第7話 魔法少女の昼休み


 四限目の英語の授業が終わり、そして昼休みに入る。


 僕は鞄から手作りの弁当を取り出した。

 自分の分と、真乃さん分。合わせて二つの弁当箱である。


 おかずやらと中に入っている物は全く同じだが、量は僕の弁当の方が若干多い。僕もあまり食べる方ではないが、それでも女の子である真乃さんと同じ量では物足りないのだ。


『お前どこのトイレ?』

『体育館のとこ。まぁマシな方だな』


 ふと聞こえてくるクラスメイトの会話。

 トイレ?何の話だっけ――と一瞬首を傾げるが、便所飯の記憶を経由して、僕は真乃さんと二人きりで弁当を食べる約束をしたのだと思い出した。


「……は、橋見くん」


 僕の前には、緊張した面持ちの真乃さんが立っている。


 辺りを見れば、既に教室はもぬけの殻だった。

 なんとも行動の早いクラスメイトだなと驚きつつも、しかし真乃さんが絡めば普段からこんなものかとも思う。


 僕はピンクの包みの弁当箱を差し出しながら、真乃さんを見上げる。


「座りなよ。一緒に食べよ?」


「……う、うん」


 僕らは一つの机を挟んで、向かい合いながら座った。




☆彡 ☆彡 ☆彡




「……いただきます」


「召し上がれ」


 手を合わせる真乃さんを見ながら、僕も自分の弁当を開いた。

 

 今日の弁当のおかずは、鶏のつくねとサツマイモの甘煮にポテトサラダ、その他野菜が諸々である。

 もっと肉料理を増やしたいのが本音なのだが、しかし一年前にサーヴァントが現れたあの日から、食料問題は深刻な物として僕らの生活に影響を与えていた。


 肉は基本的に高級品で、比較的マシなのは米、芋類、魚といったところか。

 鶏くらいなら日本だけでも何とかなるのかな、なんて初めの頃は思っていたが、実際に輸出入が止まると考えの甘さを思い知らされる。

 そもそも鶏の餌となる、トウモロコシが足りなくなったのだ。


 今日の弁当にどうにか鶏を使えるのも、国から援助を受けている真乃さんが、材料費として僕にお金を出してくれているお陰。

 初めは断ろうと思ったが、それで弁当のクオリティを落としては本末転倒だと言われて、結局受け取ることになった。


「……おいしい」


「ホントに?ありがと」


 僕らは日本から出られない。

 いや正確には、生存地域から出られないと言うべきか。


 サーヴァントが現れたばかりの頃は、滅亡地域を避けて、生存地域を経由すれば何処へでも行くことが出来た。しかし今は、日本の四方全てが滅亡してしてしまっているのだ。

 つまり現在、日本以外の生存地域とは完全に分断されている状態だった。


 生存地域の外は無数のサーヴァントが彷徨いている。

 一度目の侵攻で滅んだ地域には、今日に至るまでに生まれた全てのサーヴァント――即ち93体のサーヴァントが存在し、二度目で滅んだのであればそれ以降の92体のサーヴァントが闊歩する。


 サーヴァントは滅んだ地域間を移動するので、地域ごとの正確なサーヴァント数などは分からないが、ともかく早く滅んだ地域ほど多くのサーヴァントが歩き回っているのは間違いなかった。


 国の外へ出るのは、自殺行為。

 これは魔法少女ですら例外ではない。


「……なんか私、何だかんだでずっとお弁当作って貰っちゃってるけど。私の分まで作るの面倒じゃない、かな。やめたくなったらいつでも言ってね?」


「気にしないでよ。料理は好きだし、どうせ自分の分は作るから手間は変わらない。……それに、美味しいって言って貰えるのは嬉しい」


「……そう」


 僕がそう返すと、真乃さんは僅かに微笑んでくれた。

 たかが僕の弁当程度で真乃さんの疲れを癒せるなら、それほど嬉しいことはない。


 静かな教室の中で、僕らの話し声だけが響く。隣の教室から聞こえてくる騒がしさも、やけに遠くに感じた。

 今は昼休みの時間帯ではあるけども、外は薄暗くて放課後とも見分けはつかないし、何とも不可思議な雰囲気である。

 

「明日は晴れるかなぁ……」


 僕は窓の外を見ながら、ポツリと呟く。

 分厚い黒雲が退けたとき、そこに広がる空はどんなだろうと、何気なく口にした一言だった。


「……っ」


 だが僕はその言葉を、すぐに後悔することになる。

 真乃さんの箸が止まり、その表情が不安へと変わったから。


 僕は何気なく口にした「明日」は、彼女にとっては軽いものではなく、命懸けで手に入れるものだった。

 真乃さんがサーヴァントに負けたら、僕らに平和な明日なんて来ない。


 真乃さんは命を燃やしながら僕らの一日を奪い取りに行っているのに、さも明日が来るのが当然のような物言いは、あまりにも失礼過ぎた。


「……ごめん。つい」


「い、いや……私が神経質なだけだよ」


 この世界はいつ滅んでもおかしくない。

 明日が訪れる保証なんて、どこにもないのだ。


 いつ死んでも文句は無い、なんて思ってはいたが、それでも無意識に平穏に慣れてしまっていたのかもしれない。


「……大丈夫だよ、橋見くん。私頑張るから。今日も絶対に負けないよ」


 はて僕は一体、どんな表情をしていたのだろう。

 気がつけば逆に励まされていた。


 真乃さんは笑顔を浮かべてはいるが、付き合いの長い僕にはそれが虚勢だと一目で分かる。その瞳は揺れており、口角の上がり方も明らかに不自然だった。


 何もしてあげられない自分が、死ぬほど情けなく思えた。

 僕は悔しくなって俯き、もっと真乃さんに何かしてあげられないかと悩む――


「……ん?」


 ――がそのとき、ふと僕のスマホが音を鳴らした。


 RINEの通知音である。

 学校でのスマホは禁止になっているため、普段は通知を切っているのだがすっかりと忘れていた。

 当然、スマホを触っているところを先生に見られれば即没収である。


 まぁ僕は普通に使っているのだけど。


「RINE?」


「……うん。誰からだろ」


 僕は真乃さんの問に頷くと、そのままスマホを手を取った。

 基本的に友人としかRINEはしないので、こんな学校の最中に通知が来るなど珍しいが、一体誰が送ってきたのか。


 早速確認してみる。


『【杉水】――「今です。真乃さんを抱き締めて元気づけてあげなさい」』


「ぶほっ」


「橋見くん?」


「い、いやなんでもない。気にしないで」


 杉水さんだった。

 杉水さんが意味分からんRINEを送ってきやがった。


 急に抱き締めろとか理解に困るが、それ以上に僕を驚かせたのは「今です」という文面。

 それはつまり、杉水さんは僕らの会話を盗み聞きしているということだ。


「……どうしたの?キョロキョロして」


「え?い、いや……さっきの授業中に消しゴム無くしたのを思い出して」


「本当に?私も一緒に探すよ」


「あ、や、大丈夫。……予備もあるから」


 勿論、消しゴムを無くしたなんて嘘だ。

 そもそもノートすら取ってない僕は、消しゴムなんて使わないし、無くす訳もない。ついでに言えば無くしたって困らない。


 本当の目的は杉水さんを探すことであり、そして――


「……」


――黒板横のカーテンが、やや膨らんでいることに気づいた。


 なるほど、あそこか。


 外から差し込む光がないのでカーテンの中の様子は伺えないが、しかし明らかに女子と思えるサイズの膨らみである。

 杉水さんが何を企んでいるのかは分からない。だが少なくとも、僕にとってプラスになる理由とは思えなかった。


 何にせよ少人数でのお弁当をご所望の真乃さんに、杉水さんの存在がバレることは許されない。


「……橋見くん、何かあったの?もしかしてそのRINE――」

「くそっ、僕は真乃さんに頼りっぱなしだッ!何の力にもなれなくてごめんね……ッ!!」


 己の挙動不審さを誤魔化すように、会話の文脈をぶった斬って、僕は号泣しながら顔を伏せる。


 今の言葉は心の底からの本心だけれど、僕は誤魔化すために演技までしてしまった訳だ。

 ごめんなさい、ホントにごめんなさい。


「くっ、何も出来ない自分が恨めしいよ……っ!!」


 婉曲的に真乃さんの為だったとはいえ、もう少しマシな発言は無かったのか。絶対にあったと思うけど。


「……っ。そ、そんなことない!私は橋見くんのお陰で頑張れてるの!」


 しかしそんな僕に対しても、真乃さんは必死に慰めてくれる。本当に優しい女の子だと思うと同時に、己の浅はかな行為を心の底から悔い改めた。


 僕は勝手に自滅して勝手に罪悪感に押し潰されそうになるが、真乃さんの返事にふと違和感を覚える。


「……僕のお陰?」


「……っ!」


 僕は真乃さんに、「橋見くんのお陰」とまで言われるようなことをした記憶はない。

 真乃さんが慌てたように後退り、椅子を鳴らし、そして顔を赤らめる様子を見て、僕は首を傾げた。


「あ、あ…っ、いや……。橋見くんお陰っていうのは好きだからとかじゃなくて、あ違うの、そうじゃなくて……っ!」


「……?」


 この子は一体何を言っているのだろう。

 真乃さんが僕を好きじゃないなんて、わざわざ言われなくても分かっているけれど。


「わ、私はただ……っ」


「私はただ?」


「は、橋見くんとお話するのが楽しかったりするだけで!」


「ふむ」


「そそそそれで!またお話したいなって!頑張ってるだけだから!」


「はえー……」


 僕のトークスキルって、そんなに高かったのか。

 まさか真乃さんのモチベーションに繋がるほど面白い話を出来ていたなんて、つい鼻を高くしてしまいそうな褒め言葉である。


「よし」


 あとで図書館に行って、お笑いに関する本でも借りるとしよう。将来は専業主夫がベストだと考えていたが、もしかすると芸人って道も有り得るかもしれない。

 将来について悩めるほど平和な世界じゃないが、想定しておくに越したことはないからね。


「僕ってさ、ボケとツッコミどっちが向いてると思う?」


「……え?何の話?」


「え?」


 何の話って、真乃さんが言い出したんじゃないか。僕の話が面白いって。

 真乃さんってば、たまに不思議なことを言うから困ったものだ。


――ピロンピロンピロンピロンピロン。


 突如エグい連続で通知音が響く。

 何事かと思いながらも、スマホを開いてみた。

 

『【杉水】――「貴方は天性のボケですよ。むしろただのボケナスです。バカですか?バカですよね?バカなんですね?」』


『【扇司】――「俺は今、かつてないほどに橋見を軽蔑している!」』


『【田村】――「流石に真乃さんが可哀想だろ。巫山戯たこと言ってると俺のツッコミが決まるぞテメェ」』


『【鈴木】――「いやもう分かれ。伝われ。付き合え」』


『【長谷川】――「ねぇ、もしかして瑠々ちゃんのことバカにしてる???殺すよ???」』


 待て待て待て待てこの教室に何人隠れてんだよオイ。

 内容に対しても言いたいことはめちゃくちゃあるが、それよりも皆どこに隠れてんの?


 杉水さん以外全然分からないんだけど。

 いやむしろ、あのカーテンの裏に居るのが杉水さんかどうかも怪しくなってきたわ。


『「クソ雑魚ナメクジ野郎を導く会」に招待されました。参加しますか?』


 で、なんだよこのグループ名の招待は。さては僕に喧嘩売ってんな?

 

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僕のクラスの魔法少女はいつもボロボロである 孔明ノワナ @comay

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