第2話 魔法少女の為ならば
教室の窓から外を見ると、分厚い雲が空を覆っていた。
一筋の光も許さないような、一切の隙間のない真っ黒な雲。
サーヴァントが現れる日はいつもそうだ。
太陽の位置も分からないから、今が朝なのか夜なのかすらも、時計無しでは分からない。
陽の光を失った暗闇は遠い地平線の向こうまで手を広げ、ただ深い影を街中に落とす。
それはまるで消沈する世界を象徴しているかのようで、僕の心にまで暗がりを伸ばそうとしていた。
いつまでこんな日々が続くのだろう――或いは人類が絶滅する瞬間までこのままなのだろうか、なんて不安になってくる。
さて。
それはそれとして、なぜ僕が柄にもなく窓の外なんて眺めているのかというと――
「早く終わらせなさい、橋見くん。割れた窓から吹く風が寒くて仕方がない」
「……はい」
――割れた窓の応急処置をさせられているからだ。
いや確かに僕が代わりに怒られてやるぜとは誓ったが、しかしダンボールで穴を塞ぐ作業まで押し付けられるとは思わない。
窓からダイビングしていった当の本人は未だに帰って来ないし、アイツは一体どこまでタピオカを買いに行ったんだ。
僕は背中で授業の声を聞きながら、ダンボールで窓を押さえつける。片手でガムテームを貼り付けるのは中々に骨が折れるが、しかしこの作業も一年間で随分と慣れた。
ちなみに僕の窓割り枚数は(記録上)ダントツの一位である。
実際に割った枚数もそこそこ多い辺りが、僕が嘘をついても疑われない理由だったり。
滅びゆく世界で内申点とかどうでもいいわと言うのが僕の本音であり、僕はこの限られた命と内申点を真乃さんに捧げると誓っていた。
「――先生。今の数式の説明がよく分かりませんでした。もう一度お願いします」
僕を置いてけぼりに進む数学の授業の最中、ふと一人の女子の声が聞こえてくる。
それは扇司とペアとして活躍するもう一人の委員長――
学年一の才知の持ち主と称される彼女は、当然の如く勉学にも秀でている。定期テストでは確実に一位を掻っ攫い、全国模試ですら一桁の順位を獲得する秀才だ。
彼女にとっては学校の授業など、聞く必要がないほど容易で退屈なものなのだろうと僕は思う。
「ここですか?分かりました、もう少し詳しく話します」
先生は杉水さんの言葉に頷き、改めて説明を繰り返す。
しかしあの杉水さんが、こんな授業程度で手こずるはずが無いことを僕は知っていた。
故に僕は、杉水さんの右側に座る真乃さんに目を向ける。
「……???」
案の定、真乃さんは首を傾げて困っていた。
どうやら授業が理解出来なかったようで、ノートに書き込む手も止まっている。
つまり真乃さんが授業についていけてないと気づいた杉水さんが、真乃さんの代わりに質問を投げた訳だ。
「――ということです。分かりましたか、杉水さん」
いつの間にやら二度目の解説も終わったらしい。
さて真乃さんの様子はどうだろうか、と再び彼女の様子を探るが――
「???????」
――全く理解出来てなさそうだ。
あまりにも首を捻りすぎて、椅子から転げ落ちそうになっていた。
杉水さんもチラリと横を見て、真乃さんがまだ困惑していることを把握する。
「……。いえ、全然微塵も一ミリも分かりませんでした。己の知性の足りなさを恥じ入るばかりです。申し訳ありませんが、もう一度お願いします」
「え、えぇ……?」
凛として自信満々に「分からん!」と話す杉水さんに、先生も先生で首を傾げた。
まるで何かを論破しているかのような口調で「分からん!」と言われたら、そりゃ先生も困るわな。
すると先生は、腕時計と教科書を交互に確認し始める。
恐らくは授業の残り時間と進度を見比べて、もう一度説明する余裕があるか考えているのだろう。
このままだと、後で個別で教えるという形で終わってしまうかもしれない。
はてどうしようかと僕は思うが、しかしそのタイミングで突如クラスが荒れ始めた。
「実は俺も分かんねぇんだよな……」
「何のことやらさっぱりだ」
「……おっと寝てたぜ。何の話だ?」
いま口を開いたのは、このクラスの本物のバカの部分である。
実は僕もこの中に分類されるが、ともかく本当に何も分かってない連中が、分からん分からんと騒ぎ出した訳だ。
「え、お前らも分かんねぇの?」
「当たり前だろ」
「難しすぎるって」
「数学って大変だよな。眠気に耐えるのが」
「九九の9の段が覚えられねぇ」
何やら次元の違うとんでもねぇバカもいるが、とにかく大事なのはバカは集うと調子に乗るってことである。
「「「ってことは授業が悪いんだ!!俺らは悪くない!!」」」
「はい!?私の話も聞かない癖に、君らはなんてことを言うんだ!」
「「「うるせぇもっと分かりやすい授業をしろ!!」」」
ワーワーギャーギャーと叫んだ果てに、結局もう一度同じ説明が繰り返されることになった。
どうやら真乃さんも無事に理解出来たようで、めでたしめでたしである。
☆彡 ☆彡 ☆彡
二限目。家庭科。
今日からこの家庭科の授業では、裁縫の単元に突入する。各々で裁縫道具一式を家から持ってきたクラスメイト達は、ガヤガヤと騒ぎつつ家庭科室へと向かっていた。
ちなみに僕の裁縫箱の柄は、くそダサいドラゴン。
小学校のときに選んだものだが、今はもうめちゃくちゃに後悔している。
「橋見は裁縫も得意なのか?」
「うん。というか家事全般行ける」
「流石だな!」
僕の横を歩く扇司が、親指を立てながら僕に笑いかけてきた。
いつも通りにデカい声で、すぐ横で聞いていると耳が痛くなるが、慣れたと言えばもう慣れた。
扇司 晃也とはそういう生き物なのである。
僕が掃除に料理、裁縫etcと様々に精通しているのはそれぞれの理由があるのだが、取り敢えず裁縫スキルに関しては「姉のコスプレ趣味に付き合わされたから」である。
様々なキャラクターの様々な衣装を延々を作っていれば、そりゃ裁縫も身につく。
今では簡単な衣服であれば、あっという間に完成させられるようになってしまった。
時間経過で突然衣類がズリ落ちるトラップもお手の物なので、試しに姉の衣装に仕掛けてみたところ、当然の如くぶん殴られた。
危うく大観衆に大事な部分を見られるところだった、と大激怒である。
しかしそれ以降、姉のコスプレイヤーとしての名前が一気に売れたらしいから、むしろ感謝してくれとすら思うが。
家庭科室に着いた僕らは、席に座って先生を待つ。
「はいお待たせみんな~。今日から裁縫です。一緒に頑張って行きましょうね~」
そして授業は始まった。
先生からの指示はかなり雑で、「好きなものを作って提出しろ」というもの。
各自のレベルが違うことを考慮してなのかもしれないが、流石にもう少し具体的に決めて欲しい。
「好きなものって言われてもね……。扇司は何を作る?」
「考えているところだ。俺のレベルでは選択肢も大して多くはないが……何か容易に作れるおすすめは無いか?」
「簡単にかー。エコバッグとかナップザックとかは?小学校の頃に作ったことない?」
「ふむ。そのくらいなら俺にも作れるかもしれんな」
僕の言葉を聞いた扇司は、早速とばかりに机に向かう。行動までの思考プロセスが、異常なまでに少ないのも扇司の特徴だ。
「橋見は何を作るつもりだ?」
「まだ決めてない。どうしよっかな」
「では真乃さんに何か作ってあげてはどうだ?お前なら、彼女を喜ばせる物も作れるだろう」
「それは少し嫌がられないかな……?」
僕ら二年B組のメンバーは、出来る限り真乃さんを助けようと奔走するが、しかし積極的に彼女と接したいと考えている訳では無い。
避けているという程では無いが、やはり普通に仲良くするには距離感に困るのだ。
なんたって僕らは真乃さんに、一方的に命を救われているだけの関係である。どうしても無意識に、真乃さんとは対等ではないと感じてしまう人が多かった。
真乃さんが余裕を持ってサーヴァントを倒していた頃はまだ良かったが、最近は彼女が日に日に弱っていく姿を目の当たりにしている。
言うべきでない謝罪をつい口にしてしまいそうで、誰もが近づこうとする足を止めていた。
扇司だけは比較的マシだが、しかしそんな彼ですら真乃さんへの対応だけは、他の皆へのそれと少し違って見える。
こいつも気にしていない訳じゃないのだ。
ふと顔を上げると、扇司がじっと僕を見つめていることに気づく。
「断言しよう、お前なら嫌がられない。一度声を掛けてみろ」
「……僕なら?なんで?……まぁ扇司がそこまで言うなら、一応聞いては見るけどさ」
「うむ、そうしろ」
やけに自信ありげな扇司を見て、僕は従ってみることに決めた。
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