第40話 これが夢なら覚めないでほしい
目を開けると、淡い桃色の小花が咲く野原に私は居た。
生地の薄い、帯まで白い着物を何故か纏っている。
額には、着物とお揃いの白い、三角形の飾りが付いている。
まるで、葬儀の際の死者の格好だ。
「私、死んだの?」
誰もいない場所で、一人呟く。
寒くもなく、熱くもなく、喉の渇きもない。
体に関する反応を、何も感じない。
ぼんやりと咲き誇る小花を眺めていると、白い雲に乗り、杖を持った、自動販売機くらいの大きさで仁王立ちする巨大ウーパールーパーが現れた。
「か、怪獣!」
見たことのない生き物に驚き、つい叫んでしまうと、巨大ウーパールーパーは困ったように笑い、日本語を話す。
「怪獣とは失礼な。ワイはショロトル。こう見えて、死と再生、遊戯を司る神じゃ。この度はワイのかわいいヤム・カァシュ・ウパチャイ7世が世話になりましたなぁ」
か、神様?
ヤム・カァシュ・ウパチャイ7世?
なんだろう、それ。
世界史の教科書に出てきた偉人かな?
戸惑っていると、ショロトル様はホッホッと笑う。
「ぱっとしない表情だが、あのピンクの奴じゃ。お前さん……あぴ子さんが『うぱまろ』と言ってかわいがってた奴じゃぞ」
うぱまろ!
そういえば、ヤムなんとかって、出会ったころ言っていたような。
「どうして、うぱまろを知っているのですか? 私の名前も……」
「そんなの、ワイが神様だからに決まってるじゃろ。うぱまろ、奴はな、まだまだ未熟だし、世間知らずだから、酸いも甘いも知るために人間界に留学させたのじゃ」
「留学……」
「もともと人間界の生活には興味があったらしいな。人間に飼われる子犬になりたいとか言っていたわい。なんでも、お散歩したり、部屋で飼い主ときゃっきゃ遊びたいとか。ペットサロン特集の雑誌とか集めてたわい」
うぱまろ、だから「わんわん」とか言っていたり、お散歩の真似事がしたがっていたのか。
ペットサロン、連れていけなくてごめんね。
「お前さんが亡くなってしまったと聞いたら、奴はさぞ悲しむじゃろう」
ショロトル様はハンカチを取り出し、悲しそうに私を見つめる。
「やっぱり、私は死んでしまったのですね」
「そうだ。死は突然訪れるからのぉ」
「……うぱまろは、どうやら多額の借金を抱えていたらしいです。最近、私の前から姿を消しました。私がいなくなってしまっては、もしうぱまろが戻ってきたときにきっと悲しむかと……。世間知らずだから、誰かにまた騙されてしまったらと思うと……。借金に関してはうぱまろから以前も聞いたのですが、私が本気にしなくて。突然失踪するほど悩んでいたなんて」
うぱまろと身近らしいであろうショロトル様に、うぱまろのことを話すと、うぱまろとの生活を思い出してしまい、大粒の涙が溢れる。
「あぴ子、お前さんは悪くないぞ。もともと神である奴の方が長く生きるのだから、いずれお前さんとの別れが来るのは当然じゃ。それが少し早かっただけの話だし、そもそも奴から先にお前さんと離れる覚悟をしたんじゃから、気にする出ないぞ」
「でも……」
ショロトル様は優しく私をなだめるが、私の涙は止まらない。
「あぴ子、現世でやり残したことがあるかもしれないが、死後の世界も捨てたもんじゃないぞ」
ショロトル様が杖を振り上げると、目の前に川ができる。
これが、俗にいう三途の河というものなのか。
ショロトル様がもう一度、杖を振り上げると、今度は小舟が現れる。
きっと、渡し舟なのだろう。
「これに乗ってしまったら、私はもう、現世には戻れないのでしょうか」
我ながら馬鹿げた質問をすると、ショロトル様は困ったように微笑む。
「そうじゃ。戸惑う気持ちは分かるが、この場所に来てしまった時点でもう現世に戻ることはほとんどないと言っていいじゃろう。あまりこの場所に長い間お前さんがいると、ワイもお上様に叱られてしもう」
私は、名残り惜しいと思いながらも小舟に乗る。
「そうじゃ、あぴ子。ヤム・カァシュ・ウパチャイ7世をよく面倒みてくれたボーナスポイントとして、冥界では幸せな生活を約束するぞい。ほれ、これを見ろ」
ショロトル様が杖を振ると、ハート型のタッチパネルが現れる。
画面には、なんと、なんと、紺色のスーツに、薔薇の花束を持ったタマキさんがいる!
「あぴ子が到着する頃に迎えに行くね。これから、一緒に暮らそう」
「うあああああああああ!」
「これまで2次元と3次元という大きな壁があったけれども、それもなくなったから。永遠に、幸せな家庭を築いていこうね。早く君に会いたいな」
キラースマイルを振りまくタマキさん。
「ぐふおおおおおおおお!」
あまりの嬉しさに、白目になって絶叫する。
「私、行きます!ソッコー行きます!愛するタマキさんと、幸せになります!」
「それはよかったわ。ワイもお上様に船が出発すると伝えるぞい」
ショロトル様が手を振ると、船はゆっくりと出発する。
のろい。
のろすぎる。
テーマパークのボート漕ぎのアトラクション並みに遅い。
「ショロトル様、この船、遅いです!」
振り返り、後ろにいるショロトル様に叫ぶ。
「渡し舟だから、スピードはそんなには出ないもんじゃ。せかせかせんでも、三途の河の流れを楽しむとよいぞ」
「舟じゃなくて、モーターボードとかないんですか⁉早く到着したいんです!」
「モーターボードはないのう……」
「じゃあ、私、走ります!てか、泳いだ方が絶対速いです!服があったら水を吸って邪魔ですね、脱ごう!うおおおおおおっ!」
私は着物を脱ぎ捨て、雄叫びをあげながら舟から川へ飛び込み、川の流れに沿ってクロールで全力で泳ぎまくる。
得意な水泳が、こんなところで役にたつなんて!
「タマキさんっ」
がぼっ。
「あいらぶゆーっ!」
ぼがっ。
「待ってて!」
がぼっ。
クロールで息継ぎをする度に到着地で待っているであろうタマキさんへ愛を込めて叫ぶ。
「疲れなんてっ!」
がぼっ。
「感じないっ!」
ぼがっ。
「でもっ!」
がぼっ。
「やだっ!」
ぼがっ。
「全裸っ!」
がぼっ。
「恥ずかしい!」
がぼっ。
今の私は無敵だ。
おそらくオリンピックで金メダルもいける!
顔を上げると、もうすぐ陸地。
タマキさんがウエディングドレスとタオルを持って、アイマスクで目隠しをして待っている!
全裸の私への配慮、ありがたし!
大慌てで叫ぶショロトル様の声がする。
「すまん、あぴ子!こんなに元気で生命力の溢れ出る人を、死の世界に送り込むのは間違いじゃった!今、もとの世界に戻してやるからのぉっ!ワシは死と再生の神じゃ、間違いは許されんぞ!」
たちまち、川は真っ二つに割れていく。
クロールからバタフライに切替ても、どんどんと流されていく。
タマキさんが遠くに消えていく。
ああ、そうだ。
今日は7月7日、七夕だ。
悲しいかな、彦星・タマキさんと織姫・あぴ子は出会うことが許されなかったのだ。
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