悲劇

 中学三年生の冬。

 中学三年生では小学五年生以来の綾乃と同じクラスだった。綾乃は親の方針で敢えて私立中に行かず、公立中に通っていた。

 修学旅行の部屋分けは二人で一組だった。友達同士で自由に選ばせると喧嘩になる為、出席番号順で組ませる。それが担任の先生の方針だった。それ故、私は何と綾乃と同じ部屋に割り当てられた。

 強制的に大嫌いな綾乃と一緒に組まされた事で、私は非常に強い嫌悪を覚えた。何故、険悪な仲の綾乃と一緒にならなければならないのか、と。

 一応、担任の先生には内密に申し出た。変えて欲しい、と。しかし先生は拒否した。クラス全員で仲良くするのがクラスの方針だの、仲直りする良い機会だの。結局、この決定は覆らなかった。

 私はどうすれば良いか分からず、悩んでいた。だがその時、頭に別の考えが浮かんだ。


 ――そうだ、殺す良い機会だ。


 私の頭に浮かんだ邪悪な考え、そう、綾乃を殺すと言う事だ。

 結局、世の中遺伝か! 私は両親共に容姿はイマイチ、頭もイマイチ。綾乃の両親は美男美女同士、高学歴同士! 生まれ持った素質で、どれだけ努力しても勝てっこないもので綾乃はチヤホヤされ、私は疎まれる――世の中は不公平だ。天は人の上に人を作り、人の下に人を作る。あんな奴……殺してしまえ!


 私は綾乃に対する殺意に取り憑かれていた。修学旅行で、同室であるのを良い事に、夜中にこっそり殺してしまおう。そうとしか考えていなかった。杜撰な事に、証拠を隠滅する計画も、逮捕された時の言い訳も考えず。殺せればそれで良かったのだ。


 私は修学旅行に出かける当日、スーツケースの中に包丁を忍ばせた。勿論、綾乃を殺す為に。新幹線で行き先は京都、席は綾乃と隣同士。だけど一言も喋らず、始終無言。本を読んだり、携帯をいじったりして暇を潰していたが、この時、綾乃が何を考えていたのかは分からない。でも、私はずっとこの事だけを考えていた。こいつを殺す、と。

 修学旅行では部屋割り以外にも、班というものがあって、それは五人一組だった。これも出席番号順で一方的に決められており、綾乃は班長をやっていた。私は他の四人に黙ってついて行くだけだった。食事の時だって、会話に加わらず、仲間はずれのような状態だった。


 同じ部屋で寝泊まりをする事になっても、私と綾乃は喋らなかった。他のクラスメイトの部屋に行って、点呼間際まで戻ってこなかった。

 綾乃が他のクラスメイトの部屋に行っている時、私はスーツケースに忍ばせていた包丁を取り出し、ベッドの枕の下に隠した。深夜になり、綾乃がノンレム睡眠に入ったら、気付かれぬようにその包丁で殺す。そんな算段だ。

 そして夜の九時五十五分。そろそろ点呼の時間、という頃。

 綾乃は部屋に戻ってきた。「じゃあ、またね」なんてクラスメイトに言って。綾乃はベッドに入った。この時、私と綾乃は最後の会話を交わした。

「電気、消すよ。おやすみ」

「おやすみ」

 たったそれだけだった。

 照明を落とすと、程なくして担任の先生が点呼に来た。ドンドン、とドアを叩き、「二人ともいますか」と聞いてくる。それに対して「います」と答えるだけ。「おやすみなさい」と言われれば、それに「おやすみなさい」と返すだけだ。

 こうして私と綾乃は眠りについた……事になった。私は常夜灯を点けて綾乃の動きを観察し、ノンレム睡眠に入るタイミングを虎視眈々と伺っていた。表情、仕草、寝返り、息づかい、寝言……。全てをチェックして、ノンレム睡眠に入ったと確信を抱いた時――私は計画を実行に移す。


 深く眠りについているのなら、明るくても起きまい。そう考えて、部屋の照明を眩しいくらいに明るくした。刺す場所が確認しやすいように。私の目論見は当たり、部屋が明るくなっても彼女は眠ったままだった。

 私は自分の枕の下に隠した包丁を取り出す。眠る綾乃の胸にそっと触れ、心臓の位置を確認する。確認出来たら、私は綾乃の心臓の位置に思い切り包丁を振り下ろした。その場で血飛沫が舞い、私にドッと返り血がかかる。鉄臭い臭いが漂う。綾乃は刺された衝撃で起きてしまった。けれども、抵抗したり、喋ったりする隙も与える事無く追撃を喰らわせる。

「ヒャッハッハ、死ね! 死ね! チヤホヤされて、調子に乗ってよ!!」

「ギャアッ、ギャアッ! イギィッ!」

 私は何度も何度も繰り返し、綾乃の心臓を滅多刺しにした。彼女を殺す感覚は愉しかった。美しい綾乃の身体を無様に壊し、命を奪うその感覚が。綾乃がもがき苦しみながら叫ぶ断末魔を耳にするのが。

 もう綾乃には起き上がる気力は残っていない。そう思える程に刺した後、私は包丁を投げ捨てた。私は自分の両手をまじまじと見つめる。

 私の手は鮮血で真っ赤に染まっている。生々しい血肉の感触が、嫌と言う程に手を覆う。

 これが……これが人を殺めるという事か。

 血を流し、荒い息を立て、もがき苦しむ彼女。もう既に虫の息、放っておいても後五分も生きられまい。私が殺したんだ、彼女は。私の手で……

「こ……ここみん……?」

 虚ろな目で私を見つめる彼女……かすれる息で、懐かしい響きの言葉を口にする。

「あっ……ああっ、ああああっ!」

 その言葉を聞いた時、私は激しい後悔の念に襲われた。罪悪感で胸が苦しくなり、膝から崩れ落ちた。ああ、どうして私はこんな事を……こんな事をしてしまったんだ!

 私はすぐさま携帯電話で一一〇番通報をした。その後の顛末は……言うまでも無い。

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