第8話

 ランベルト伯爵が呪文を唱える中、俺は一生懸命に逃げていた。


 あれはまずい、と心の中で思いながら。


「アルベール、どうして避けるの?」


 ユーフィリアが数多の火球を放ちながら問う。


 ランベルト伯爵の乱心も少しだけ気になったが、それどころではなかった。


「ユーフィリア王女殿下、危ないので、落ち着いてください!」


 俺は息も絶え絶えに叫ぶ。


「ユーフィリア、王女、殿下??」


 俺の叫びもむなしく、ユーフィリアの放つ火球が勢いを増す。


 ユーフィリアの火球は本人の意思で動かすことができるように改良したようで、避けても避けても、数多の火球が俺に向かってくる。


 ユーフィリアのスキル「癒しの聖女」は傷を癒すことに特化しており、どんなに強力な攻撃をしても相手を傷つける事はないので、火球に当たっても痛くはないだろう。


 では、なぜ俺が一生懸命に火球を回避しているのかと言うと、ユーフィリアのもう一つのスキル「魅惑の魔女」のせいである。


 飛んでくる火球は、このスキルが練り込まれたユーフィリアのオリジナル魔法であるからだ。


『なぜ、発動しない』


 この火球に当たった者は、ユーフィリアに魅了され、愛おしくてたまらなくなる。

 一度この魔法を当てられてしまった時はユーフィリアを抱き締めて、むず痒い愛のセリフをはき、口づけまでしそうになった。あの時の醜態は忘れない。

 これは、数年前の話で、今はさらに強力になっているに違いない。


 今、この場で、前回のような醜態を晒し、王女殿下に口づけまでしようものなら、処刑されるのは間違いない。俺はまだ死にたくない。


 いや、でも待てよ。ここで粗相をすれば、追放されるんじゃないか。


 俺はそう思い避けるのを辞めて火球を迎え受ける。


『どうして!発動しないんだ』


 少しの間だけ恥ずかしい思いをすれば、夢の追放スローライフ生活が送れると内心ワクワクしながら、そしてうるさいやつがいるなと思いながら目を閉じて、火球が来るのを待った。


 しかし、いくら待っても、火球の当たる感触が全く来ないので、俺はそっと目を開いた。


「シルヴィア、何をしてるの?」


 俺の前にはシルヴィアが立っており、俺を囲うように魔法障壁を張っていた。


「見てわかるでしょ?魔法障壁であなたを守っているのよ」


 聞きたいのはそういう事ではない。なぜ、スローライフの夢を邪魔したのか知りたいのだ。


『くそっ、どうして』


「シルヴィア、なぜ邪魔するの?」


 俺が問い直す前に、ユーフィリアが言う。


「ユーフィリア様が精神操作系統の魔法をお使いになっているからです。アルが危険だと判断したからですよ」


 シルヴィアは善意で助けてくれたのだから、怒ろうに怒れないもどかしい気持ちに俺は陥った。

 誰か知らないが、先ほどからうるさいな。


「アルベールが悪いのよ。私の前で知らない男と抱き合っているのだもの」


「えぇ、アルが悪いのは存じ上げていますが、精神操作でアルをご自分の物になさって幸せですか?」


 ユーフィリアの攻撃がやんだ為、シルヴィアは魔法障壁を解く。


 俺が悪いのは確定らしい。冤罪だ。俺は別に抱き合ってなんかいない。それと知らない男ではない、ランベルト伯爵だ、と心の中で叫ぶ。

 口に出せるような雰囲気ではないからね。


「確かに、そうね。ありがとう、シルヴィア」


『その剣は!貴様のせいかぁぁぁぁ!』


 ユーフィリアの目にハイライトが戻り、感謝を告げる。それにかぶせる様に、ランベルト伯爵が絶叫をあげる。

 うるさいなぁと思い声の方を向くと、ランベルト伯爵は鬼気迫る顔で俺に近づいて来ていた。

「俺の計画を邪魔しやがって!ファイアランス」


 近づきつつ、中級魔法を放ってくる。なぜ?と一瞬だけ思うが、それどころではないと疑問は頭から追いやる。


 ユーフィリアのオリジナル魔法と違って、これは当たったら大怪我するだろう。最悪死ぬかもしれない。


「うおっ、痛っ」


 俺は何とか避けることができたが、少しかすったため、頬から血が流れる。


「くそがぁぁ!ファイアランス、ファイアランス、ファイアランス、ファイアランス、ファイアランス、ファイアランス、ファイアランス、ファイアランス、ファイアランス、ファイアランス!」


 俺が避けたのを見ると、ランベルト伯爵は中級魔法を連発する。


 俺は何とか視認できるため、ぎりぎりで回避できてはいるが、少しずつ傷が増えてきている。


「ぐあっ!」


 ついに、よけきれず左足に魔法が直撃し、弾き飛ばされる。


 その弾みで手に持っていた剣を離してしまう。


「アルベール!」

「アル!よくもアルを!」


 ユーフィリアが悲痛な叫びをあげ、シルヴィアが怒りの形相を浮かべる。


「これは、もらっていくよ。まったく、世話を掛けさせやがって!」


 ランベルト伯爵一息ついて、そう言うと俺が落とした剣を拾っていく。


 シルヴィアがランベルト伯爵に魔法を放つが、様子見を決め込んでいた賊達が再度動き出し、守りを固めたため、届かない。


 ランベルト伯爵はもう俺に向けて魔法を放つ気配がないので、俺はほっとし痛みを我慢しながら状況を見ていた。


 ランベルト伯爵の剣だったのなら、先に言ってくれよ、なんでこんな痛い目に会わないといけないんだと思いながらも、やっぱりネコババしようとしたから天罰が下ったのだなと思った。


 左足を抑えながらランベルト伯爵を見ると、綺麗な剣が刺してあった位置に行き、俺がなんとなく刺したボロボロの剣を抜いて、元の位置へと綺麗な剣を刺した。


「フハハハ、これで、俺の野望が叶う!」


 ランベルト伯爵はそう言うと、謎の呪文を唱えていく。


 地面が輝きだす。そして、誰もが状況を見守るように動きを止める。


 バタッ。


 しかし、地面の輝きはすぐに消え、ランベルト伯爵は糸が切れたように倒れた。





「魔力切れか」

 そう誰かが言った声が会場内に響き渡った。

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