第3話 魔法少女は気楽にね
僕は席を立ち、真乃さんの方へと歩いていく。
頭の中は、なんて話しかけるのが正解だろうか、というハテナでいっぱいだった。
ゆっくりと進みながら、脳裏でいくつかのシュミレーションを描いてみるが、しかし良さげなパターンは見つからない。
――そもそも、何を作ったら真乃さんは喜ぶんだ?
当然のこと、「何か作るから受け取ってくれる?」よりも「〇〇を作るから受け取って欲しい」の方が明らかに了承してくれやすいはず。
であれば僕は、何を作るかを決めてから話しかけるのが吉である。
「……何なら喜んでくれるかな」
パッと思いつくのは、衣服だった。
僕のスキルを一番生かせるのがそのジャンルだ、ということもあるが、加えて理由はもう一つ。
それはどういう訳か家庭科の先生が、あらゆる布素材を用意していたから。
教壇前の机には、絹に綿にニットと多種多様な布が揃う。ただの授業でそんなものが必要だとは思えないが、ともかくそのお陰で大抵のものは作ることが出来た。
「でも、服は微妙かも……」
なぜなら真乃さんは魔法少女であり、普段から可愛らしく華やかな服装をよく身に纏う。
あの衣装より可愛い衣服を作ろうとするのは、僕が裁縫に自信を持っているとはいえ流石に骨が折れた。
真乃さんは元々可愛いので、その可愛さを際立たせる何かを作りたいところだが、とはいえシュシュや髪留めでは流石に物足りない。
難易度はある程度高い方が、真乃さんも喜んでくれるだろう。
「真乃さんにとって目新しくて、真乃さんに似合う可愛いもの。ついでに作るのが難しい、となると……」
なんだろう、と。
僕は悩んで悩んで、今までに作ったあらゆるアイテムを思い起こしながら、そして出した結論は――
「――パンツ、か?」
パンツ。
細かいディティールに履き心地と、求められる要素は多く、難易度はトップクラスだと言える。
いくら魔法少女とはいえ、下着まで高級品を使っている可能性は低いのではないか。
もしかすると、これはベストな選択かもしれない。
作っちゃう?
真乃さんのパンツ作っちゃうか?
そうと決まれば「キミ専用のパンツを作るから受け取って欲しい」って言うしかないな。
「よし」
僕は思考の深みから顔を持ち上げて、改めて真乃さんの様子を見る。
すると彼女のすぐ横にはラキュルが姿を現しており、真乃さんは奴と話している最中だった。
『瑠々!瑠々は裁縫なんてしてる場合じゃないキュルよ!こんなことしてる場合があったら、サーヴァントと戦う練習をするキュル!』
「……え。で、でも授業は出ないと」
『もし瑠々が負けたら、ここにいる奴らはみーんな死んじゃうキュルよ?授業なんて言ってる場合キュルか?瑠々は少しでも強くならなきゃいけないキュル!それが魔法少女の使命キュル!』
ラキュルの言葉を聞いて、頭が冷えていくのを感じる。
怒りとは違うが、奴の言葉は不愉快だった。
「……」
真乃さんは元々、活発な女の子である。いつも明るくて、イベント事では率先して動いていくような人。
笑っていない時間の方が少ないくらいで、僕はそんな彼女をいつも微笑ましく眺めていた。
それが今はどうだ。
いつも俯いて、自分の意見よりも他人の言葉を重く捉えてしまうような――悪くいえば、他人に流されやすい性格へと変わってしまった。
それが彼女の本質で、本来の性格であるなら僕は別に気にしない。
でも、真乃さんの場合は絶対に違う。
明らかに魔法少女という環境と、ラキュルのせいで捻じ曲げられていた。
『さぁ魔力を練る練習をしようキュル!今日のサーヴァントに勝つのが難しいことは、瑠々が一番分かっているはずキュル!』
僕は真乃さんの日常を犠牲にしてまで救われる世界なんて、全く望んじゃいない。
本当なら一年前に終わっていてもおかしくないこの世界を、1日2日延命する為だけに彼女の生活を奪おうとするな。
僕には真乃さんの瞳が揺れて見えた。
それは悩んでいるのではなくて、「そうしなきゃダメなのかな」と決めつけて流される瞳だった。
真乃さんが口を開こうとする――
「……そうだよね。私が頑張るしか……」
「飛んでけクソ兎ぃぃぃぃい!!!!」
『キュルゥゥゥゥウ!?!?!?』
――のを、僕は大声で掻き消した。
僕が握り掴みブン投げたラキュルは、窓を割り砕き外へと飛んでいく。奴は薄らと積もる雪に埋もれて姿を消したが、そんなことはどうでも良かった。
驚いたように僕を見上げる真乃さんと目を合わせ、僕は鼻息荒く話しかける。
「真乃さん」
「……な、何?」
「作りたいもの教えてよ。僕も手伝うからさ」
今は家庭科の時間だ。
作る以外に、やることなんてない。
「……でも。私が頑張らないと、みんなが……」
「いいんだよ、真乃さんは十分に頑張ってる。今以上なんて誰も求めてない。……少なくとも、この場でそんなことを言うのはあの兎だけだ」
サーヴァントと戦ってくれているだけで、僕らは真乃さんに感謝しなきゃならないんだ。
もし真乃さんが「もう戦いたくない」と言うのなら、それだって受け入れなくてはならない立場なんだ。
なのに、もっと頑張れなんて。
一体何様のつもりだよ。
「だ、だけど!それが、魔法少女に選ばれた責任だって……」
「責任?あの兎に言われたの?」
「……。うん」
あとであのクソ兎、ぶん殴ってやる。
「責任なんて、真乃さんにある訳ないだろ。無理やり魔法少女にされた女の子に、果たさなきゃいけない責任なんてあるはずが無い」
そんなことを言い出したら、女の子一人に任せきりにしている、その他大勢の方が責任を負うべきだ。
真乃さんが一年も時間を稼いでくれたのに、未だにサーヴァントへの対処法の一つも見つけられない国の方が、遥かに無能で役立たずだ。
それに他ならぬ僕だって、結局何も出来ちゃいない。
「僕は魔法少女としての真乃さんには、何の力も貸せないけど。でも、だからこそ、せめて戦い以外の時間くらいは楽しく過ごして欲しいと思ってる」
普通に授業を受けるくらい、魔法少女にだってある当然の権利だ。
「というか滅んだら滅んだで良いんだよこんな世界!真乃さん一人に何もかもを任せっきりなんて、初めから歪み過ぎてるんだからさ!……もし何か文句を言う奴がいたら、僕が代わりに言ってあげるよ。『じゃあお前が戦ってこい』って」
あとついでにボコす。
「魔法少女なんて役割は気楽にやった方がいい。むしろ辞めたきゃ辞めてもいいくらいなんだ。……だからあんな兎の言うこと気にしないで、一緒に授業を受けよう。裁縫なら僕は何だって教えられるから、作りたいものを教えてよ」
僕の言葉を聞いた真乃さんは、安心したように、はにかんでくれた。
昔の真乃さんと比べたらかなり大人しい笑顔だが――それでも、ついさっきよりは遥かにマシだった。
そして真乃さんはゆっくりと、作りたいものについて教えてくれる。
「……私、実はメイドさんの服装に憧れてて」
「メイド?」
「うん。だから、このカチューシャ。今私がつけてるこれね?これを、メイドさんっぽくアレンジしてみようかなって。……勿論、普段使いは出来なくなっちゃうんだけど」
「へぇ面白いね。手順は僕が言ってくから任せてよ」
女の子ってメイド服に憧れがあるものなのだろうか。
てっきり、男が一方的に女の子に着て貰いたいと願うものだと思ってた。
僕は譲って貰った真乃さんの横の席に座り、一つずつ丁寧に教えていく。カチューシャくらいなら、そこまで時間はかからないだろう。
そんな中、僕はふと思いつく。
「そうだ。じゃあ僕はメイド服作るね」
「えっ。……い、一から作るの?」
「うん」
周りから「それは頭おかしいだろ」とか「出たよ女子力お化け」と様々なディスが飛んでくるが、僕は無視を決め込むことにした。
次に学校に来るとき、テメェらの靴には剣山が入ってるから気をつけろよ。
「ところでメイドさんってどんな下着つけるのかな」
「いや橋見くん、流石に下着は作らなくていいと思うよ」
あ、そう。
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