第9話

 ランベルト伯爵が倒れたのち、賊達はすぐに鎮圧された。


 特に、ブチ切れたシルヴィアの活躍が大きかった。


 倒れて気を失った賊にも容赦なく魔法を放つ姿は、騎士達や貴族達の心を震え上がらせた。


「アルベール、大丈夫ですか?痛い所はもうないですか?」


 俺は、騎士達がランベルト伯爵や賊達を連行して行くのを見ながら、ユーフィリアの治癒魔法を受けていた。


「ユーフィリア王女殿下、ありがとうございます。もう、大丈夫です」


 ユーフィリアにそう答えながら俺は立ち上がった。


「うおっと」

「きゃっ。あら、アルベール、大胆ね」


 先ほどまで、激痛に見舞われていたために、左足が上手く動かせず、ユーフィリアに覆いかぶさるように倒れてしまう。


 ユーフィリアの透き通るような肌に吸い込まれるような瞳、プリっと艶やかな唇に目を奪われる。俺はそんなユーフィリアの唇にそっと顔を近づける。


「うおっほん。アルベール、ユフィに何をしようとしているのだ?」

「へ、陛下!」


 俺は後ろから国王陛下に話しかけられて、ビクっと体を震わせる。


「ユーフィリア様、アルに魔法を使うのは止めたのではなかったのですか?」


 国王陛下とは反対側から、シルヴィアがユーフィリアに話しかける。


「ええ、一度は止めましたが、せっかくアルベールが押し倒してくれたのですから、その勢いのまま既成事実を作ってしまおうかと。まぁ、お父様のせいで失敗に終わりましたが」


 ユーフィリアは、少し乱れたドレスを整え、国王陛下を睨みながら言う。


「それはすまないことをした」


 国王陛下はユーフィリアの睨みでたじたじになりながら謝罪する。


「ふふっ、冗談ですよ。ちょこっとは魔法を掛けましたけどね。そんなことよりも、お父様何か用事があったのでは?」


 ユーフィリアはくすっと笑いながら言う。


 彼女の言う通り、効果が調整されていたのだろ。すでに先ほどまでの情動は俺の中から消えていた。


「そうであった。アルベールよ、大儀であった。先ほど魔法隊より報告があって、ランベルトの奴が使おうとしていたのは、対象のスキルを奪う禁術だったとの事だ。詳しくは意識を取り戻したランベルトから聴くまで分からぬが、言動から、狙いはユフィだったのだろう。ユフィを守ってくれてありがとう」


 国王陛下は俺に向き直り説明を始め、頭を下げる。

 国王陛下が頭を下げるななんて前代未聞だが、それだけユーフィリアの事を溺愛しているのだろう。


「いえ、偶然が重なっただけですので、頭をあげてください」

「お主は謙虚なのだな」


 国王陛下が頭をあげながらそう言うが、俺にとっては本当に偶然が重なったとしか言えない。


「アルが意味不明な行動ばかりするから、とち狂ったのかと心配したのだけど、すべて計算されていたのね」


 シルヴィアがそう言う。色々考えてはいたが、この結果は予想していない。俺は、追放されたいだけだったのだから。ごめんシルヴィアと心の中で謝る。


「それで、ユーフィリア様はいつまでアルにくっついているのでしょうか?」


 シルヴィアはそう言って、俺の腕を取り体を支えていたユーフィリアに視線を向ける。


 ユーフィリアは俺が立ち上がるところを自然に補助してくれて、そのまま、立っているのも支えてくれた。


 あまりにも自然すぎたので、気にしていなかったが、王族がそんなことをするなど言語道断だろう。


「ユーフィリア王女殿下。ありがとうございました。私はもう大丈夫ですから」


 俺はそう言って、ユーフィリアから離れようとする。


「つーん」


「ユーフィリア王女殿下?離していただけませんか?」


「つーん」


 ユーフィリアはさらに腕に力を籠めて、頬を膨らませる。


「ユーフィリア。腕を離して?」


「アルベールはまだ足がちゃんと動いていないのですから、このまま私が支えます」


 俺はなんとなくユーフィリアの拗ねている理由が分かるので言い直したが、ユーフィリアは離すつもりがないのだろう。


「ユーフィリア様、王族のご令嬢がこのようなことをしていたら品位が疑われてしまいますよ。この後は私が支えますので」


 シルヴィアが俺の腕を掴みながらユーフィリアを引きはがそうとする。言葉に少し棘を感じたのは俺だけだろうか。


「嫌です!シルヴィアだって侯爵家のご令嬢でしょ?」


 引きはがされそうになりながらユーフィリアは言い返す。


「私はアルに正式なダンスを申し込まれて、お応えしましたから」


「嘘…。そんな…」


 ユーフィリアから力が抜けて俺からほとんど引き剥がされる。


 ダンスはかつて、婚約者もしくは身内の異性と踊ることが基本だったため、正式なダンスの申し込みは身近な人に対して行うものなのだ。


 しかし、昔の風習が変化を遂げ、今では暗黙のルールとして告白の意味を持ち合わせるようになった


 俺はすっかりそのことを忘れていた。幼馴染だから身近な存在として行ったことが告白となってしまうとは。俺は内心すごく焦っていた。


「痛っ!」


 ユーフィリアが完全に引き剥がされる直前、シルヴィアはそう言ってユーフィリアを剥がしていた腕を引っ込める。


 シルヴィアの腕があったところの近くのポケットから、俺がユーフィリアにあげた小鳥が顔を出していた。きっと小鳥につつかれたのであろう。


「あ、この子の事をすっかり忘れていましたわ」


 ユーフィリアが思い出したかのように言うと、ぱぁっと表情を明るくする。


「ユーフィリア様、その鳥は何なのですか?」


 シルヴィアはつつかれた部分をさすりながら言う。


「この子は、アルベールが私への愛を込めてくれたプレゼントよ。私たちの子なの!」


 嬉しそうにユーフィリアが言う。


 ミリア奴が本当にあのクサいセリフを言ったのだろう。

 後で覚えておけよ。


「アルどういう事?」


 シルヴィアが俺の事を睨みながら言ってくる。


「お嬢様方、すみませんが皆さん帰られているみたいなので…」


 ミリアがそう言って会話に割り込んでくる。すでに会場内には人が残っておらず俺たちと両親たちだけ残っていた。


 ミリアのおかげで逃げられそうだ。ありがとうミリアと心の中で感謝する。


「アルベール、まだ左足が本調子ではないのだろう?今日は王城に泊まっていくといい。あと、シルヴィア嬢も久しぶりに泊まってユフィと遊んでやってはくれないか?ミリア、部屋を用意してやってくれ」


 しかし、国王陛下の粋な計らいのせいで、俺は逃げられなかった。


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