第7話

「エリオットのやつ、逃げるのだけは早かったわね」


 ホッと一息をついたところで、シルヴィアが、思い出したように言う。


「あはは、確かにね。でも、逃げ足が早いのは良いことだと思うけどね」


 エリオットは俺達と話していたはずなのに、気が付いたらすでに安全地帯に逃げていた。


 俺達が状況判断に戸惑っているうちに、即断して逃げたのだろう。


 こういう場合では、少しの迷いが死に直結するのだ、エリオットは長生きするのだろうなと思う。


「失礼。王女殿下が見当たりませんが、行方は知っておりますかな?」


 近くにいた男性が話しかけてくる。男性はこころなしか顔色が悪いような気がする。


「えっと…」


 見たことはあるが名前が思いだせない。どうせ追放されると思い、ここ近年貴族としての勉強をさぼっていたのがいけなかった。


「ランドルフ伯爵よ」


 シルヴィアがそんな俺を見かねたのか、こっそりと耳打ちしてくれる。


 流石はシルヴィアだ。


「ランドルフ伯爵、王女殿下は席を外しておられるみたいですね。それより顔色が悪いようですが大丈夫ですか?」


「いや、王女殿下がいなくて、心配で心配でね。何事もなければいいが」


 きっと多くの貴族は自分の命の事ばかり考えて、王族の事など気にしている余裕はない。

 そんな中でも王女殿下の行方を気にして心配する、ランドルフ伯爵は貴族の鏡だ。

 だからこそ名前を覚えていなかったことを俺は申し訳なく思う。


「えぇ、心配ですね。こんなに大量の賊が侵入するなんて内部に共犯者でもいるのでしょうか?」

 そう言いながら、俺の頭には名案が舞い降りた。

 

 俺はランドルフ伯爵の背後にまわり、動けないように押さえつけた。

 抜き身の剣は危ないからとハルト兄さんから渡された、剣より少し大きい鞘から剣を抜き、ランドルフ伯爵の首元に突きつける。


「おい、何をする!」


 ランドルフ伯爵は焦ったように声を荒らげるが、俺は無視する。


「アル!どうしたの!?」


 近くにいたシルヴィアが驚いたように叫ぶ。


 その声で、何事かと人々はこちらを向いた。


 多くの人が俺の持っている剣に気付き、距離をあけようと動く。


「動くな!こいつがどうなってもいいのか!」


 俺は大きい声で叫ぶ。


 逃げようとしていた人はビクッと体を震わせた後、大人しくその場に留まった。


 よかった、変に逃げ出して賊に殺されたら危ないからね。


「アル、急にどうしたの?」


 シルヴィアが再度問いかけてくる。


「シルヴィアごめん」


 俺が侵入者たちを招き入れた協力者だと思われれば間違いなく、処罰があるだろう。

 侯爵家の子という事と現状で死人や酷い怪我をした者がいない事を考えると追放処分になると思う。

 もちろん、処刑されて首が切り離されてしまう可能性もあるが、ユーフィリアに懇願すれば何とかなるだろう。陛下はユーフィリアの事を溺愛しているからなぁ。

 これで、追放待ったなしだろう。他の人たちには申し訳ないが、これも俺の新生活の為だ。

 

 俺はランドルフ伯爵を抱え、剣を突き付けたまま、ゆっくりと人垣を抜けていく。

 

 そして、騎士達の輪を抜け、賊達の方に向かっていく。


 何事かと気にした者たちが多く、すでに戦闘は一時休戦となっていた。騎士達も賊達も様子見を決め込んでいるのだろう。


 てっきり賊達が切り込んでくるかもと思っていたが、そんなことは無かったので、ほっとしたのは内緒だ。


「おい、お前たち!ボーっとしてないでやってしまえ!」


 俺は賊達に指示を出す。口調も崩して、悪者の頭のような気分だ。


 しかし、俺の指示とは裏腹に賊達はまるで何かに耐えるようにして動こうとはしない。


 立ち込める沈黙の雰囲気の中、ドンっと大きな音をたてて扉が王族専用の扉が開け放たれる。


「これは、どういう状況なのかしら?」


 扉から入ってきたユーフィリアが俺と俺の手元、そして賊達をみてそう首を傾げる。


「お嬢様、待ってください。危険なので入ってはいけませんと言ったじゃないですか!」


 焦ったようにユーフィリアを追いかけて、ミリアが入ってきた。


「ねぇ、アルベール何をしているの?私というものがありながら、そんなむさ苦しい男を抱きしめるなんて!」


 ユーフィリアが目のハイライトを消しながらそう大きな声で問いかける。


「ユーフィリア、誤解だ!だから、その発動途中の魔法を解除してくれ」


 ユーフィリアが俺に手のひらを向けて差し出した先には、魔力によって練られた火球があった。


「ふっ、ははっ、ははは。のうのうと入ってくるとは。一時はどうなるかと思ったがこれで私の野望が成就するぞ。ハハハハ」


 俺のすぐそばでランドルフ伯爵が高笑いを始める。


「ランベルト伯爵!?」


 俺は驚いてランベルト伯爵から手を離した。

 だが、そんなことには目もくれず、ランドルフ伯爵は呪文のような何かを唱えていた。

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