第5話 魔法少女とメイド服
メイド姿の真乃さんが立っていた。
自分で
「……っ」
そしてやはり衣装というものは、可愛い女の子に着られてこそ輝くのだなとも。
スカートの端を押さえながら、恥ずかしげに僕を上目遣いで見てくる真乃さんの可愛いの暴力に、僕は胸を抑えて後退る。
もうあれは可愛いの権化。可愛いの擬人化だ。
真乃さんは一人の女子に背中を押されたようで、僕の方へとよろけて近づく。
上手く言語化出来ないが、今の僕の気持ちを一言で纏めるなら「なんか可愛いのがこっち来た」である。
僕は扇司にバンと背中を叩きつけられ、不意に椅子から立ち上がってしまった。
今この教室の中で立っているのは、僕と真乃さんの二人だけだ。
「……は、橋見くん?」
「ななな何でしょう」
真っ赤に頬を染めた真乃さんと、至近距離で目が合わさる。上手く声が出ない。口が乾く。
「……ど、どうかな。これ」
そんな僕に向けて、真乃さんは下を見ながら問いかけた。
前髪が目元にかかって、彼女の表情はよく見えない。
「ん?」
そんな様子の真乃さんを前に、どうして僕にそんなことを聞くのだろう?と不思議に思った。
聞くなら好きな人とか、或いは可愛い服に精通してる女の子にするべきだろう。
いやもしかすると、最初は製作者に聞くのがマナーだとか考えた可能性はあるか。
であればこの状況も納得である。
「に、似合ってるよ。凄く。ほんとに」
「……あ、ありがと」
慣れない言葉に、僕は喉がつっかえるような感じがした。
「……」
「……」
僕と真乃さんは、目を合わせたままお互いに口を噤む。
何を言うべきなのか分からなかった。
綺麗な真乃さんが注目を集めるのは当然だが、とはいえクラスの皆が、静かに僕らの様子を伺うのは何故だろう。
一身に受ける視線が物凄く辛い。
居づらくなった僕は咳払いをし、さり気なく椅子に座ろうとするが――
「「「「「はぁ!?それだけ!?」」」」」
――代わりに、ガタンッとクラス全員が立ち上がった。
何事だ。
「巫山戯んなチキン野郎!もっと言うことあんだろ!」
「真乃さんが可哀想よ!!!」
「『似合ってるよ』じゃねぇんだよ!!もっと褒めろ!!」
「ボケナス!うんこ!アンポンタン!!」
「瑠々ちゃんが勇気出したのに有り得ない……っ!」
「お前それでも男か!?女々しいわ!!」
「え!?なに急に!?ちょ、みんな落ち着いて……っておい物を投げるな!!痛い!痛いから止めろ!!普通に危な――え、『世界の断層と滅亡の狭間』が飛んできたんだけど!?杉水さん!?これ投げたの杉水さん!?」
アートを投げるなアートを!
それ銅板使ってるからガチで痛いんだよ!
「橋見、今のじゃダメだ。とにかくダメだぞ」
「何がダメなの?本当に意味が分からな――あいたっ!ただの製作者如きが言うべき言葉なんて、これで十分――ぎゃふん!?」
僕が扇司と話す間にも、クラスメイトの投擲は止まらない。椅子とかミシンとか裁縫箱とかラキュルとか、様々なものが僕を目掛けて飛んでくる。
奴らの容赦の無い全力投球は、僕の全身を余すことなく殴打してみせた。
テメェらいい度胸じゃねぇかと、僕は真乃さんと扇司を除く24人の級友全員と、命を懸けたガチバトルを繰り広げてやると考え始めるが――
「……み、みんな!止めて……っ!」
「「「……っ!」」」
――真乃さんの一言で、どうにかこの場は収まった。
誰も彼もが恨めしそうに僕を睨みつけているが、しかしそんな目を向けられる程の悪行に手を染めた覚えはない。
「で、でも瑠々ちゃん。あの鈍感は、こうでもしないと瑠々ちゃんの気持ちに――」
「ななななな何の話!?ちょ、ちょっとそういうのは私よく分からないかな!?」
一人の女子の発言を、真乃さんは慌てたように覆い隠す。
それは昔の彼女を思い出させるほどに、可愛らしくて大きな声だった。
ふと横で、再び杉水さんの立ち上がる音がした。
「……真乃さんがやめろと言うなら、私たちの戦いはここまでです。皆さん、今日のところは引き下がりましょう」
「何の話?」
「黙れ玉無し野郎」
「杉水さん?」
え、僕の耳がおかしくなったのかな。あの杉水さんが、まさかそんなこと言うはずないよな。
「その代わり、橋見さん」
「はい」
「真乃さんのお願いごとを、何でも一つ聞いてあげてください。そうでなくては、彼女が可哀想です」
「お願いは良いんだけど、可哀想ってなんで?」
「貴方の脳ミソも大概可哀想ですよね。私の分を分けてあげたいくらいです」
「杉水さん?」
いくら何でもフルスロットル過ぎやしないか。
「真乃さん、彼に何でも命令していいですよ。その服装だからこそ、橋見さんにやって貰いたいこともある筈です」
「……い、いや私は別に」
「遠慮なんていりません。このゴミ屑に、生きる意味を与えてあげてください」
「杉水さん?」
隙あらば僕に暴言吐くのやめて欲しい。なまじ反論出来ない程度にはゴミ屑な人生送ってるから、それシンプルに傷つくんだよね。
杉水さんの言葉を聞いた真乃さんは、困ったような苦笑いを僕に向ける。
それは「お願いしろって言われてもね……」、なんて声が聞こえてくるようだった。
しかし少し悩んだ真乃さんは、ふとハッとしたような表情を浮かべ、大きく見開いた目で僕を見る。
もしかすると、何かを思いついたのかもしれない。
「……は、橋見くん!」
「む?」
僕は軽く身構えた。
たとえどんな「お願い」が飛んでこようとも、僕は全力を尽くす。それはもう、続く言葉が「殴らせて♡」とかだとしても、笑顔でその拳を受け入れるくらいの覚悟はあった。
とはいえ神様でも神龍でもない僕には不可能なこともある訳で、やはり不透明なお願いには不安になる。
はて一体何を言われるのか、と僕は推測してみた。
何よりもまず最初に考えられるのは、「別の服も作って欲しい」とかだろう。可愛い物好きの真乃さんのことだから、他にも着てみたい服は多くあるに違いない。
チャイナ服やナース服と、コスプレの代表格はまだまだ思いつく。
「……いや」
或いは真乃さんの気が変わって、メイド服にピッタリな下着も欲しくなった、なんて可能性もあるのでは?
個人的にはガーターベルトを推したいところではあるが、もはやその線だって有り得ない話ではない。
タイツか?パンツか?スパッツか?
うむ、是非とも任せて欲しい。
そして僕は目を輝かせながら、真乃さんの言葉を待って――
「こ、このメイド服、橋見くんにも似合うと思うの!」
――そのまま固まった。
僕に、メイド服が、似合う?
この子は何を言っているのだろう。
つまりなんだ?着ろってのか?
「……あはは、真乃さんってば面白い冗談を言うんだね」
「……………(目逸らし)」
「真乃さんってば面白い冗談を言うんだね……っ!!!」
「ノリと勢いで冗談ってことにするのは諦めろ橋見。彼女は本気だ」
「お前は静かにしてろ……ッ!これが冗談じゃなければ僕はこの場での自死すら厭わない……ッ!!」
なにゆえ自分で作り上げた渾身のメイド服を自分で着なきゃならない。
嫌だよ。本当に嫌だ。
「真乃さん。橋見さんのメイド姿が見たい、ということでよろしいですか?」
「…………うん」
杉水さんの問いに、真乃さんは恥ずかしげに頷いた。
なんでだよ、なんでそんな意味の無いことをお願いに選んじゃったんだよ。
サンドバックになるからそれで許してくれよ。
もうやだ、せめて汚れる前に死んでやる。
「……それでは皆さん、橋見さんが自殺しないように捕まえてください」
「「「「了解」」」」
「こっち来んな嫌だぁぁぁぁああ!!!!!!」
僕は膝を着き、天井に向けて吠えた。
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