僕のクラスの魔法少女はいつもボロボロである

孔明ノワナ

第1話 壊れゆく魔法少女




――僕のクラスには傷だらけの魔法少女がいる。





……………………





 ガラリと、教室の扉の開く音がした。


 音を聞いて振り向くと、そこには頬に腕に腿に白いガーゼを貼り付けた、今にも崩れ落ちてしまいそうな儚げな少女が立っている。

 目元にはクマが出来ていて、碌に眠れていないのだと一目で分かった。


 真乃まの 瑠々るる。それが魔法少女として世界を守る、彼女の名前だった。


 真乃さんが教室に入った直後、僕らのクラスはいつも静まり返る。

 それは彼女が僕らのために、命懸けで戦ってくれていることを知っているから。そして彼女が負ければこの国が滅ぶことも、理解していたからだった。


 真乃さんの身体に増える傷は、言わば世界滅亡までのカウントダウン。

 日々悪化していく真乃さんの怪我を見れば、彼女の敵が少しずつ強くなっているのだと推測できた。


 彼女の歩みに生気は見えず、魔法少女というよりはむしろ幽霊のような雰囲気。


「……おはよう」


 小さく、彼女の挨拶が聞こえた。

 教室に満ちる静寂のお陰か、僕――橋見はしみ 三貴みき にも、遠くに立つ真乃さんの声は届く。

 掠れるような声だった。


 虚無に消える真乃さんの「おはよう」が、誰に向けられたのかは定かではない。

 しかしそれはきっと、かつて明るかった頃の彼女の名残りなのだと僕は思う。教室に飛び込むと同時に、笑顔で全員に向けて叫んでいた真乃さんの「おはよう」が、消えきらぬ個性として残ったのだ。


 誰もが真乃さんとの距離感に戸惑っていた。

 やつれていく彼女との接し方が、分からないからだ。


「…………」


 他ならぬ僕も。唯一の幼馴染である僕すらも、彼女にも掛けるべき言葉を見つけられなかった。

 「頑張れ」も「大丈夫?」も、何も出来ない僕らが口にしたら、他人事のようなセリフにしかならない。


 すっかりと艶を失った真乃さんの桃色の髪を見ながら、僕はいつの間にか自分が唇を噛んでいることに気づく。


『頑張るキュルよ瑠々!瑠々なら大丈夫キュル!ほら、魔法少女なんだからもっと笑うキュル!』


 ふと聞こえてきたのは、甲高い声である。

 それは所謂、魔法少女とセットになるマスコット。見た目は兎で、名前は確か「ラキュル」と言ったか。

 

 時折何も無い空間から姿を見せる彼は、マスコットらしくいつも明るく元気で楽しげだ。

 しかしそれが今の真乃さんと対極過ぎて、周囲をイラつかせていたのは間違いない。


『次のサーヴァントが現れるのは、今日の夜キュル!瑠々が負けたら、ここにいる人間も全員死んじゃうキュルよ?さぁ、もっと元気に頑張るキュルね!』


「……そう、だよね。……もっと、もっと頑張んなきゃ」


 二人の会話を聞いて、口にはせずとも僕は強く思う。

 お前の言葉はひたすらに真乃さんを追い詰めているよ、と。




☆彡 ☆彡 ☆彡




 この世界に魔法少女が現れたのは、一年前のこと。

 そしてサーヴァントと呼ばれる魔物が世界中を襲ったのも、同じ瞬間だった。


 全くの同時にばら撒かれた108のサーヴァントは、無作為に人を殺し、街を破壊した。

 会話は通じず、兵器も無力。奴らサーヴァントに対抗出来る唯一の手段は、魔法少女だけだったのだ。


 108の地域と、108の魔法少女。

 魔法少女が敗れた地域から滅んでいく。


 世界をどう108に区分けしているのかは分からないが、その内の一つはこの日本である。

 そして日本を守り続けている魔法少女こそが、真乃 瑠々であった。


 最初の日に滅んだ地域は3箇所だった。

 二度目の攻撃では1つの地域が滅んだ。

 三度目と四度目では被害ゼロ。


 しかし五度目では13の地域が滅ぶことになる。


 それからもサーヴァントの侵攻は延々と続き――

 

「――で、今日現れるのが94体目のサーヴァント。生き残ってる地域は、あと8つ」

 

 強力な魔法少女だけが残っているのか、魔法少女が敗北する頻度は徐々に減っている。

 しかし5の倍数のサーヴァントが現れるたび、生存者は特に怯えてその日を過ごすのだ。


 5、10、15……と姿を見せたサーヴァントは、一際巨大で強力だった。真乃さんの怪我も目に見えて増えるから、その事実は間違いない。


「……真乃さん」


 間近で真乃さんを見ていた僕らだからこそ、そろそろが彼女の限界だと何となく理解していた。


 僕らクラスメイトは、誰もが真乃さんに感謝している。

 既に滅んだ地域の映像を見るたびに、一年間僕らを守り続けてくれた彼女にお礼を言いたくなる。


 だから例え今日、真乃さんが負けて僕らが死ぬことになったとしても、このクラスのメンバーだけは、彼女を責めることは決してないと断言できた。


 そして、


――『真乃さんの望みは出来る限り叶えてあげよう』。


 それがこのクラス全員の、総意であった。


 足を舐めろと言われれば迷いなく舐めるし、肩を揉めと言われれば即座に揉む。

 真乃さんに頼まれた訳では無いが、ともかく僕ら全員、真乃さんの為ならなんでもしてやるという覚悟を持っていた。


 ふへへ、魔物の名前がサーヴァントなら、僕らも真乃さんの召使いサーヴァントとして立ち回ってやろうぜ、と心底下らないことを言ったのは誰だったか。僕か。


「……喉。渇いたな」


 瞬間、聞こえてきたのは真乃さんの独り言。

 クラスメイト全員の視線が、真乃さんに向かう。


――真乃さんの、喉が渇いただと?


 そして全員の目の色が変わった。

 聞いたかお前ら、真乃さんが喉を渇かせてらっしゃるぞと、アイコンタクトが伝播する。


 最初に動いたのは、真乃さんのすぐ横の席の女子だった。


「わ、私すぐに買ってくるよ!飲みたいの教えて瑠々ちゃん!」


「……え?でももうすぐ授業が――」


「大丈夫!ちょうどお腹痛いから、もともと次の授業は休むつもりだったの!」


 お腹が痛いのに自らパシられようとは、何とも無茶苦茶な話である。アホである。しかし誰もそれを口にしなかった。

 僕ら二年B組は、何を犠牲にしようとも真乃さんに尽くすのだ。

 

 直後、パリーンと窓の割れる音が響く。

 恐らく男子の誰かが、窓から飛び出てタピオカを買いに行ったのだろう。ここは二階だが、僕らにとってそんなことは障害にならない。

 一秒でも早く、なんて思いが聞こえきた。

 

 仕方ない、窓に関しては僕が叩き割ったことにしてやるよ。先生に怒られるのは慣れてるぜ。


「真乃さん!実は俺の水筒にはミルクティーが入ってるんだけど飲まないか!?大丈夫、まだ一口も飲んでないから綺麗だ!!」


「私、茶道部だからお茶立てられるよ。飲む?抹茶飲む?」


「俺ちょっとアルプスの水取ってくるわ」


 ワイワイがわがやと、僕らのクラスは騒ぎ立てる。

 少しでも真乃さんのために奉仕したいと、皆が皆思っているのだ。


 しかしアルプスは確実に間に合わないので、荷物を纏めて飛行機の予約を取ろうとしているバカだけは止めることにした。

 

「あはは……。そんな大丈夫だよ。次の休み時間に、自分で自販機行ってくるから。ありがとね」


「「「真乃さん……っ」」」


 だが彼女は、基本的に優しい女の子であった。

 魔法少女らしいというべきか、彼女は僕らの奉仕を受け取ろうとはしない。

 何でも頼んでくれと言ってるのに、それでも尚、真乃さんは真乃さんのままだった。


 僕らクラスメイトは、魔法少女としての真乃さんには一切関与しない代わりに、クラスメイトとして出来る限り彼女を幸せにすると決めていた。


 真乃さんに迷惑をかけるつもりのない僕らは、彼女が止めろといえばすぐに止める。

 タピオカを買いに行った男子を含めて、既に五人が教室から姿を消しているが、ともかく真乃さんを困らせたい訳ではなかった。


「くそっ……!何も出来ない自分が悔しくて仕方ない!」


 地団駄を踏むこの男は、クラスの委員長である扇司おうぎし 晃也こうや。誰よりも男らしくて人望もある、僕も信頼している人間の一人だ。


 ふと扇司の視線が僕に向いた。


「おい橋見!!ちゃんと真乃さんの弁当は作ってきたんだろうな!?」


 そして指をさしながら、大声で吠える。


 ちゃんと弁当作ってきたんだろうな、とは随分と脈略のない発言ではあるが、しかし僕を含めてこのクラスの全員はその言葉の意味を理解していた。


「うん、勿論作ってきたよ。真乃さんの分もしっかり入ってる」


「偉いぞ橋見!流石だ!」


 僕の返事を聞いた皆は、ほっと息を吐き安心したような素振りを見せる。


 なぜ僕が真乃さんの弁当を作ってきているのかと言えば、理由は簡単で真乃さんが「橋見くんの手料理を食べてみたい」と言ったから。

 その後、僕は全員に「「「当然作ってくるよな橋見?」」」と脅され、毎日真乃さんの弁当を作ることになった。


 別に脅されなくとも、彼女に頼まれた瞬間から作る気満々だったが、とはいえ衆目の中となれば責任も伴う。

 元々料理は得意だったが、しかし僕は毎日プレッシャーを感じながら弁当を作り上げていた。


「はは、お昼が楽しみだなぁ真乃さん!!皆で一緒にお弁当開封会をしようじゃないか!!」


「……一人で食べさせてくれた方が嬉しいかも」


「聞いたか皆!!昼休みの教室は真乃さんの貸し切りとする!!一歩でも入った奴はぶん殴るから覚悟しておけ!!」


「え?いやそういう意味じゃ――」


「「「俺らなんて便所飯で十分さ!!各トイレに三人ずつで分かれようぜ!!」」」


 まさかのチーム型便所飯が勃発。

 学校中のトイレ占領する勢いだなこれ。

 

「女子は屋上で食べよっか。風が気持ちいいかもしれないよ」


 今って一月だけど大丈夫?めっちゃ寒くないかな。


「賛成ー。極寒の屋上で食べるお弁当は格別だからね」


「私、お昼にコンビニで熱々の肉まん買ってくるね。他にも欲しい人いる?」


 本当にしたたかだなぁ皆。

 真乃さんの為とはいえ、形振り構わない感じが凄まじい。


 さてと。

 男子の皆がそれぞれ希望のトイレを宣言し始めたし、僕も混ざらなければ。グラウンド裏の超絶汚いトイレだけは、どうにか避けたいところである。


「ねぇねぇ!僕は教務室横のトイレでお弁当食べたい――」


「……ちょ、ちょっと待って。一人なんて、それはそれで寂しいよ私」


「ふむ、確かにそうだな。では弁当を作った橋見だけは教室で食べろ!」


「――え?」


 意気揚々と希望便所を叫んでいた僕であるが、しかし突如扇司に名前を名前を呼ばれて、ギョッと振り向く。

 要するに扇司は、僕と真乃さんの二人きりで弁当を食べろと言いたい訳だ。他クラスメイト全員を追い出した上で。


 流石に真乃さんも嫌がるんじゃないかな、と思いつつ僕は彼女を見るが――


「……そ、それなら。まぁ良いけど」


――なんか納得してた。


 それで良いのか真乃 瑠々さん。

 いくら一人弁当が寂しいとはいえ、相手くらいは選んだ方が良いと思うけれど。


「橋見も良いな!」


「え、えぇ……?」


「「「「なんか文句あんのか?」」」」


「ありません」


 そういう訳で、僕は今日の昼に真乃さんと二人きりで弁当を食べることに決まった。

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