第4話 魔法少女よ可憐であれ


「……わ、本当に出来ちゃった。ありがと橋見くん」


 真乃さんは、僕と一緒に作ったメイドのカチューシャ――擬似ホワイトブリムを両手に持ちながら、嬉しげな笑みを浮かべていた。


 家庭科の授業は、二限三限と連続で続く。

 そして三限の半ばを回った辺りで、どうにか真乃さんのカチューシャは完成したのだった。


「どういたしまして、……っと、僕も丁度完成したよメイド服」


「「「え、マジで作ったの?(ドン引き)」」」


「そんな目でこっち見んな」


「いやだって小一時間しか経ってねぇぞ」

「しかもフリルに刺繍まで妥協がねぇ」

「デザインへの拘りすら感じる」

「キモイ」

「キショイ」

「変態」


「ミシンとテメェらの頭蓋骨どっちが頑丈か試してみようぜ」


「は、橋見くん落ち着いて」

 

 僕は殺意の波動を迸らせながら、つい先程お世話になったミシンを持ち上げる。

 しかし真乃さんにその手を掴まれてしまい、残念ながら頭蓋骨の強度測定は中止に終わった。

 

「……ちっ。今日のところは真乃さんに免じて許してやるけど、今度テメェらの外履きを全部布製に変えてやるからな。一歩ごとに染み込む雪の冷たさに咽び泣け」


「ど、どうしよう橋見くんの嫌がらせが陰湿過ぎる」


 僕が陰湿なのは昔からだ。


 僕はガルルとバカ共を追い払い、奴らが散ったのを確認したあと話を元に戻す。


「それで、はいどうぞ。一応真乃さんが気に入ってたデザインの服を参考にしたつもりなんだけど、どうかな?」


「……い、いや凄すぎるよ。何これ」


 僕は完成したメイド服を、肩口を持ちつつ真乃さんに見せる。


 今回僕が作ったのは、所謂メイド喫茶とかで使われるゴスロリに近いタイプのメイド服。

 ガチの使用人とかが使うヴィクトリアンタイプと悩んだが、真乃さんの希望に沿う形でゴスロリ系のそれを選ぶことになった。


「一回先生に提出したあと、帰ってきたらそのまま真乃さんにあげるよ。僕は要らないし」


「え、えぇ……。こんなの貰っていいの……?」


「うん。採寸してないから正確ではないけど、出来るだけ真乃さんの体格に合わせたから、そんなに違和感は無いと思う」


「……あ、ありがとう」


 そして僕はメイド服を真乃さんに手渡す。

 まだ完全に譲った訳ではないが、しかし真乃さんは大事そうにそのメイド服を抱きかかえていた。


 どうやら喜んでくれたようで、僕はとても満足である。

 腕を組みながらとムフーと息を吐き達成感に浸るが、しかしふと、真乃さんがチラチラと僕を見ていることに気づく。


「どうかした?」


「あ、えっと……その。……は、橋見くんってメイド姿……好き?」


「……???」


 質問の意味を噛み砕くのに、僕は一瞬の時を要した。

 メイド姿が好きかという質問はつまり、「橋見くんもメイド姿になりたいの?」って意味なのだろうか。


 どうして真乃さんがそんな訳の分からない質問を、頬を染めながら口にしたのかは理解出来ない。

 いやだって、メイド姿になりたいはず無いじゃんか。僕は男だぞ。


 申し訳ないが、僕に女装の趣味はない。


「い、いや別に好きではないかな……」


「……そっか」


 僕は至極当然の回答をしたつもりである。

 しかし僕の答えを聞いた真乃さんは、何故か悲しげに俯いてしまった。

 

 なんでだ?僕は何か何か間違えたのか?


『杉水さん。俺には状況が分からない。彼らがどんなすれ違いをしているのか解説してくれないか?』


『要するに真乃さんは、橋見さんに自分のメイド服姿を見て貰いたいんですよ。女の子がメイド服を抱えて「メイド姿は好き?」って聞いたのなら、普通に考えてそれが正解でしょう。しかし橋見さんの知能指数が低すぎたせいで、質問認識に齟齬が生じているようです。推測するに、あのバカが考えているのは「僕はメイド姿になんてなりたくないよぅ」と言ったこところですかね。死ねばいいのに』


『杉水さんは偶に口が悪いな』


 遠くで扇司と杉水さんが話しているような気がするが、あまりにも小声過ぎて聞き取れなかった。

 なんとなく怒られている感覚があるのは、僕の思い違いだろうか。


『であれば、真乃さんの為に俺たちのすべきは一つしかないが――しかし男の俺では難しいな』


『大丈夫ですよ、ここは女子に任せてください。私が何も言わずとも、恋愛沙汰に目敏い彼女たちなら適切な行動を取ってくれるでしょう』


 ふと、唐突に。

 周囲の女子たちが騒がしくなるのを感じた。


「え、チョー可愛いジャンそのメイド服!!」

「やばたにえんのマジ茶漬け!ウチのバイト先より3フェイズあげぽよ!!」

「絶対に似合うよ真乃さん!着てみてよ!!」


「え、え……?でも、そんな……」


「というか瑠々っち、着方分かるん??」

「一回練習しとくべき的な!!」

「本番のときどうするの!?」


「た、確かに着方は分からないけど……ていうか本番って何……?」


「「「良いから一回着よう!!みんな見たいの!!」」」


「……で、でも恥ずかしい……し」


「「「(あ、可愛い)。お願いだから着て!!」」」


「……ううぅ……分かったよぅ」


 三人の懇願により、半ば強引な形で真乃さんがメイド服を着ることに決まってしまった。

 真乃さんは嫌がっていたように見えるが、皆は一体何をしているんだ?


 真乃さんが嫌がることを、無理やりにさせようだなんて許せない。

 僕らの前でメイド服を着るなんて、恥ずかしいに決まってるじゃないか。


「ちょっと何してんのさ!真乃さんが可哀想だろ!」


「黙ってろチ〇カス野郎」

「萎えぽよチン〇ンは部屋の隅でホコリと遊んでてね」

「去勢された猿にも劣る愚図が。貴方本当にチ〇コあるの?」


「え?………………………えっ?」


 破壊力のあり過ぎる暴言の波に、一瞬意識が飛ばされた。

 なにこれ、もしかして僕が悪いのか?


 灰のようになった僕を後目に、彼女らは真乃さんを連れて更衣室へと消えていった



~5分後~



「ねぇ扇司。なんで僕、あんなボロクソ言われたのかな」


「うむ。真乃さんの名誉のためにも、俺の口からは何も言えないな!」


「えぇー……」


 僕は扇司と並んで座りながら、真乃さん達の帰りを待つ。


 僕の作品が完成したのは勿論として、扇司も無事に一つのエコバッグを作り上げたようだった。

 お世辞にも良い出来とは言えないけれど、とはいえ授業で提出する作品としては十分だろう。


 何気なく正面を見ると、僕は座っている杉水さんと目が合う。特に何かを意図して目を合わせた訳ではないが、何故かジロリと睨まれた。


「私の顔に何か?」


「い、いえ別に」


 僕は何をやらかしたんだ、と不安になりながらも、地雷そのものである杉水さんに問うほど僕もバカじゃない。

 なので僕は杉水さんから目を離し、再び扇司と喋ろうとするが――


「……む?」


――杉水さんの目の前の机に置かれた、謎の物体に気を取られてしまう。


 そこにあるのは、「一枚の黒布を雑に切り、それを銅板に貼り付けただけの何か」であった。

 用途も目的も何もかもが不明。あまりにも情報が無さすぎる。


 少し怖いが、勇気を出して聞いてみることにした。


「あの、杉水さん。それは?」


「アートです」


「アート」


 なるほど。10秒くらいで完成しそうなそれを、杉水さんはアートと呼ぶか。

 僕にはよく分からない。


「ちなみに題名は決まってるの?」


「『世界の断層と滅亡の狭間』」


「なんか凄いね」


「ありがとうございます」


 取り敢えず、杉水さんは裁縫が得意じゃないってことだけは理解出来た。

 口にしたら殺されそうなので、僕は何も言わないが。



――突如、ガラッと扉が開く音がした。


 もしかして真乃さん達が戻ってきたのかな、と僕は音の先を見る。

 するとそこには、


「や、やっぱり恥ずかしいよ……」


「可愛いから大丈夫だって!ほら、橋見はあそこよ」


 メイド姿の真乃さんが立っていた。

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