああああああ!!!」
!! やっぱり飛びかかった!!
「半年ぶりのおおおおおお!!! 依頼だあああああああぶっ!!?」
横に素早く回避すると、男性は勢いよく壁に激突。尻を突き出してその場に崩れた。
「ぶぶぶぶ……」
鼻を強打した男性を見て、私は言葉を発する前にため息を吐かざるを得なかった。
「“タケミツ”さん、その半年ぶりの仕事ってどんな内容なんですか?」
この天然パーマのねぐせだらけの男性……“
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