第6話 魔法少女はメイド服を見る


 まだ見ぬ世界を見つけるとは、どういう気分なのだろうか。


 かつてクリストファー・コロンブスは、存在するかどうかも定かではない新大陸を探して海に出た。仲間を連れて命懸けの旅路を辿り、数々の荒波や嵐と正面から戦い続けたのだと思う。

 彼はきっと夢と希望を握り締め、前へ前へと進み続けることを決めたのだ。


 知らないものを知りたくなったとき、見えないものを見つけたくなったときに、人間は命を懸けて霧の中を歩き出す。

 そしてそれは、あらゆる場面で起こり得た。

 

 例えばスポーツに奮励する理由だって、根源を辿れば同じであろう。もっと上手くなったとき、どんな景色が広がっているのかを楽しみに、人は日々の練習に精を出す。


 或いはこの世界の危機を探るべく、空へと翔けた連中だってそうだ。


 今は黒い雲に隠れて見えないが、この星の空には紫色の球体が浮いている。成層圏――分厚い雲よりも上を、月のように巡る謎の物体だ。

 その正体を調べようと飛んでいった彼らも、もしかするとコロンブスと同じような覚悟を持っていたのかもしれない。


 結局透明な膜に防がれて、その球体には近づくことすら出来なかったらしいが、ともかく彼らは新しい世界を目指して奮闘した。


 で、あればだ。


 新大陸を目指したコロンブス。

 紫色の球体へ飛び込んだ勇者たち。


 その中に僕も含めても良いのではないか?


「――メイド服新世界との出会いを果たした、この僕もまた勇者と呼ばれて良いのではないか?」


「うむ!俺はお前を尊敬するぞ三貴ちゃん!!」


「三貴ちゃん言うなはっ倒すぞ」


 女の子っぽい名前だと言われることは今までに何度もあったが、しかしこの格好では否定もしづらい。

 なんともメンタルが削られるシチュエーションである。


 クラスの圧に観念した僕は、扇司にメイド服の着付けを手伝って貰うことになった。

 自分で作った物だし着方くらいは当然分かるが、しかしチャックに手が届かないなどの可能性を考慮して、扇司が派遣されたのだ。


 だがそんなのは建前で、本音は僕が逃げ出さない為の見張り要員に違いない。クソッタレめ。


 演劇部の連中が持ってきた黒髪のウィッグとメイド服。それが僕の今だ。


「嫌だ……。こんな格好で家庭科室に入りたくない……」


 僕は閉じた家庭科室の扉の前で顔を抱える。

 なんたってこの先に待つのは、ニヤニヤと僕の帰りを待つクラスメイト達である。


 せめて、せめて心の準備をさせて欲しかった。


 しかし。


「うむ、やっと着いたな!それでは皆にも見て貰おうじゃないかオーーーープンッ!!!」


「扇司!?!?」


 このバカは一切の容赦なく、スパーンなんて効果音が聞こえてきそうなほどに、勢いよく扉を開きやがった。


「……うぐっ」

 

 メイド服を着込み、家庭科室の扉を開けた僕を待っていたのは、シンッと凍りつくような静寂だった。

 全員が目を見開いて僕を見ている。


 それは、いっそ笑ってくれと思っていた僕には地獄のような対応であり、もし計画的な僕への精神攻撃なのであれば、完璧に成功したと言えるだろう。


「な、なんだよ笑えよ」


 やばい、恥ずかしくて泣きそうだ。

 なんで僕がこんなことしなきゃならないのだろう。


 というか冷静に考えたら、真乃さんだけに見せれば良いのに、なんで僕はコイツら全員にメイド姿を公開してんだ?バカなのか?


「……や、やっぱり!」


 ふと、真乃さんの声が聞こえた。

 彼女は僕を指さして、何やら嬉しそうな笑みを浮かべている。

 真乃さんが笑顔でいてくれるなら、僕も身体を張った甲斐があるというものだ。


 死にたいけど。


「――やっぱり、橋見くんは女の子の才能があると思ってたの!」


 本っ当に死にたいけど。


 てか女の子の才能って何?

 ちゃんと立派な息子を持ってるからな僕。


「中性的な顔付きだとは思っていましたが……。貴方、本当に橋見さんですか?」


「正真正銘に橋見さんだよ。このスカート捲ったろか?パンツ見せてやるよ」


「い、いえ結構です」


 珍しく動揺している杉水さんを見て、僕は少し驚く。

 彼女と言い合いをして勝ったことなど一度もないのに、今はむしろ負ける気がしなかった。


 なんだろうこの無敵感は。


「なんで似合ってんだよアイツ」

「普通に可愛いのはダメだろ」

「一周回って拍子抜けしたわ」


 続けて知能中位層の男子の声が聞こえてくる。

 彼らの発言は平均的な内容であることが多く、僕はそれなりに信頼を置いていた。


 ちなみに知能中位層というのは、僕が勝手に決めているだけのカースト制度だ。


 杉水さんを筆頭に、ずば抜けて賢い一握りの連中を上位。

 その他大勢を中位。

 そして僕を含む、本物のバカを下位と振り分ける。


「……ふむ」


 彼らの会話によると、どうやら僕は可愛いらしい。

 自分では分からないが、中位層の彼らが言うなら間違いないだろう。


 それならいっそ堂々としてやろうじゃないか。その方が羞恥心も感じずに済む。


「あれはもうミキちゃん。女よ」

「ちな俺余裕でイケるけど、お前らは?」

「イケる」

「むしろクラスの女子の大半は越えてる」

「「「それな」」」


 おっと、バカ共も僕に対して高評価のようだ。

 

 しかし他の女子と比較するような発言は少し不味いんじゃないかな、と僕は思う。

 見ると一部の血気盛んな女子たちが両手にまち針を構え出しているし、多分アイツら殺されるだろう。


 まぁ僕には関係の無い話である。

 僕は部屋の端から聞こえてくる悲鳴をBGMに、命令主である真乃さんの元へと近づいていった。


「どうかな、真乃さん。満足してくれた?」


「……う、うん。無茶なお願いしてごめんね?」


「いいんだよ、僕は真乃さんのためなら何だってやるから」


「……。なら、今度橋見くんにメイクもしていいかな」


「…………………………………………………………勿論」


「あ、ありがとっ」


 気の所為か、真乃さんは僕に対してだけ容赦がない。他の皆には遠慮する行為でも、僕にだけは平気でお願いしてくるような。


 いや全然良いんだけどね?むしろ真乃さんのためになってるなら喜ぶべきだしね?


――ガラッ


 突如僕の後ろで、家庭科室の扉の開く。

 扇司は僕の横に立っているし、一体誰が扉を開けたのか想像もつかなかった。


 そして振り向くと、そこには――


「……一目惚れ、しました。どうか名前を教えてください」


――朝にタピオカを買いに行った、田村くんが立っていた。


 彼の手には、Lサイズのタピオカミルクティーが握られている。


 田村くんが窓から学校を飛び出してから、およそ三時間が経過したので何かあったのかと心配していたが、まさか本当にタピオカを買いに行っていたとは。

 てかそれどこの店のタピオカ?もしかしてお前、渋谷辺りまで行ったんか?


「この人の名前は三貴ちゃんだ!仲良くしてやってくれ!」


「……ミキ、さん。素敵な名前だ」


 扇司、勘違いを招く言い方はやめろ。

 田村くんってばマジで僕だと気づいてない。


「こ、こんな気持ちになったのは初めてなんです!これが俺の初恋です!……ど、どうかお友達になってください」


「いや友達は良いんだけどさ、僕は――」


「よっしゃぁぁぁぁぁああああ!!!」


「田村くん?話を聞くんだ田村くん」


「俺の春は今日から始まった!!来た!!これは来た!!」


「ねぇ、落ち着いてってば」


 田村くんは容赦なく窓からダイブするような、何かに夢中になると周りを気にしなくなるタイプである。

 それが真乃さんに向いている内は、僕も田村くんを仲間と認めることは出来るが、しかし僕に向けられると素直に迷惑だった。


「うぉぉぉぉぉおお――」


「もういいや(チ〇コボロン)」


「――――おぇぇぇぇぇえ!!!!!」


 面倒になった僕は田村くんにだけ見えるようにスカートを捲り、そのままパンツからイチモツを零してやった。


 悪いな、お前の初恋はここまでだ。


「残念だけど僕は橋見だよ。紛れもなく男だから諦めろ」


「は、橋見?俺の初恋は橋見に持っていかれたのか……?」


「はは、ウケる」


「あが、ご、が…………っ」


 田村くんは両手で顔をぐちゃぐちゃに押さえつけながら、絶望の声を洩らす。

 少し申し訳なさもあるが、しかし僕は何も悪くないので許して欲しい。


「……ドンマイ、田村」

「次の恋探そうぜ。俺も手伝うからよ」

「え、諦めなくて良くね?このまま行っちまえよ」

「おち〇ちんまで付いてくるとかむしろお得だろ」


 ……。


 後半に関しては聞かなかったことにしよう。

 流石にお前らは気色悪すぎるぞ。


 あのバカ共の会話を聞いたことで、真乃さん含むその他大勢の顔が引き攣り、メイド服を脱ぐ許可を得ることが出来た。

 結果オーライではあるが、奴らには気をつけよう。


 ちなみに田村くんが買ってきたタピオカは、真乃さんが美味しくいただきました。

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