第43話 ラーメンの好みは本当に人それぞれだよね♡
目が覚めると、自宅のベッドの上にいる。
うぱまろが私の顔をのぞき込む。
「あぴ子ちゃん、だいじょうぶ……。いきなり、たおれちゃったよぉ」
「うん。少し疲れちゃったみたい」
うぱまろが借金取りの部屋を水浸しにした後。
私は疲れに疲れ、貧血を起こして気を失ってしまっていたらしい。
ベッド上で軽く伸びをし、冷蔵庫から買い置きしてあったプルーンヨーグルトを取り出して飲む。
すっきりとした甘い味わいに心が安らぐのと同時に、鉄分が補給できた気がする。
「うぱまろがここまで連れてきてくれたの? ありがとう」
「うん、あぴ子ちゃん、元気になってよかったぁ」
なんか臭う。
そういえば、山に行ってからお風呂に入れていなかった!
急いでシャワーを浴び、髪を洗って乾かす。
時刻は午前10時を過ぎていた。
疲れたし、今日は寝て過ごそうかな。
そう思ってベッドに再び入ると、うぱまろは玄関の方へ行く。
「うぱまろ、どこ行くの?」
うぱまろは振り返る。
「まだ、うぱぁのおしおき、終わってない! 次は、だました、病院にいくよぉ」
「ホールコーン缶を薬だと言った病院かぁ。……心配だから、私も付いていく」
休みたいけれども、またうぱまろがトラブルを起こしたら大変だものね。
うぱまろに指示をされた通りの場所に行く。
建物自体は大きくて立派だが、庭の草木の手入れがされずに荒々しく生えていたり、建物に苔や土埃などの汚れが目立つ。
「ここから、入るんだよぉ」
うぱまろはリュックからひょこんと顔を出す。
裏口の扉は閉ざされていた。
ドアノブはさび付いており、ハンカチの上から引っ張っても開かない。
ピンク色のハンカチに、さびがついて汚れてしまった。
「表は入れないのかな?」
表に回ると、扉が開かれている。
「こんにちは、こんにちは」
扉を少しだけ開けて声をかけると、埃っぽい臭いがする。
家の奥からセイ君が出てくる。
今日はワインレッド色の「JAPAN」と書かれたTシャツに、ダメージジーンズを履いている。
「セイ君……。どうして……」
「なんでぇ、セイ君がぁ?」
うぱまろはリュックからぴょんと地面に降りる。
セイ君はうつ向いて、しばらく黙る。
「……あぴ子さん。正直に話すと、ここは僕の前のお父さんの家です。もの心ついてから15歳までここに住んでいたのです」
「前の?」
聞いてはいけないと思いながら、とっさに質問の言葉が出てしまい、口元を抑える。
「はい。僕は3度、父が代わっています。うぱまろさんが弟君を連れてきた病院の、うぱまろさんにホールコーン缶を薬だと偽った医師が、僕の2番目の父親でした」
「そんな……」
セイ君、今住んでいる家のお父さんの家で生まれ育ったわけじゃないんだ。
この話をしているセイ君の心はきっとつらいと思うと、私は彼と目を合わせられなくなった。
「今まで僕は前の父親達と縁を切り、関わっていなかった。でも、ここにうぱまろさんがいて、ずっと苦しい思いをしていて。そのけじめをつけなければならないときが来たので、僕は医者の父に会いに来たのです。あぴ子さんも、うぱまろさんも、こちらへ」
セイ君に案内され、奥の部屋に行く。
ベッドの上に、小柄になった高齢の男性が寝込んでいる。
腕には管がつけられ、点滴がなされており、目は天井の一点を見つめ、口はぽかんと開かれている。
「父とは15年ほど会っていませんでした。今日、僕が会いに行ったら、このような状態になっていました。お父さん、お父さん」
セイ君が前のお父さんに顔を近づけ、耳の近くで呼びかけても、反応しない。
「お父さんは、自分がやがてこうなってしまうことが想像できたのでしょう。こんなものを、残していたんですよ」
ベッドの横に、「セイジへ」と書かれた手紙がある。
セイ君はそれを手に取り、私に渡す。
「うぱまろさんも、読んでくださいね」
広げた手紙を、うぱまろものぞき込む。
手紙には、こう書かれていた。
セイジへ
セイジがこの手紙を読むのは考えられない。
でも、もし読んでくれるようなことが、万が一でもあったらと思い、この手紙を書きました。
自分は病院の跡継ぎをさせることしか頭になかった、本当に馬鹿な親でした。
極道のお抱え病院として歴代続いていた我が家で育った自分の代でつぶしてはならないと病院のことや利益ばかり考え、大切なものを全て失ってから気が付きました。
病気で不安な患者から治療費をだまし取り、借金を勧めてしまうなんて、人のすることではない。
でも、セイジが家に来てくれて、同じ食卓でご飯を囲って、母さんと3人で食事をした時間がとても楽しかったのは本当です。
取り返しのつかないことをしてしまった最低な父親を許してほしいなんていわない。
ただ、ごめんなさいと、謝りたい。
最低な医師で、最悪の父で、ごめんなさい。
手紙をセイ君に返す。
「遅れましたが、うぱまろさんが戻ってきてよかったです。僕、もうしばらく父といます。父、何も話しませんけど」
セイ君はお父さんを見つめる。
うぱまろはしばらく、元闇医者を見つめた後、リュックに戻った。
「分かりました。セイ君、また後で」
セイ君の住んでいた家を後にする。
こんなときでも、能天気にお腹は空く。
人間、食べないとやってられない。
何かすぐ食べられるお店はないか歩きながら探す。
黒いのれんのかかった「つるはら」というお店が見つかる。
ラーメン屋だ。
迷わず入ると、香ばしいゴマ油の香りがする。
「へい、らっしゃい」
店主が黒っぽい、蕎麦のような灰色の麺を切っている。
「うちは1種類しかメニューしかないけどいい? 味噌ラーメンで、麺は竹炭を使ったモチモチした麺なんだけど。大丈夫なら、麺の多さとか硬さとかトッピングとかあるから、券売機でチケット買ってね」
「はい、大丈夫です。味噌ラーメン、好きです」
言われた通り、券売機でチケットを買う。
味噌ラーメン、普通盛り、麺の硬さ普通、味玉トッピング。
チケットを渡す。
「好きな席に座ってね」
店主の溢れる笑顔が眩しい。
店内を見渡すと、奥のテーブル席にセイ君の姿が。
着替えており、黒いジャケットを着ている。
「セイ君、なんだ、もう来てたんですね」
セイ君はスマホから目を離す。
「あ、ああ……こないだの……」
私はあえて、セイ君のお父さんの話題には触れずに明るく振舞う。
「うぱまろ、今まで騙されてたこと知らなかったみたいで。借金取りに復讐するって言って、事務所を水浸しにして大変だったんです」
「うぱまろ……? 」
「うぱぁ、悪は、ゆるさん!」
うぱまろはリュックから出てきて、椅子の上にちょこんと座る。
「……!」
セイ君はスマホの動画を止める。
スマホの動画には、タマキさんが映っていた。
「あっ!タマキさん♡ やっぱり、セイ君ってタマキさん好きなんじゃないですか! 仲間ですね♡」
セイ君のタマキさん好きな動かぬ証拠を掴んだ私は、彼の手を喜びのあまり握りしめてぶんぶんと振りまわす。
「……っ!」
セイ君は頬だけでなく耳まで赤くして、手を振りほどく。
「隠さないで、お互いに趣味はオープンにいきましょう! イベントとかこれから行けたら絶対楽しいですよね」
「あ、ああ……そうだな……ですね」
味噌ラーメンが提供される。
「お待たせしました! 味噌ラーメン、大盛、麺普通、ネギチャーシュートッピングです」
ほかほかと湯気が出ているどんぶりを前にし、セイ君は表情が一気に硬くなる。
「ラーメン食べるときは、無言に限る。麺が伸びるからな」
セイ君の表情は、今まで見たことのないくらい殺気立っていた。
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