私と綾乃

 私の名前は藤崎ふじさき心美ここみ。埼玉県の私鉄沿線のベッドタウンに生まれた。

 サラリーマンの父親と、専業主婦の母親の間に生まれた一人っ子。両親は今時珍しくお見合い結婚だったが夫婦仲は悪くなく、金持ちでは無かったが衣食住に事欠くような事は無かった。それなりに恵まれた家庭環境だったと思う。


 その隣の家には藤崎ふじさき綾乃あやのという少女が住んでいた。

 綾乃は両親共に教員で、幼い頃から美人として知られていた。スラッと伸びた長い脚、混血児ハーフのような端正な顔立ち、クセ一つ無い漆黒のストレートヘア……。その『美しさ』を挙げるなら枚挙に暇がない。おまけに学業も優秀。才色兼備の美少女だった。


 家がすぐ近く、同い年で同姓――これこそ、悲劇の始まりだったのだが――の私と綾乃。幼い頃から大親友の間柄だった。公園で追いかけっこをした思い出。一緒に映画館に行き、アニメ映画を観た思い出。幕張の夢の国に行った思い出。彼女との間には沢山の思い出がある。どれも輝かしく、かけがえのない楽しい日々だった。


「ここみん、大人になっても友達だからね」

「うん! 一年生になっても、大人になっても、おばあちゃんになっても友達だもん!」

「ゆーびきりげーんまん嘘ついたら針千本のーます、指切った!」

 こんな約束も交わしたっけな。『大人になっても』なんて前提条件は絶たれた……いや、絶ってしまった。私の手で。針千本、の事をハリセンボンと誤解していたっけ。そんな微笑ましい思い出すら、今はもう……。


 私と綾乃の幸せな日々に暗雲が立ちこめてきたのは、小学五年生の頃だった。

 私が綾乃と親友になれた一因に、同姓と言うものがある。同姓という事で、妙に親近感を感じていた。赤の他人の筈なのだけれども。

 しかしその頃になると、それは私の嫉妬心をかき立てるものでしか無くなっていた。何せ、綾乃は常にチヤホヤされるのだ。美人で、成績も優秀であるのだから。一方、私は……容姿も成績も、とても褒められたものでは無かった。だから常に比較される対象だったし、また私自身で比較して、劣等感を抱いていた。

 運が悪い事に、小学五年生の頃、私と綾乃は同じクラスだった。男子達の間では、綾乃は『美人の方の藤崎』と呼ばれ、私は『ブスの方の藤崎』なんて呼ばれていた。

「罰ゲームとして藤崎に告ってこい」

 なんてノリで、ふざけて男子から告白されて、「おいおいブスな方の藤崎に告ってやがるの」と笑われた事もあった。

 テストの返却では、出席番号が綾乃の一つ後だったから、優秀な成績で答案を返却され、先生から褒められた後、私の不出来な答案が返却されて「おいおい、どうしたんだ」なんて言われたりした。それでいつも悔しい想いをしていた。

 そんな事の積み重ねで、私の中には綾乃に対する嫉妬心が募っていった。


「悩まないで、ここみん。ここみんにはここみんの良い所が沢山あるんだから」

 それでも落ち込む私に、綾乃は手を差し伸べてくれた。

 けれども、私はそれを拒絶した。

「綾乃! あんたなんかに私の何が分かるの? いつもチヤホヤされて、良い気になっている癖に!」

「ご、ごめんね……。そうだよね、私のせいで悩んでいるのに……」

 綾乃は静かに去った。

 その日以来、私は綾乃と疎遠になった。喋る事も無くなった。目が合っても知らんぷりをするようになった。顔も見たくない、声も聞きたくない、名前も見たくない。

 昔日せきじつの誰よりも親しい大親友は、誰よりも憎いあだと化した。


 あの頃、綾乃の差し伸べる手を受け取っていたならば、違う結末が待っていたのかな……。そうは感じてしまうのだけれども、無理だったろう。嫉妬心で頭がいっぱいで、そんな余裕、どこにも無かったのだから。

 そして悲劇は起こる。中学三年生、修学旅行の日…………

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